開戦、その157~真冬の戦場㉙~
「マサンドラス将軍、申し上げます!」
「今度はなんだ!?」
「それが・・・」
「?」
エーリュアレの手前なのか、言いにくそうにする騎士を伴い、一度天幕に移動するマサンドラス。そこで、手負いの天馬騎士がいることに気付いた。
「この者は?」
「フリーデリンデ天馬騎士団4番隊副隊長、ミルセラと名乗っていますが、合従軍のドライアン王に合わせろの一点張りで。それ以外は何も話そうとしません」
足を挫いたのか、マサンドラスを確認しても猜疑心の強い視線を向けるだけで、天馬騎士は何も語ろうとしない。見れば斬られた傷もあるが、治療は拒否しているそうだ。
ただならぬことがあったのだろうと、マサンドラスは天馬騎士の前に膝をついてまっすぐに顔を見た。
「ミルセラ殿、儂はモントール公国の将軍、マサンドラスだ。大した実力はないが、他人より向けられた信頼を裏切らぬようにここまで騎士としてやってきたつもりだ。ドライアンとは知己以上の関係を築いてきたと思っている。貴殿の様子を見る限り、ただならぬ事情があるのだろう。彼の御仁は今前線で指揮を執っているので取り次げぬが、言伝があるならあずかろう」
「マサンドラス将軍、このような恰好で失礼しますが、私の言伝はドライアン王にのみとして預かっております。貴殿が信用できる、できないではなく、それが我が使命なのです。正式な国ではなく傭兵という立場ではありますが、フリーデリンデの名にかけて、使命を曲げるわけにはゆきません」
「むぅ、ならばせめて傷の手当だけでもさせてくれ。今アルネリアのシスターを呼ぶ」
「それも結構にございます。呼ぶなら、あなたの国の薬師を」
「ふむ」
アルネリアに知られたくないことなのかとマサンドラスが勘付き、ミルセラの応急手当てをしてドライアンを待つことにしたマサンドラス。
その間にもせっかちなエーリュアレは前線に出向いて行き、竜騎士の第3波を撃破。そのまま広場での攻防へと移ったが、そこで猛反撃に合っているようだ。
戦線が膠着したとみて、マサンドラスはドライアンへ使いを出す。そしてドライアンを後方に引き揚げさせ、自身の天幕へと呼んだ。
「なんだ、マサンドラス。王を呼びつけるとは大したものだな?」
ドライアンが軽口と共に入ってきたが、その足取りに苛立ちは隠せていなかった。そのドライアンも、地べたに座っている天馬騎士を見て、首を傾げた。
「はて、捕虜を取ったのか?」
「そのつもりはない。墜落していた彼女が自らこちらに投降したのだが、そなたに取り告げと言ってきかぬ。何か心当たりはあるか?」
「いや・・・天馬騎士よ。何か秘めた役目があるのか?」
「はい、ございます。これを」
そこにおいて、初めてミルセラは懐から小箱を取り出した。その小箱を開けると、ドライアンは1通の折りたたんだ粗末な紙を取り出した。その紙に書かれた内容を見て、ドライアンの顔色が蒼白になる。
「なん・・・だと」
「王よ、そこには何が書かれているのです? いえ、誰からの書簡ですか?」
「アルフィリースだ。奴め、おそらくはスウェンドルによって軟禁されている」
「はぁ? 合従軍をやりこめる指揮官を軟禁して、彼らに何の得が?」
「逆だ。おそらくは、アルフィリースは優秀過ぎた。だから無能が前線に命令をして、こんなことを始めたのだ。そしてアルフィリースめ、とんでもないことを言ってきおった」
「何をです?」
さしものドライアンもすぐには口にできなかった。そしてミルセラの反応を見て、彼女もまた意外そうにしていることから、何も聞かされていないのだと確信を持つ。
「何も知らぬのだな?」
「私はただの伝令です。そうするために、同士討ちまでの振りをしてまで、決死の想いでここにまいりました」
「そうか、そういうことか・・・アルフィリースはフリーデリンデ天馬騎士団も信用しておらぬと」
「だからドライアンよ、何と書いてあるのだ?」
痺れを切らしたマサンドラスは、敬称も忘れてドライアンに詰め寄った。そしてドライアンをして、ここには自分たちしかいないことを確認し、ようやく口を開いた。
「アルフィリースの奴、自分たちごとローマンズランドを陥落させろと言ってきた。イェーガーの被害も、その責を一切問わぬから全力で陥落させろとな」
続く
次回投稿は、2/3(金)15:00です。