開戦、その163~真冬の戦場㉟~
***
カナート、レクサス、アリストの3人は静かに館に忍び寄っていた。サウザン侯爵家邸宅。現国王スウェンドルとはまたいとこにあたるが決して折り合いが良いわけではなく、政治に関する発言権はないに等しい侯爵家。既に一族揃って東の戦場に出陣したようで、もぬけの空となった邸宅を、国王の名義で接収して陸軍が使用している状態とのことだ。
ここまではルイの説明だが、3人は近寄ってみて、改めて異様を感じた。
「こりゃあ・・・」
「既に、魔物の巣窟だな」
裏から近寄って念のためぐるりと敷地の外を一周してみたが、正門の鉄柵に、人間がはやにえのように刺してあった。男は裸で、誰かはわからない。女は女中服が一部残っている所から、おそらくは屋敷に仕えていた女中だろう。
そして門に刺さっている、もはや人間か何かもわからない生首。的当ての目標にでもされたのか損壊が激しく、男か女かすらも定かではない。この3人でなければ、思わず吐き気でえずくところだった。
その中でももっとも冷静なアリストが、静かに断じた。
「お二方、この中にいるのは人間だろうがそうでなかろうが、もう人間としてみなさない。そういう認識でよろしいか?」
「「異議なし」」
「要救助者の見極めだけ、やりましょう」
「あー、いいっすか?」
レクサスが手を挙げた。
「カナートさん、イェーガーのセンサーと連絡は取れませんか?」
「陣地内の妨害の魔術、それにこの吹雪もあって、センサーがイェーガーの宿舎まで届かん。おそらくは、傭兵たちは三の門の正面に陣取っているだろう。そうなると、誰に見つかるかもわからんこの第三層を突っ切ってそこまで行くことになるな」
「じゃあ現実的に考えないと駄目ですね・・・最悪、皆さんには内緒で全滅させちゃいましょう」
レクサスがすらりと剣を抜いた。その表情が見たこともないほど無表情で、そして恐ろしいほどすっきりとしていたので、思わずカナートでさえうすら寒くなった。
「お前、全滅って。まさか」
「ここにはこの3人しかいません。誰も見ていませんよ」
「お前な!」
カナートが思わず胸倉を掴みかけるのを、アリストが止めた。
「それは人道にもとる行いですが・・・現実的ではありますね」
「あんたもか!」
「カナートさん、あんたもミリウスの民の血が混じってたりするんだから、結構な差別は受けたでしょ? 感じなかったっすか、全部ぶっ殺してやるって」
「そりゃあ――」
世の中全てを憎んだことがないわけじゃない。だがブラックホークに参加して久しく、そんな感情は忘れてしまっていた。
レクサスはカナートの手を振り払い、続けた。
「俺にとっちゃあね、人間以下になるかどうかは正直、ブラックホークだけが止めているんだ。特にルイさんがいなけりゃ、俺は人間である意味がねぇんっすわ。だから、ルイさんやブラックホークに危害が及ぶようなら、その可能性まで含めて全部排除します。お二人は、西側の戦場の経験は?」
「依頼で何度かな」
「私はありませんね。アルネリアの勢力圏ではないもので」
「俺は西側の戦場育ちなもんでね、クソみてぇな戦場はいくつも見た。そのうち、一番最低なやつが、要救助者に発破を持たせるってやつだ。助けた瞬間に、ドカン。酷いと、陣深く戻ってから、ドカン。こいつらなら、要救助者にエクスペリオンを仕込んでおくなんて、訳もねぇだろうさ。それを、どうやって見極める? イェーガーのセンサーなら、あのリサならなんとかできるかもしれねぇが、それができねぇ俺たちは?」
「騎士ジェイクなら見極められるかもしれぬが」
アリストの提案を、レクサスはけっと吐き捨てた。
「あんた、年端もいかねぇガキに全部責任を負わせるつもりっすか? そりゃあいくらなんでも酷だ」
「・・・ふむ、神殿騎士であるという言い訳は通じないと?」
「そうでなくとも、個人に責任を負わせるやり方は好かねぇな。それに、そのやり方にしたってどれだけ正確なんだか。俺は確実なやり方を提案しているだけさ」
レクサスの言葉に、カナートははぁ、とため息をついた。
「お前の言うことはもっともだ。なら、助けるかどうかはその場その場で、それぞれが決めりゃいい。もし助けた奴に何かあったら、そりゃあ助けた奴の責任だ。いいな」
「いいっすよ。ただ、まだ隠密にことを成す必要があるんだ。俺たちがここで欠けるわけにゃいかねぇし、ばれるわけにもいかねぇことをお忘れなく」
「いいだろう」
合意した彼らは、音もなく屋敷の柵を乗り越えた。警備は誰もいない、中からは吹雪に混じって狂ったような笑い声と、それに混じった悲鳴が聞こえてくる。
3人には、三階建ての大きな侯爵邸が化け物の巣のように見えていた。
続く
次回投稿は、2/15(水)14:00です。