開戦、その159~真冬の戦場㉛~
「ブラックホークの2番隊隊長ルイとしてではなく、ローマンズランドの騎士公の血筋として案内するということか。つまり、明確な祖国への裏切りになるぞ。いいのか?」
「忠誠とは、唯々諾々と祖国に従うことに非ず。必要とあれば、時に苛烈な手段を用いてこそ、真の忠誠なり」
「なぜ、今その気になった? ローマンズランドにそこまで忠誠を誓える武家の者が、祖国を出て傭兵をしているからにはそれなりの理由があったはずだ。なぜ今、そう考えるに至った理由は説明してもらえるのだろうな?」
ドライアンの言葉に、ルイはアルフィリースからの手紙を見せた。そこに書いてある全てがドライアンに理解できるわけではなかったが、ルイの覚悟が並々ならぬことだけはわかった。
「これは・・・そなた、本当によいのか?」
「――正直、迷っている。だから、ワタシが直接行くのだ。真実を確かめるために」
ルイの決意が固いことは再度問うまでもない。それは隣にいたレクサスの表情が一気に引き締まったことでも感じ取れた。レクサスもまた、感じたことがないほどのルイの切羽詰まった様子を感じとった。
その様子を見たマサンドラスが、ルイに問いかけた。
「それでルイ殿。何名が必要ですかな?」
「100名以下の精鋭、できれば20名ずつ5部隊に別れて行動したい。ハイランダー家、陸軍の詰め所、竜騎士団の詰め所、非戦闘員への連絡、傭兵たちへの連絡だ」
「なるほど。ブラックホークからは誰が行く?」
「2番隊、1番隊、それにベッツとグレイス、アマリナ、カナートがいる。ミレイユとヴァルサス、グロースフェルドは、カラツェル騎兵隊と共に既に戦場を離れた」
「なるほど・・・ここが正念場か」
ドライアンはアルフィリースに言われたことを思い出した。最後の最後で、獣王の力が必要になるかもしれないと。それは、この局面のことではないのか。
具体的な指示はない。だが、ドライアンの嗅覚と直感を信用するとアルフィリースは告げていた。そしてその予感は当たっていたようだ。
「ここだな、ドライアン王よ」
「ウィスパーか」
猫の姿をしたウィスパーが天幕に入ってきた。体に積もった雪を払うと、険しい表情で彼らの間に座った。
「念のため、第3層の中にはアルマスの協力者を何名も潜伏させている。民衆の安全は彼らに保証させよう。だが、脱出の経路を確保するなら合従軍の力が必要だ」
「わかった。それはアルネリアに進言しよう。第3層には俺が行く」
「王自ら!?」
トレヴィーが素っ頓狂な声を上げたが、ドライアンは躊躇なく頷いた。
「おそらくは、俺の力が必要になる。それにチェリオの部隊を同行させる。4番隊のゼルドスはまだいるか?」
「ああ、残っている」
「リュンカとゼルドスにグルーザルドの精鋭を預ける。運用は彼らに任せてくれ、マサンドラス殿」
「承知した。あの少将さえ除けば、我々にも再度勝機が見えるだろう」
「さて、そうなると魔術協会を巻き込むかどうかだが――聞いているのだろう、テトラスティン」
ウィスパーが中空に向けて声を出すと、外からテトラスティンとリシーが入ってきた。テトラスティンは少し渋い顔で、ウィスパーに不満を漏らした。
「確証はなかったのだろうが、聞かれていると勘繰られるのは気持ちの良い物ではないな」
「馬鹿を言え。私もお前も、間諜や盗み聞きは得意技だろう」
「私のは魔術だ。お前のは盗み聞きだ」
「結果は同じだ。で、どうする?」
ウィスパーの言葉に、テトラスティンははぁ、とため息をついた。
「行こう。どのみちそのつもりだった」
「そのつもりだった?」
「お前たち、カラミティがこのまま大人しくしていると思うか? 第3層はおそらく、カラミティの分体だらけだ。いかに精鋭でも、100名そこそこではカラミティの分体が一斉に襲い掛かってきたら、倒すことはままなるまい。こちらも精鋭を用意する。いつ向かう?」
「早い方がいいだろう。洞穴を抜けるだけでも丸1日はかかる」
「洞穴での休憩、第3層の偵察を含めて3日見た方がいいな。仮眠と休息を含めて、2刻後に決行でいいか?」
「問題なかろう」
「では後ほど」
言葉少なめに行動を決めると、それぞれ散っていった。ここでアルネリアに申し伝えようとする者は不思議と誰もおらず、エルザやアリストなどは半日以上経ってからドライアン王の不在を知ったのだった。
***
「散開したオークや魔獣の群れは、ほぼこれで掃討が完了したか」
「はい、ラファティ様」
オークの軍団を掃討してからのこと、周辺に散ったオークの群れやその死骸の後始末、占領された国々への対処などを、ラファティは一手に請け負っていた。
スカイガーデンへの侵攻において、アルネリアが中心となれない理由はここにもある。巡礼と神殿騎士団の精鋭、それに後方支援兵を、ラファティが主に運用していたからだ。
オークが占拠した国や町の有様は思った以上に酷く、ほとんど全てが残骸と帰していた。魔物たちは人間が積み重ねた歴史や文化、生活の全てを踏みにじり、ただただ無残としかいいようのない有様へと変えていた。
「(これを元に戻すのに10年・・・いや、もっとか。死んだ人間への供養や人的補填だけではない。壊された自然、建物、何より生き残った人間の傷。それらが癒されるまでに20年でも足らないだろう)」
ラファティは保護した人間たちの有様を見て、そう感じていた。体の傷だけではない、心に負った傷はそうそう簡単に癒えるものではない。そしてオークの侵攻を逃れて人里離れた場所に避難した者たちが合従軍の勝利を知るまでに、さらに時間がかかるはずなのだ。
かなり虱潰しにしたとはいえ、まだ生き残っている魔物もいるだろう。この地域はローマンズランドの支配下にあったせいで、土地の浄化も不十分だ。それもあって、探索にはさらに時間がかかる。想定以上に巡礼たちが有能だったが、人も、時間も、全てが足らないとラファティは感じていた。
そんな折、ミランダがラファティの元にふらりと訪れたのだ。当然、傍にはアルベルトが伴っている。
続く
次回投稿は、2/7(火)14:00です。