開戦、その160~真冬の戦場㉜~
ラファティは突然のミランダの訪問に、慌てて彼女を出迎えた。いかに深緑宮で親しみをもって交流していたといえど、現在の彼女の立場は大司教。しかも、対外的にはアルネリア遠征軍の総責任者である。礼儀を欠いては示しがつかない。
「これはミランダ様、先ぶれもなくどうしてこちらへ?」
「先ぶれなんか出しようもないわ、貴族じゃないんだし。それに機動力を優先するためにアルベルトと2人で動いているのだもの。それより、オークに蹂躙された周辺土地の復興諸々の進捗状況はどう?」
「はい、完璧とは言えませんが、おおよその被害は把握できました。それに復興状況とそれにかかる予算としては――」
ラファティなつらつらと状況を述べた。本来戦闘だけではなく、それ以外の雑務もそつなくこなすラファティである。深緑宮でベリアーチェと蜜月を過ごしている際、ミリアザールが喝を度々入れるのは、ラファティがいるかいないかで能率が大きく異なるからでもある。
立て板に水を流すがごとく説明されるラファティの報告を聞いて、復興の初手は成ったと判断したミランダ。しばし目を瞑っていたが、力強く頷くとラファティに命令した。
「ではラファティ、周辺騎士団はここに残し、神殿騎士団などは移動を開始させなさい。ローマンズランド攻略戦も大詰めよ」
「は。春先まで待たれないので?」
「おそらくは、それまでに決着がつくわ。向こうの状況も耳にしてきたけど、基本アルフィリースの策が展開している間は、アタシは手を出さない方といいと言われているの」
ラファティもスカイガーデンで展開するエルザとは度々情報を共有しているが、情報は第3層の手前で膠着している情報で止まっている。そこから先の展開がどうなるかはラファティも読めていないが、命令さえあれば第3層にいつでも攻め込む覚悟はあったし、おそらくは神殿騎士団がその気になればそれは容易く行えると考えていた。
「第3層には攻め込まなくてもよろしいのですね?」
「その次をこそ、アタシたちは考えるべきだわ」
「次というと?」
「決まっているでしょう、カラミティの本体との決戦よ。個人でどうにかなる相手じゃない。その時にはきっと、あなたたちの力が必要になるわ。アタシたちはその時に備える」
ミランダの言葉に、ラファティが兄アルベルトの方を見る。アルベルトは無言で頷いていた。
「戦うことになりますか、カラミティと」
「なると思っていた方がいいわ。そうでないと、本体をこちらに移すわけがない。必ず動く、アタシはそう考えている」
「勘ですか?」
「勘――もあるけど。確信に近いわ。ねぇ、いつカラミティは八重の森を空にしたのだと思う?」
「いつ、ですか」
八重の森攻略戦に参加したラファティは、カラミティの本体がいたと思しき空洞を目の当たりにしている。
その巨大さたるや、今まで報告にあるどんな巨獣よりも大きかった。アルフィリースの報告にあった、シーカーの里のヒュージトレントなど、比較にもなるまい。
転移ではなく、それが直接移動したとしたら。たしかに誰かが目撃しそうではある。
「アタシは大戦期以前だと睨んでいる」
「大戦期以前、ですか」
「その時期なら、一般的な紙文書は普及していないわ。多くは石板、または木版。破損や劣化もしやすく、目撃情報があっても残らないことが多い。現在幻獣扱いされる、辺境の魔物のようにね。紙文書が普及し始めた大戦期以降では、カラミティが移動していたら必ず伝承が残るでしょう」
「確かに、あれほど巨大ともなればそうかもしれません。しかし、何のために?」
「さぁ・・・そればかりは本人に直接聞いてみたいところね。ただ、案外臆病なのかもしれないわ」
「臆病?」
ラファティの予測に、ミランダが答えることはなかった。アルフィリースはどうも、カラミティの本体に近い分体と交流があるらしい。その分体の印象を、アルフィリースはこう評した。
「驚くほど、普通。いえ、異常だけど、ゆえに普通になりたかったのかも」
その言葉を聞いて、ミランダはどこかで納得してしまった。どうやっても死ねない不老不死の自分。そして生まれながらに強力な魔力を有して、普通に生きられなかったアルフィリース。そしてカラミティも、おそらくは。
共感すべきところがあるからこそ、自分たちが止めなくてはいけない。ミランダはアルフィリースの決意を無言の内に感じ取った気がした。そうして、そのために自分の権力を使うことにしたのだった。
***
「準備はできたか?」
「行くぞ!」
2刻で準備を終えた第3層への潜入部隊は、ルイの案内によって移動を開始した。多数の仲間が死んだ洞穴から、崩落していない経路を辿って第3層へ。洞穴内は暗く足場も悪く、第3層までの高低差を考えればとても楽な道のりとは言えない。
だがこの潜入部隊に選ばれた精鋭たちは、寡黙にして淡々と道のりを辿って行った。ブラックホークがある程度道筋を一度確保していることもあるし、彼らの補給部隊も同行している。彼らにしてみれば、一度通った悪路は平坦な道とさして変わりもない。
「魔物もほぼ掃討済みですしね」
「念のため探っちゃいるが、まぁ問題ない。これだけの面子がいれば、知性があるような魔物はむしろ出てこんよ」
カナートが説明し、レクサスが周囲を見る。獣王ドライアンをはじめとして、ベッツとその押しかけ女房2人、ブラックホークの精鋭、神殿騎士団の魔晶石(ロードスト―ン)を使ったフル装備の精鋭たち。これだけの面子がいれば、1個師団程度は簡単に蹴散らしそうだ。
そしてその中には、ジェイクもいた。
続く
次回投稿は、2/9(木)14:00です。