魔剣士、その3~閉ざされた町~
「アネゴ、ロゼッタのアネゴ!」
「なんだい、騒々しいね」
駆けこんできた男が息を切らせながらロゼッタに訴える。
「大変だ、奴らが来た!」
「・・・何体だい?」
「確認しただけで10だ!」
「ちっ、しょうがないね」
ロゼッタは剣の切っ先をアルフィリース達からはずすと、アルフィリース達に敵対する気が無いことを示した。その表情が残念そうに曇る。
「いい所だったけど命拾いしたね、アンタ達。見逃してやるから、この村からとっとと出て行きな」
「見逃す? それはどっちのことかしら」
「負け惜しみはよしな。アンタら程度じゃアタイに勝てない」
ロゼッタは興味を失くしたようにアルフィリースに背を向けた。だが、その時アルフィリースがロゼッタを挑発したのだ。
「逃げるの? 私に負けるから?」
安い挑発だったが、ロゼッタには効果があったようだ。その足が止まり、振り返った顔には苛立ちが隠せなかった。
「んだと?」
「あの程度で勝った気になられちゃたまらないのよ。こっちも舐められっぱなしじゃ引っ込みがつかなくってね」
「この女!」
ロゼッタがアルフィリースに近寄ろうとした瞬間、別の場所から悲鳴が上がる。
「ロゼッタのアネゴ! トカゲが来たぞ!」
「ちっ、問答は後だ! そこの黒髪の女! 逃げるんじゃねえぞ?」
「さっきは逃げろって言ったくせに、どっちなのよ」
アルフィリースが呆れたようにため息をつく間にも、ロゼッタは方々に指示を飛ばしながら去ってゆく。その時、ミランダがアルフィリースの袖を引いた。
「アルフィ、何だってさっきみたいな挑発をしたんだい?」
「え? だって本当に私の方が強いもん」
「・・・賛同はしかねるな」
エアリアルがうろんげな目でアルフィリースを見る。だがアルフィリースは気にしてない。それよりも先ほどのロゼッタのことで頭はいっぱいだった。
「どこをどういじったらそんな確信が出てくるのさ」
「確信ってほどでもないけど、私はいまだに人間相手に剣を振るう時、殺すつもりでやったことが無いから。練習だと遠慮しちゃって」
アルフィリースが苦笑いをしたので、ミランダとエアリアルが顔を見合わせる。
「じゃあ何か? アタシ達相手の時には手を抜いているとでも?」
「手を抜いているっていうか、練習の時にできることと、実践で出来る事は違うってこと。それに普段は私は騎士剣よりの技術を使っているけど、昔師匠から一本取った時の剣技は別にあるのよ」
「・・・本気なの?」
「もちろんよ」
アルフィリースが事もなげに言ったので、ミランダは空いた口がふさがらない。今度はエアリアルが質問する。
「ではなぜ普段は使わないんだ?」
「あまりにも奔放だから、出来る事ならきちんとした剣を覚えなさいって師匠に言われたの。それに集団戦では使いにくくって。今まではだいたいが集団戦でしょう? ライフレスと戦った時もそうだったし」
「言われればそうだな」
エアリアルはなんとなく納得したように頷いた。
「それにね」
「それに?」
何かを言いかけるアルフィリースに、ミランダが聞き返す。
「私はあのロゼッタに興味があるわ。仲間にならないかしら?」
「・・・やめときなよ。アレはロクな人間じゃないわよ? 人間かどうかも怪しいけどね」
「そうかなぁ? まあ話は聞いてみないとね。それにもし仲間にならないなら、いまのうちに斬っておくほうがいいわ。戦場で出会ったら厄介ですもんね」
アルフィリースの物騒な言葉にミランダとエアリアルは再び顔を見合わせると、またしてもアルフィリースに呪印の良くない兆候が出たのかと訝しんだが、どうやらその気配はないようだった。ラーナも毎日アルフィリースの呪印の様子を確認しているし、もちろんそのような事があろうはずもない。そうなると、これはアルフィリースの生来の性格と言うことになるが。
「(こんなに物騒な子だったかな?)」
ミランダが疑問に思う。どうにも出会った頃と、少し印象が違うような気がしなくもない。当然人は成長すれば変わるわけだが、これは好ましい変化なのか。戦場を生き抜く上では必要かもしれないが、ミランダはどことなく不安を隠せないでいた。
「(大丈夫・・・だよね?)」
「何しているの、2人とも? ロゼッタの戦う相手の事を見るわよ? 隙あらば喧騒に乗じて脱走するわ」
「わかった。行こう、ミランダ」
「あ、ああ」
そうして3人はこの村に来た、トカゲとやらを見物に行くのだった。
***
「網を引け!」
「こっちの防護柵が破られた!」
「ドルカスが喰われたぞ!」
アルフィリースが家の角を曲がると、そこから既に戦いの様子が見えていた。先ほどの傭兵達が、巨大な魔獣相手に戦っているが、明らかに苦戦している。
「なるほど、見た目はトカゲみたいね」
「トカゲって二本脚で立つのか?」
「さあ?」
アルフィリース達が見たのは、体色が赤黒いトカゲのような生き物。基本は四足歩行だが、太い尾を使って二本脚で立つことも可能なようで、体長はダロン程度もあるだろうか。それらが10体以上、縦横無尽に村をかけずり回っていたのだ。
だが傭兵達も負けてはいない。鋭い顎で傭兵達は噛みちぎられ、あるいは前足や尾で跳ね飛ばされるも、彼らは懸命に戦っていた。先ほどの鷹手をトカゲの肉に食い込ませ、引き摺り倒して何人かでめった刺しにしている。
「あの魔獣はなんだろう? 魔王かな?」
「うーん、アタシは聞いたことが無いかも」
「大草原にももちろんいないな。強いて言えば恐竜共に似ているが」
そうこうするうちに、ロゼッタの前にトカゲの一体が走ってきた。だがロゼッタは大剣を振りかぶると、アルフィリース達にまで音が聞こえそうなほど奥歯を食いしばり、気合一閃、トカゲを袈裟がけに真っ二つにした。
「すごっ!」
「なんて馬鹿力だ・・・」
「なるほど、剣士としての能力は本当に凄まじいな」
3人がそれぞれ感心するうちにも、トカゲはやがて退却して行った。ロゼッタが傭兵達をまとめ直している。
「報告しな」
「死者5、負傷14です」
「これで200人をきったね・・・ジリ貧だ」
ロゼッタが報告を受けて、さらに村に仕掛けた罠の補修や再設置を命じて行く。そしてとどめを刺したトカゲの網を傭兵達がはずした時である。アルフィリースはそのトカゲの尾が動いたのに気がついた。
「いけない!」
「あん?」
アルフィリースが駆けだすのと、トカゲが起き上がるのは同時だった。虚を付かれた傭兵達は弾き飛ばされ、何人かの上にトカゲが覆いかぶさろうとする。
「うわあっ!」
【大地に棲む猛き精霊、汝らが力を形にし、敵を貫け】
《大地槍》
潰されかけた傭兵が悲鳴を上げる中、アルフィリースが唱えた魔術がいち早く発動し、アルフィリースが触れた地面とは離れた場所から盛り上がった岩が槍や刃物の様になって、トカゲを串刺しにして突き上げた。そのまま悲しそうな叫び声をあげ、絶命する魔獣。
その光景を驚きの表情で見る傭兵達とロゼッタ。
「よかった。間に合った」
「へえ。アンタ、魔法剣士か」
ロゼッタが口笛混じりにアルフィリースを見る。そのアルフィリースの肩をミランダが叩く。
「アルフィ、何やってんの? 逃げるよ!」
「ううん、そうもいかないみたい」
「?」
アルフィリースが指さした先では、リサを連れた他の仲間が村の中に入って来ていたのだった。
***
「じゃあ外にもトカゲが出たの?」
「ええ、それで村の中に逃げてきたのです」
「全く、どうなってんだか・・・」
ラーナいわく、アルフィリース達が村に入ってから間もなくして、熱にうなされるリサが危険の襲来を告げたらしい。それでエメラルドが空から周囲を警戒していた所、こちらに猛然と走りくるトカゲの群れを見たのだった。エメラルドが空から見つけていなければ、とても逃げるのは間に合わなかっただろうとのことだった。
「群れ?」
「はい。エメラルドは50匹以上を見たと言っていました」
「でも村には10匹程度しかいなかったわ」
「まさか斥候だとでも? トカゲにそんな知能があるわけが・・・」
「そのまさかなのさ」
酒場兼宿屋で、リサを寝かした後その場で話しこんでいたアルフィリース達の部屋に、ロゼッタがノックも無しに入ってきた。無遠慮な態度にアルフィリース達は眉を顰めるも、この部屋はリサの様子を見たロゼッタが確保してくれたものなのでおおっぴらに文句は言えない。
ロゼッタは椅子を一つ自分用に取り上げると、背もたれを前にして座る。
「あのトカゲ共は見た目に反して知能が高い。斥候くらいはやるだろうね」
「本当に?」
「嘘言ってどうするのさ」
ロゼッタが少しむっとした目で反論する。
「こんなしちめんどくさい依頼とわかってたなら、受けるつもりはなかったんだけどねぇ」
「どういうこと?」
ロゼッタの不満に、アルフィリースが聞き返した。
「アタイは雇われなのさ。今回の依頼はあのトカゲの捕獲だった。アタイ達はそのために集められたが、アタイが一番歴戦だから隊長を任せられてね。まあこのガーシュロンはアタイが中心になって動く場所だから、やりやすいってのもあるけど。
それでもあんなトカゲは初めて見たのさ。ギルドの情報によると、とても長い周期で冬眠と活動を繰り返す魔獣の様でね。以前暴れたのはアタイが生まれる前だってさ。それでも被害が大きすぎるから、トカゲの生態を調べるために捕獲してくれって領主が頼んできたんだよ」
「なるほど、それで今回のような装備だと」
「御名答。アンタ達もアタイ達の装備を見たとは思うけど、網や鷹手もやつらを捕獲するためにしつらえた装備というわけさ。んで、無事一匹を捕獲して引き渡したはいいが、その後気を抜いたのがまずかった」
「何があったの?」
「この村でトカゲの引き渡しをこの村で指定され、引き渡しまでは上手くいったが、その時にはこの村はすっかり囲まれてたのさ。逃げようとするたびあいつらが現れやがる。捕まえたトカゲがずっと甲高い声を発していたのにもっと気を使うべきだった。助けを求める声だったんだね、アレは」
ロゼッタが頬杖をつきながらぼやく。そんな彼女を見て、アルフィリースは質問するのだ。
「それからこの村に立て籠っているわけ?」
「まあね。もう一月か」
「それであなたは村人達に乱暴する部下を、見て見ぬふりってこと?」
アルフィリースに指摘に、ロゼッタがじろりとにらみ返す。
続く
次回投稿は6/30(木)19:00です。