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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その153~真冬の戦場㉕~

「なんだ、どこで爆発した!?」

「広場か? いや・・・」

「大変です! 広場から市街地に抜ける道が、全て爆発で塞がれました!」


 混乱を防ぐために防備陣形を取らせた冷静な隊長たちの元に、退路が断たれたという絶望的な知らせが届く。敵の本陣が遠く、敵襲も敵の姿形すらもないからと、散開して物資と食料の確保に動いていたせいで、情報が行き渡らない。

 戦い慣れた精鋭たちをもってしても、判断が遅れた。その間が既に致命的だと気付いたのは、彼らが振り返った時に獣人の部隊が突撃して来るのを間近に見た時だった。


「あっ・・・」


 一番外縁にいた傭兵は、叫ぶ暇もなく血だまりに沈んだ。彼が油断をしていたわけでも、荷物が手を塞いでいたわけでもない。単純に、獣人の部隊の気配が極端に薄かったのだ。

 獣人たちは、正々堂々の戦いをもっとも得意とする。だがそれは、それしかできないというわけではなく、必要に応じていかようにでも戦い方を変えることができるだけだ。南の大森林での戦いにおいて、蛮族が夜襲や奇襲を得意としないわけではなく、彼らが奇襲をしないわけではない。 

 元来、獣というものは忍び寄ったり気配を消すことは人間より上手いものだ。ただ人間たちが、獣人のことをそう思っていなかったというだけで。


「て、敵襲ー!」


 ようやく最初の傭兵が叫んだ時には、グルーザルド側は半ばまで食い込まれていた。そして半ばまで食い込まれると、そこから獣人たちは散開して、見事な要領で人間たちに襲いかかった。

 戦いの喧騒が瞬く間に広まる。イェーガー率いるセンサーの部隊も、リサがいなくてはその効果は半減する。まして戦場全体を彼らの領域に入れることができず、部隊運用に関して彼らの要領をえていない指揮官を頂いていては、彼らはイェーガーの周辺を警戒するだけで手いっぱいだった。


「兄者! 囲まれているぞ!」

「グルーザルドの獣人ども、どこに潜んでいた!?」


 鉄鋼兵が叫ぶ。その叫びが意味がないものだとして、彼らは叫ばずにはいられない。ローマンズランドは慣れ親しんだ土地だと、彼らの誰もが思い込んでいたからだ。

 食糧難に陥りやすいローマンズランドでは、多くの家に秘密の地下室があることなど部外者は知りもしない。そして地下室は各家庭ではなく、地域ごとにある程度決められて作られ、地域ごとの秘密にされていること。そしてそれらはローマンズランドの軍関係者には知らされず、逃げ出した住民たちがアルネリアの庇護を受けるために、ひっそりと知らせていることなど、彼らは知るよしもなかった。そこまでローマンズランドに対する信頼が失墜していることも。

 まして正面からグルーザルドが猛々しくオークを撃破する姿を見ていた傭兵たちとしては、これほど静かにグルーザルドが襲いかかって来るとは想定していなかったのだ。


「くそっ! これほど接近されると、陣形を組む暇もない!」

「グルーザルドの連中の攻勢を、このまま受け止めることは不可能だぞ!」


 ミュラーの鉄鋼兵の重装装甲でも、何度もグルーザルドの獣人たちに攻撃されれば耐えかねる。彼らは家屋の壁を背に耐えている兵士もいたが、獣人たちはすれ違いざまに一撃離脱で連続攻撃を仕掛けていった。

 その猛攻に彼らは家屋の壁にめり込んで動けなくなり、多くは生きているのか死んでいるのかも判然としないまま、鎧の中で滅多打ちにされて死亡した。鎧のせいで外からでは死んだかどうかもわからず、過剰なまでにグルーザルドの攻撃が重ねられるのも致し方ないことかもしれないが、それにしても酷い有様にイェーガーやローマンズランド陸軍の兵士たちは顔面蒼白になった。

 そして鉄鋼兵の隊長格である重装兵は、一人獣人たちの猛攻の中、時間を稼いで味方を逃がそうと奮戦した。だがその奮戦のあまり四方八方から滅多打ちにされ、まるで糸の切れた人形のように踊りながら絶命した。ドードーのように家族と仲間のために奮戦しようと叫んだ男の叫びは、灰色の空に吸い込まれて消えた。

 

「市街地での戦いでは、立体的な機動力を考えないといけません」


 トレヴィーがこの戦いの盤面を構築する前に、諸将に告げたことだ。戦術を考える際にはつい平面の地図を出して話し合うため、つい平面だけで戦いを決めがちだが、実際には違うと。グルーザルド最大の利点は立体機動とでも言うべき柔軟な機動力であり、重装歩兵やローマンズランド騎兵と立体的に戦う必要など、一つもないと説明した。

 そして同時に、立体的に考えれば竜騎士をやり過ごす方法が見えてくるとも。


「鉄鋼兵と狭い場所や平地で戦うなんて、愚の骨頂。相手の不意を突き、包囲して各個撃破すればいいのです。平面では無理でも、立体的に戦場を考えればそれは可能となります。

 そして竜騎士対策ですが、あえて竜騎士が来やすい戦場を作ります。予想外の方法で襲撃されるより、相手の行動をあえて促して限定する。多少被害は出るでしょうが、最小限にとどめることができるでしょう。一度凌げば、我々の目的は『達成』されます」


 トレヴィーが描いた戦場の構図が、そのままはまりつつある。工作はお手の物。おおよそ狙い通りの時間に通路を爆破し、退路を塞ぐ。そして孤立した戦場では、グルーザルドが圧倒的に優位に戦況を進めつつあった。

 だがそれを嘆くのは、ドライアン当人でもある。



続く

次回投稿は、1/26(木)15:00です。

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