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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その156~真冬の戦場㉘~

「は、速い!」


 竜騎士の第二陣が予想よりも早かった。アンネクローゼ麾下の第二竜騎士団は、個人の武力よりも統率された行動を得意とする。アンネクローゼがいなければ少々練度が落ちるとはいえ、完全に消失するものでもない。

 ましてアンネクローゼ不在の際にその人員を失ったとあれば、より躍起になって追い詰めようというもの。アンネクローゼも熱しやすい性格だが、その配下にも気性が伝播しているようだった。

 撤退を促すため、最後尾で指揮を執っていたマサンドラスを竜騎士が発見すると、一直線に襲いかかった。


「老将、覚悟!」

「!」

「マサンドラス様!」


 周囲の兵士がマサンドラスを守ろうとし、それを見た竜騎士は飛竜の炎で一斉に焼き払わんとする。弓矢が間に合わない――そう考えて死を覚悟したマサンドラスが目を見開きその瞬間を見届けようとすると、その竜騎士が逆に炎に包まれて爆散した。

 何事が起きたかとマサンドラスとその配下たちが周囲を見回すと、そこかしこに茶色のローブを羽織った魔術士らしき人物たちが多数彼らの撤退を援護するように、合従軍の陣から歩いてきていた。

 その先頭を歩く、小柄な魔術士がマサンドラスに問いかけた。


「モントール公国将軍、マサンドラス殿とお見受けするがいかに?」

「いかにも、私がマサンドラスだ」


 魔術士がマサンドラスを前にして小さく礼をすると、フードを外した。そこから現れたのは、険しい表情を隠そうともしない女だった。


「魔術協会、征伐部隊プランダラー“筆頭”、エーリュアレと申します。戦場にて最低限の礼儀となることを許されよ」

「征伐部隊――魔術協会の汚れ仕事も引き受ける、最強の実戦部隊と聞いているが、それがなぜここに?」

「知れたこと。アルネリアと魔術協会は協力関係にあります。苦戦していると聞けば、登場しないわけにはいきますまい」


 もっともらしく聞こえる理由だが、ならばなぜここの戦いで一度も姿を見せていないのか、と言う言葉をマサンドラスはぐっと飲み込んだ。

 エーリュアレは歳に見合わぬ、あるいは背伸びした様子でやや尊大にマサンドラスに宣言した。


「我々が参戦したからには、ここから先の快勝をお約束しましょう。ローマンズランドは魔術に関しては後進国。竜騎士などもののうちにも入りません」

「それは少々浅見ではないかね。見れば、貴殿の部隊は200名にも満たないようだが」

「貴国らが広場を制限してくれているおかげで、ローマンズランドは不利なまま部隊を展開する必要があります。荒天にも左右されましょうが、心配とあれば二の門前の台地も占拠してしまえば、竜騎士どもにできることはありません。それに、我々の部隊は後続が次々とやってきます。まだまだこんなものではありませんよ」


 エーリュアレの宣言にはそれなりに根拠があった。テトラスティンが戻ってきたことで、金の派閥も含め、魔術協会は全戦力をこの戦いに投入できる。その総戦力はゆうに千名を超える。ミュラーの鉄鋼兵も金の派閥なら問題にしないだろうし、厄介だとしたらイェーガーではないかとエーリュアレは考えていたのだが、イェーガーの動きが本物ではないとの報告しかエーリュアレの元に入ってこない。


「(いないのか、アルフィリース。いっそこの場で貴様をと、思っていたのだが)」


 大義名分を得られるこの場で全ての因縁に決着を付けられるとエーリュアレは勇んでいたのだが、肩透かしを食らった格好になった。エーリュアレは研鑽と実績を詰み、イングヴィルに取り入ることで何かと保守的だった征伐部隊の古参の面子を黙らせ、そして今や自身が征伐部隊の実質的な長になった。便宜上は同じ立場の者は他にもいるが、外征する上では自分が一番の立場になったのだ。

 アルフィリースを憎み、研鑽を積むことでこの立場に来た。父を越え、家名の誇りを取り戻した。イングヴィルがさらに出世すれば、実質の派閥を一つ任されることにもなるだろう。それが全てアルフィリースのおかげだと思うと、複雑な気分がしないでもない。そしてアルフィリースを実質殺すのか、と自問自答すれば、それは違うのではないかとも思い始めていた。


「(父の仇であることには違いない。だが、父は役目を全うするうえでアルフィリースと出会い、戦って死んだ。言うなれば実力不足で、死ぬこともまた我々の使命の内だろう。それを恨むのは筋違いだということは、もうわかっている。わかっているが、割切れないのは私が未熟なゆえなのか)」


 エーリュアレの答えはまだ出ない。だが立場が変われば考え方も変わることは、実感として理解してきた。少なくとも今、アルフィリースが目の前に出現したところで暴走しないだけの確信はある。それどころか、戦いを終わらせるためにはアルフィリースはこのまま姿を見せない方が楽なことすらも、冷静に分析できていた。

 そんなことをエーリュアレが考えているとは露知らず、その傍でマサンドラスは難しくなった状況に頭を悩ませていた。


「(まずいことになった。このままローマンズランドを押し込めば、勝ち戦の雰囲気が再度流れる。そうなれば、ローマンズランドの面子は丸つぶれだ。奴らが攻勢に出つつも手詰まりな状況の方が、交渉はしやすかったのに。ここで魔術協会が出て来るとは、完全な想定外だ。まさか、魔術協会もこの戦での利権を何かしら狙っているのか? 策謀家と名高い会長は引退したと聞いていたのだが)」


 その会長が復帰しているなどとは、マサンドラスも知らないことだった。だがそのマサンドラスの元に、さらに想像もできない情報がもたらされることになる。



続く

次回投稿は、2/1(水)15:00です。

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