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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その164~真冬の戦場㊱~

「裏口から潜入するのか?」

「いや、逆だな。正面脇の使用人入り口から入り込む」


 ほとんど魔術による妨害措置も施されていない屋敷の中は、カナートにとっては壁のない家のようなものだ。

 カナートがセンサーで間取りと人数を探ると、ハンドシグナルで合図をして3人は音もなく屋敷の中に潜入した。使用人はほとんどいないのか、使用人側の入り口は静まり返っていた。宴の音と笑い声が遠く聞こえてくるが、こちらはほとんど使用していないのか、明かりも最低限で静かなままだ。

 3人は顔を見合わせてひそひそと会話する。


「ほとんど使用人がいませんね。こういうお屋敷なら、寝泊まりするところもあるはずなんすけど」

「気配はある。だが死ぬほど疲れているか、本当に死んでいるかのどちらかだな」

「全く笑えないっすね。でも騒がれるよりはマシか」

「待て、一人起きている――こちらに来るか」


 カナートが身を隠すように指示すると、カンテラを持って起き上がってきた女中がいた。眠そうに目をこすりながら扉を開けたところで、音もなく忍び寄ったカナートがその喉元に剣を当て、口を塞いだ。


「騒ぐな。怪しい者じゃない」

「いや、怪しいでしょ。敵じゃないけど」


 レクサスの指摘を受け流し、カナートが続ける。


「そいつの言う通りだ、敵じゃない。声を上げないと約束してくれるか?」

「声を上げた瞬間、殺すけどね」

「お前は落ち着かせたいのか、脅したいのかどっちなんだ?」


 思わずカナートがツッコみ返したので、女中はぷっと笑って安堵したようだ。


「随分と面白い強盗さんやなぁ」

「その方言――ローマンズランドの出身じゃないのか?」

「いやいや、ローマンズランドの衛星国ではありますよ? ただ、両親がその国の出じゃないってだけでなぁ。そんなことより、強盗さんはどちらの人ですか?」

「――詳細は省くが、この侯爵邸の様子を探りに来た。どちらかというと、無体を働く人間の敵だとだけ言っておこう」

「なるほど、ほいたら正義の強盗さんやなぁ? オラの名前はリゲラっていいます。田舎者ゆえ、召し出されもせず、なんとか見逃された頑丈なだけが取り柄の女中です。どうかよろしゅう」


 方言混じりゆえに聞き取りにくい言葉を話す女中だが、頭の回転は悪くないようだ。リゲラはこの屋敷に仕えて長いらしく、求めることを手早く話してくれた。屋敷は四階建てだが、外からはわからないように侯爵様のお部屋は五階にあるらしい。そこだけは扉が三重になっていて、扉そのものも鋼鉄製の頑丈な造りになっているそうだ。

 侯爵家らしく、広い庭には四阿あずまやもあれば、3階にはパーティー用のホールがあり、そこかしこの広い部屋ではそれぞれの兵士たちが享楽に耽っているようだ。

 その総勢は、おおよそ600人。


「人質扱いされている、あるいは人質になるような女はどのくらいいる?」


 カナートの質問に、リゲラは渋い顔をした。正確に数えたわけじゃないが、フリーデリンデから20人、イェーガーが連れてきた娼婦と志願者が20人。それでも足りず、彼らは仲間のはずの陸軍の女性兵士や、この屋敷の女中、果ては残っていた侯爵の家族にまで手を出したようだ。

 その狼藉振りにアリストがあきれ果てた。


「無茶苦茶だ。戦争ならば、何をやっても許されると思っているのか?」

「思っているんでしょうよ、戦争ってのは普段理性的な連中程タガが外れた時の行動が怖いですからね。むしろ懸賞金を懸けられている奴の方が大人しいこともあって――ってまぁそんなことはいいんですけど。この屋敷に陸軍の連中が籠るようになってから、どのくらい経ちました? いや、乱痴気騒ぎをするようになってからと言った方がいいか」


 レクサスの問いかけに、リゲラはおおよそ一月のはずだと答えた。最初は節度を守ってお遊びをしていた陸軍だが、合従軍が第三層に迫ってきているという報告を聞いてから歯止めが効かなくなったそうだ。

 アリストが再び呆れかえる。


「ならば、自ら戦って打開すればいいだろうに」

「アリストさんみたいに、誰しも戦えるわけじゃねぇっす。特にローマンズランドでは男子は皆一度へ軍属になる、みたいな風習がある国だと、普段なら肉体労働でも使い物にならんようなボンクラでも駆り出されますから、兵士の練度は全体的に下がります。その中でも東に遠征した方に上澄みの精鋭を連れて行っているとしたら、ここに残っているのは使い物にならない沈殿物の方でしょうよ」

「リゲラ、青い粉――結晶でもいいが、そういったおかしな薬物の類を見たか?」

「いや――見てねぇなぁ」


 リゲラは首を傾げながら否定した。3人は頷きあって方向性を確認した。


「どこから攻める?」

「時間をかけない方がいいでしょうね。3手に別れましょう」

「わかった。俺は階上を目指す。最低限を始末して、まずは頭を押さえる。できれば侯爵の家族なるものを救出しておきたい」

「ならば私は四阿から攻めるか。外から救援を呼ばれたら厄介だ」

「こんな寒いのに、外にいますかね?」

「あ、天幕で覆っているから、あんまり寒くねぇはずです、はい」


 リゲラが、そういう趣味がある連中のことを教えてくれた。カナートが頭を抱える。


「知りたくはなかったな。理解できん」

「カナートさんがまともで何よりですよ。俺はちょっと気になることがあるんで、台所から一階の制圧と、救出した人間の安全を確保できる場所を作っておきますね」

「なんだお前、人質は皆殺しなんじゃなかったのか」

「人を快楽殺人者みたいに言わんでくださいよ。助かるんなら、そっちの方が良いに決まっているでしょう」


 カナートの指摘に、レクサスが口を尖らせた。


「ちゃっちゃと終わらせますよ。目標、二刻以内」

「承知した。外の制圧には半刻もかけないつもりだ」

「真面目に警護しているとも思えないが、数だけはいるからな。静かに行こうか」

「オ、オラもやるだか?」


 リゲラがどこかから取り出した片手鍋を持ち出していた。レクサスが呆れてリゲラの額を叩いた。


「そんなわけないでしょ。あんたは大人しく、元の場所で寝ていてくださいな」

「よかったぁ。返事は『はい』しかないと教えられているもんだから、もし戦えって言われればやるしかないんだども」

「どんな無茶な上司だ、それは」

「んじゃあ安心して、厠に行って寝るだよ。正義の盗賊さん、頑張ってなぁ」


 ひらひらと手を振って、リゲラはさっさと厠の方に歩いて行った。その肝の太さに、3人は毒気を抜かれたような気がした。


「・・・調子が狂いますね」

「不思議な女中もいるものだ」

「ま、ああいうのもいるでしょう。じゃあそれぞれ、役目に取り掛かりましょうか」


 3人は頷き合い、それぞれの仕事にとりかかった。



続く

次回更新は2/17(金)14:00

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