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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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魔剣士、その2~赤目のロゼッタ~

 エアリアルの掛け声と共に、3人が動き出す。エアリアルは一番隙のありそうな一画を狙ったのだが、男達は打ちあいもせずにすんなりとエアリアルを通した。


「何?」


 その動作にエアリアルは不信感を抱くも、その理由はすぐにわかった。いつの間にか、眼前には大きな家の間に大きな網が敷かれているのだ。


「ちっ、邪魔だ!」


 エアリアルが一旦止まって網を切ろうとするが、網はかなり頑丈でエアリアルの槍でも一度には切断できなかった。そして動きを止めたエアリアルに、頭上から多くの捕獲用の網が降り注ぐ。


「くそっ!」

「エアリー!」


 アルフィリースが駆け寄ってエアリアルを拘束する縄を切ろうとする。だが、


「アルフィ、離れていろ!」


 それでは時間がかかると思ったのか、エアリアルは魔術をいち早く使い、上半身の周りに小規模のカマイタチを発生させて縄を切り飛ばした。同時に、ミランダが家の間にある縄を固定している柱を叩き割る。


「よし、脱出だ!」

「と、いきたいけど、すっかり囲まれたみたい」


 一瞬動きを止めた隙に、アルフィリース達は完全に包囲されていた。これでは戦うしか道はない。


「やるしかないね。アルフィ、人間を斬る覚悟はあるかい?」

「もちろんよ。でも、心配事が一つ」

「何だ?」


 再び三人が背を合わせながら、エアリアルがアルフィリースに質問する。


「私、やりすぎちゃわないかなって」

「・・・冗談に聞こえないよ」

「そこまでだ、来るぞ!」


 エアリアルの叫び声を合図に戦闘が始まった。純粋に一個人としての実力ならば、アルフィリース達に傭兵は敵わなかっただろう。だがこの男達はある特殊な訓練を施された傭兵達であり、とにかく集団戦が上手いのだ。

 それに兵法にもある通り、人数が相手の何倍か以上あれば囲んで戦うのは常套手段。それだけ囲むというのは必勝にも近い戦法であり、男達は勝利を半ば確信していたのだが。


「おの女ども、手強いぞ?」

「いかん、負傷者が増える!」

「鷹手だ、鷹手を持って来い!」


 男達がめいめいに叫ぶ。そしてある武器をエアリアルは弾き飛ばした時に気がついた。


「今の武器は?」


 エアリアルが弾き飛ばしたのは、鷹手と呼ばれる特殊武器。3m以上の長い鉄棒の先に、鷹の爪を模した鋭い曲がりを付けた鉤爪がついている。しかも釣針のように、返しがついているという徹底ぶりだ。これが一度肉に食い込むと中々抜けず、また服や鎧に引っ掻かれば相手を引き倒すのに都合がいい。相手を捕獲したい時や、馬上の相手を引き摺り倒す時に用いられる武器である。

 エアリアルが気がつけば既に槍の届く範囲には敵はなく、囲まれた状態から鷹手が伸びてくるのだ。背中の手裏剣を投げようにも、その隙すらくれない徹底ぶりといい、怪我人をすぐに引き摺って後退させる辺りといい、大草原で育ったエアリアルに取って初めて味わう集団戦法だった。


「(やりにくい・・・! 大草原の部族はこんな小うるさい戦法は使わなかった。これが外の人間の戦い方!)」


 だがその思いはアルフィリースとミランダも同じ。彼女達にしろ、ここまで練度の高い傭兵とは戦ったことが無い。


「ミランダ、何なのこいつら!?」

「知らないよ! でも出来るのだけは確かだね!」


 必死で鷹手を払い続ける2人だが、その思いは傭兵達も同じだった。ここまで完璧に囲っておいて、自分達の手に落ちない獲物は彼らにとってもあまり経験がない。それが女3人ともなれば、彼らの中に若干の焦りが生じても仕方はない。それでも長引けばアルフィリース達に不利なのは明らかだったのだが、戦いの喧騒の中、一際大きな声が戦いに横やりを入れる。


「なにアタイ抜きで楽しそうな事やってんのさ!?」

「アネゴ!」

「今度は何よ?」


 一瞬鷹手の攻勢が止まり、アルフィリースは思わず声の主を見る。そこにはリサほどの身の丈もあろうかという大剣を背中に背負った、大柄な女性が一人立っていた。背はアルフィリースよりも高いだろう。大柄な身長もそうだが、目を引くのは体の色。妙に青黒く、普通の人間とは思えない。それに、目も普通の茶と赤だ。左右の目で色が違う、オッドアイという奴だろう。髪色こそグレーだが、まるで様々な種族が合体したような、なんとも言えない奇妙な女性だった。

 ただそうでなくても人目は引くだろう。それだけ奇妙なのに、整った顔立ちは見まがうことなく美人である。自分の体に余程自信があるのか、素肌をおもむろに晒すように下はショートパンツ、上は大雑把に布を胸のあたりに巻いただけのような格好なのだ。寒くないのかと、アルフィリースは思わず聞いてみたくなったくらいの露出度である。


「ミランダ、彼女の肌って・・・?」

「昔迫害の対象になった種族、ミウリスの民だよ。本来ならもっと青黒いんだけど、彼女は多少薄いようだからきっと混血なんだろうね。彼らはその肌色を理由に差別された種族なのさ。別に何も悪い事はしてないんだけどね」

「その辺の事情はわからないが、どうやら彼女が首領の様だぞ?」


 エアリアルの指摘通り、その女が歩いてくると男達が道を開ける。間違いなくその女が彼らのリーダーなのである。そしてアルフィリースから5m程度の距離にくると、女は無遠慮にじろじろとアルフィリース達を舐めまわすように観察した。


「へ~え。見た所普通の女だけど、うちの連中を苦しめるとは中々やるね」

「それはどうも。で、あなたがこの傭兵団の首領なのかしら?」


 アルフィリースは油断なく剣を構えながら女に問いかける。女はアルフィリースよりもさらに背が高く、アルフィリースがわずかながらでも見上げることになるのは珍しいことだった。加えて女性の背中に背負った大剣の大きさ。アルフィリースの剣では受ける事もままなるまい。


「(あんな大剣、女の腕力で振るえるのかしら?)」


 アルフィリースは訝しむが、その様子に気付いたのか、女性が背中の剣を片手で抜き放って見せる。


「うそっ」

「ははっ、こんなデカイ剣を女が扱えるのかって思ったんだろう? 飾りじゃあないのさ、残念ながらねぇ!」


 女が不敵に笑いながら一歩前に出る。その威圧感に、思わず後ずさるアルフィリース達。


「下がってな、テメェら。この美味しそうな獲物は、アタイが3人まとめてイタダキだ」

「アネゴ、御相伴にあずからせて下さいよ?」

「全く、盛った犬みたいな連中だね。いいだろう、アタイが倒した後は好きにしな。もっとも生きていればの話だけどね!」


 最後の言葉を言うが早いか、女が飛び込んできた。その剣をミランダのメイスが受け止める。だが、あろうことにミランダが力負けしたのだ。地面に片膝をついた格好で女の大剣を受け止めるミランダ。


「く、どんな馬鹿力だ!」

「アタイはロゼッタ。赤目のロゼッタって人は呼ぶ。でも覚えなくていいよ? すぐに死ぬからさぁ!」

「ミランダっ!」


 エアリアルがミランダを助けるためにロゼッタに向けて槍を突き出したが、その槍を片手で止め、さらに剣を片手で持ってミランダと拮抗させるロゼッタ。

 さらに。


「な、馬鹿なっ!」

「ははは、軽いねぇお嬢ちゃん」


 事もあろうに、ロゼッタは槍を掴んだままエアリアルの体を持ち上げ始めたのだ。だが、アルフィリースがさらに剣をロゼッタに向けて振り下ろすと、ロゼッタはアルフィリースを上回る巨体でありながら、バック宙で飛びのいたのだ。


「あの体でこんなに動くの?」

「なんて奴だ」

「アハハハッ!」


 ロゼッタの赤い目が爛々と輝く。明らかに戦いに歓喜しているのだ。


「あーあ、アネゴのスイッチが入っちまった」

「こりゃあ八つ裂きだな、あの女達」

「美人なのにな。もったいねぇ」


 周囲の傭兵達からは口々に文句を言うが、アルフィリース達にそんな余裕は微塵もない。それほどロゼッタは強いのだ。


「ならば、これならどうだ?」


 エアリアルが背中の手裏剣を二本同時に投げつける。それすらも軽々と避けるロゼッタだが、すかさずエアリアルは斬りこみ、手数でロゼッタを追いこむ。


「せああっ!」

「おっとと。これはピンチかな?」


 そう自らの危機をほのめかすロゼッタの顔は微笑んでいた。要は余裕なのである。それがわかるからエアリアルも悔しいのだが、彼女には目論見がある。


「ヒュウッ」

「?」


 エアリアルが腰を入れた重い一撃を受けさせることでロゼッタに踏ん張らせ、ロゼッタの膝を蹴って距離を取ることでバランスを崩す。そこに別方向から襲いかかる二本の手裏剣。例のブーメランの要領である。


「避けてみろ!」

「避けてみろっていうか」


 ロゼッタは振り向きざま、手裏剣の一本を白刃取りのように指先に挟み、もう一本は事もあろうに手裏剣の柄を掴んだのだ。


「避けるまでも無いって言うか」

「・・・そんな馬鹿な」


 事もなげに語るロゼッタだが、一つ間違えれば手の指が全部飛んでしまう。エアリアルも自らの手裏剣を取る時もあるが、基本は投げっぱなしの武器。手に取るのも、回転数が一定だからどこで掴めばいいのかわかっているからできることである。それを事もあろうに初めて見たロゼッタが素手で掴んだのだった。

 いくら大草原と違い風の援護が少ないからといっても、これはエアリアルに取って驚愕の出来事だった。そんなエアリアルの絶望を感じた表情を見て、恍惚の表情を浮かべるるロゼッタ。


「ああ、いいねぇ~その顔。もっとお姉さんに見せてくれないかな?」

「ぐ、く」

「この女!」

「だけどこの人、本当に強いわ」


 エアリアルとミランダがやや青ざめる中、アルフィリースは不謹慎にもロゼッタとの戦闘を楽しみ始めていた。


「(人を斬る時に、最初から斬るつもりで剣を振るったことはないけども、このロゼッタ相手ならそのつもりでやらないとこちらが危ないわ。やってみようかしら、久しぶりに遠慮なしで)」


 アルフィリースがそう考えなおし、一歩前に出ようとした瞬間、慌てた男がその場に飛び込んできたのだった。



続く


次回投稿は6/28(火)19:00です。

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