表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
2488/2685

開戦、その162~真冬の戦場㉞~

レクサスが、そっとルイの傍に立った。


「大丈夫っすか、姐さん」

「何がだ」

「冷静さを欠いてるっす。このまま仕掛けたら、しくじりますよ」


 レクサスが真剣な表情で忠告したので、ルイはかぶりを振った。レクサスがこういう表情をする時は、相当真面目な忠告だ。そしてレクサスの忠告をきかないと、まず間違いなく悪い結果となる。

 ルイはふーっと長く息を吐き、レクサスに返した。


「そんなに冷静さを欠いているか?」

「ええ、全然ダメっすね。本来より歩幅が小さく、呼吸も早かったっす。今剣を振るったら、前のめりになり過ぎて大怪我するっすね。特に乱戦では」

「お前はいつも冷静だな」

「冷めてるだけっすよ」


 レクサスは洞穴の隙間から、第3層の方を眺めた。ここは飛竜の営巣地の奥、今は使われなくなった飛竜用の食料保管庫の床下の、さらに奥に出入り口がある。そこが開くことを確認してから、洞穴の隙間から第3層を観察できる位置にまで彼らは一度戻っている。

 ヴァイカとチャスカは面倒だからと強行突破を主張したが、そもそも彼女たちの能力では見境がなく、万の軍団に包囲殲滅されたらさすがにもたないだろうと、ベッツが珍しく怒った。銀の戦姫、しかも最強の2人に説教ができる人間は、地上でベッツくらいだろうとレクサスも感心した。彼らの間には、たしかに絆がある。

 自分はどうだろうか、とレクサスは疑問に思った。ルイとは上手くやってきたつもりだ。人を人とも思えない自分としては、最大限の努力ができていると思う。これまで依頼などで組んでも、言葉を交わすこともろくになければ、酷ければ殺し合いに発展していた。もちろん相手を殺して終わるし、それもなんら感慨を抱けない自分は異常だと割り切っていたのだが。ルイだけは、くだらない言い合いもできれば、本気の殺し合いには最初以来一度もない。

 それはルイが徹頭徹尾冷静であるからだと思っていたが、ルイが冷静でなくなると、自分もこれほど苛立つのだとレクサスも初めて知った。それは、ルイの心がいまだローマンズランドにあるのを目の当たりにしているからかもしれない。


「嫉妬、っすかね・・・」

「何か言ったか?」

「いや、なーんも。それよりカナート、聞こえてるっすか?」

「・・・ああ、聞こえてるよ」


 外は吹雪の音しかしないとルイは思っていたが、センサーのカナートと、人一倍勘の強いレクサスはまた別のようだ。

 カナートもまたブラックホークの中では冷静な男の代表格だが、そのカナートが表情を嫌悪感で歪ませていた。


「基本的にはこれだけ人間がいるのかってほどに静かで、息を潜めているよ。燃料も食料も少ないんだろうな、熱源が乏しい」

「その一方で、じゃんじゃか際限なく資源を使っている連中がいません?」

「いるよ。そこから女の悲鳴と絶叫が聞こえてきやがる。ここからじゃまだ2か所程度しかわからねぇが、どちらもまっとうな行為が行われているとは思えねぇ、ずっと男どもの下卑た笑い声が聞こえてやがるのが、胸糞悪くてな」

「ターラムの裏娼館みたいな感じっすか?」

「俺はあんまり詳しくねぇけど、それより酷いんじゃねぇか? 規模が尋常じゃねぇ」


 カナートの口調がいつもより荒くなることからも、猶予がないことがわかる。レクサスは休息をとるベッツに向けて、提案をした。


「爺さん、威力偵察でも構わねぇっすか?」

「俺が総大将ってわけじゃねぇよ。カナート、何人だ?」

「少なく見積もって、500人」

「行けるのか、レクサス?」

「一応千人切りの、死神レクサスなんですけどね」


 レクサスが凶暴に笑った。カナートがため息をつく。


「俺も付き合わせる気なんだろ?」

「あ、カナートは途中で引き上げていいっすよ。休息も取らないと」

「馬鹿抜かせ。大立ち回りの後で、はいそうですかと休めるかよ」

「俺はできるっす」

「そりゃお前が生粋の戦場育ちだからだ」

「私も行こう」


 そこに顔を出したのは、アリスト。彼の統一武術大会での戦いを、レクサスは覚えている。戦って周囲が盛り上がるような戦い方をするのは、ヴァルサスやアマリナのような戦士だ。一方で自分やアリストは、周囲の温度を下げると思う。そう、生粋の人殺しの戦い方だ。

 既に魔晶石の鎧を脱いで、市民かどうかもわからない平服となったアリストが近くに来ると、温度が下がったような錯覚すら覚えた。アリストはセンサーではないが、戦いの気配を感じとることに関しては、誰よりも敏感だと自負している。

 誰も何も言う前から、アリストは準備を終えて彼らの傍に参上した。


「隠密に長けていて、勘が良く、躊躇なく殺せる奴がよいだろう。私は適任だ」

「それ、自分で言うっすか。騎士でしょ、あんた」

「元戦争犯罪人だ。騎士の立場の方に違和感があるくらいだ」

「アルネリアにも色々いるってことだな。いいだろうさ」


 詳しく聞くまでもなく、アリストの纏う気配だけでカナートもレクサスも同行を了承した。そのアリストにジェイクがすっと近づいた。


「アリストさん、気をつけて」

「ジェイク少年、いや騎士ジェイクにそう言われると緊張するな」

「冗談じゃなく、ヤバイです。いつぞやのターラムと、同じ気配を感じます」


 ジェイクの忠告に、3人がぴくりと緊張感を上げる。アリストはふむ、と悩み、力強く頷いた。


「騎士ジェイク、それはエクスペリオン絡みの予感か?」

「はい、おそらくは」

「さもありなん。念入りに相手にはとどめを刺すとしよう」

「なるほど。人間500人じゃなく、簡易魔王500体か。こりゃあ骨が折れる」


 げぇ、と嫌気がさしたカナートとは別に、レクサスは平然と返した。


「関係ないっすよ、生きてりゃ殺せる。急所を刺して、グリッとやりゃあ問題なし」

「そりゃあお前だからできる芸当だ」

「この3人は全員できるでしょ?」

「まあまあ。500体全部が魔王とは限らない。とりあえず首を刎ねて、動けば再度殺す。最大1000体殺す算段でいけば問題ないでしょう」


 物騒なアリストの割り切り方に、カナート、レクサス、ジェイクは思わず3人で顔を見合わせていた。



続く

次回投稿は、2/13(月)14:00です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ