開戦、その154~真冬の戦場㉖~
「なぜ、こんな不毛な戦いを続けなくてはいけないのか」
ドライアンは前線の指揮はチェリオに任せ、自らは少し引いた位置から戦況を確認していた。その様子は泰然とはしているものの覇気には欠け、先のオークとの戦いで見せたような勇猛さはなりを潜めている。
そのような王の様子を近習たちはそっと忍び見たものの、口にできるほどドライアンの内面に添える者は誰もいない。ただ、このような気概で矢面に立てば全軍の士気に関わることだけはわかっていたので、ドライアンはただ自重していた。そしてその意を組むかのように、チェリオが前線で活躍していた。
チェリオの部隊は獣人たちの中でも格別柄の悪い土地で育ったので、奇襲、不意打ちを得意中の得意とする。グルーザルドの中でも汚れ仕事を請け負う、名誉とは程遠い部隊。ここは彼らが最も得意とする戦場だった。
さらに城攻め屋が遠距離から投石器を使い、油を塗り込んだ藁の束に火をつけて放り込んだ。効果は絶大で、この混乱の中でも物資が手放せなかった兵士たちに飛び火すると、彼らは火だるまになって味方の元に駆け込み、阿鼻叫喚の渦は瞬く間に広がっていった。
「有能過ぎるぞ、トレヴィーめ・・・これでは、やり過ぎてしまう」
ドライアンとしては、グルーザルドにある程度の被害を与えて再度膠着状態にもっていきたかった。トレヴィーもマサンドラスもそのつもりで動いていたのに、策があまりに効果的過ぎた。いや、敵が想定以上に「弱すぎる」のか。
イェーガーと思われる部隊はすぐに引いて行った。あれならさほどの被害も出ないだろう。鉄鋼兵は撤退戦に自信がありすぎたのか、とどまって戦おうとしていたが、腕自慢が何人か死んだことでようやく撤退を始めた。このまま手詰まりになれば、降伏も勧告できる。
だが予想外な部隊が一つ。グルーザルド地上軍と思しき部隊は全くと言ってよいほど手ごたえがなく、それなのに一向に引こうとしないので今や彼らが最前線で戦い、傭兵たちの撤退を援護する様な形になっている。だがその行いは、戦の流れを読んでいるとは言い難い。犠牲は大きく、死者は見る間に膨れ上がっていった。
その撤退を強引に押しとどめ、押し寄せるグルーザルドの獣人たちを抑え込んでいるのは一人の女指揮官の奮闘。明らかに目立つその奮戦ぶりを見て、ドライアンが動くよりも早くチェリオが、そしてリュンカが動いていた。
「お前が指揮官か? 名を聞いておくか」
「名乗る時は自ら名乗るがよいぞ、下等な獣人よ」
少将は明らかな侮蔑でチェリオを挑発し、チェリオはその挑発に乗った。味方の損害を考えない指揮官なら、どのみち撃破一択だと思ったからだ。
「よし。俺らを侮辱した瞬間、降伏の選択はなくなったぜ?」
「端からそんな選択肢があると思うのか、馬鹿め。敵は皆殺しだ」
チェリオは額に青筋を浮かべながら突撃し、少将に一撃を加えると思われたところで逆に一歩下がった。その瞬間、左右、背後、上から同時にチェリオの部下が少将を襲撃する。
いかに頭に血が上ったように見えても、チェリオは冷静。この程度の挑発で我を忘れるような真似はしない。それは同時に、少将にも同じことが言えた。少将は四方向からの奇襲にも動揺することなく、その全てを迎撃して手傷を負わせた。
ただ襲い掛かった者も精鋭。二撃目を喰らうことなく、飛びずさって距離を取った。それを見ても少将は顔色一つ変えることなく、チェリオに剣を向けた。
「お前が来い、雑魚では相手にならぬ」
「美女のご指名とあれば、是非もないんだけどなぁ。戦じゃそうもいかんのよ」
チェリオのセリフと同時に、周囲に一斉に弩級兵が現れた。数十の兵士に狙いを付けられた少将は、さすがに表情を歪めて舌打ちした。
「ちっ、冷静な奴だ。厄介だな、ここではまだ『揃わん』か」
「放て!」
チェリオの合図と共に一斉に矢が放たれると、少将は周囲の兵士を盾にして奥に逃げた。その逃げっぷり、人を盾にしてもなんとも思わない残虐性を目の当たりにしたチェリオは、少将の後を追う。
「待てチェリオ、深追いするな!」
「逆だ、リュンカ! ここで奴を仕留めれば、一角は確実に崩せる! 多少犠牲を払っても仕留めるぞ!」
罠に気を付けながらも、20数歩程度の距離で少将を追うチェリオ。足は自分の方が速いことはわかっていたが、角を曲がった際にその姿を見失った。
「え・・・どこに行った?」
「見失ったのか?」
後から追ってきたリュンカが、茫然とするチェリオに声をかけた。彼らの目の前には崩れた小道や家屋があるが、この短時間で身を隠したり逃げ込めそうな場所は一見してなかったのだ。
彼らはしばし少将の後を追ったが、諦めざるを得なかった。すぐに彼らの上空を飛竜が舞い始めたからだ。
続く
次回投稿は、1/28(土)15:00です。