開戦、その152~真冬の戦場㉔~
「あれぇ。今、誰か墜落しなかったぁ?」
「ええ、裏切りの疑いがあった団員を斬ったところよ」
「ふぅん・・・ところで、早く地上軍を誘導しないと。敵の布陣が妙だわ、気付いてる?」
「もちろん。下は罠まみれだと思うわ。おそらくは、攻め込むほどに不利になるはず。5番隊は何騎いける?」
カンパネラの声に応じるように、パルパルゥの背後から天馬騎士が羽音と共に湧いてきた。
「30騎ほどいけるわ。私たちの天馬は輸送用だから、頑丈だしねぇ」
「誘導と奇襲もいけるわね。飛竜は?」
「順次到着しているけど、ある程度数を揃えて出撃するまで半刻程度かな」
「それまで交代で監視が必要ね。頼める?」
「もちろぉん」
パルパルゥはいつものへらへらした様子で、ぽわぽわ頭を揺らしながら頷いた。いまいち捉えどころのない性格と態度だが、仕事はいつも正確だ。
カンパネラは一度仲間と天馬を休ませるために降下したが、その際に団員たちがそっと耳打ちをした。
「あの・・・副長は」
「大丈夫、伝わっているわ。彼女ならやり遂げるでしょう」
「でも、まさか」
「これは賭けでもあるわ。何もなければそれでよし。でももし私の懸念通りなら――天馬騎士そのものの存続に関わるかもしれない。そのためには、ミルセラには犠牲になってもらう」
カンパネラの苛烈な決意に、他の団員たちは思わず唾を飲み、誰も反論ができなかった。
一方そのころ、慎重に進んでいた地上軍は何も敵の抵抗がないことに拍子抜けしていた。
「何も・・・ないな」
「ああ。敵のいた気配はあるが、慌てて逃げ出したみたいだ」
そこかしこの民家は、今まで接収して過ごしていたのだろう生活の跡があった。食べ散らかされた食料の痕跡、室内に干したままの肌着、荒れているシーツなど。
中には寝床がまだ少し温かかったり、飲みかけのスープが置いてある家屋もあった。それらの家屋には食料や物資が分散して積まれていて、それだけで数日分の食料になりそうだった。
「おい、ここもだ」
「ある程度の家屋でまとまって生活していたのか? 結構な物資がそこらじゅうにあるな」
「これらを接収するだけでも結構な備蓄になるぞ。おい、回収しろ。生命線だぞ」
喉から手が出るほど欲しい物資が、そこら中に散乱している。その事実にローマンズランド軍だけではなく、傭兵たちも心が揺れ動いた。
彼らの食事は現在、1日2回。水を沸かす燃料すら不足しつつある中では、作られるものも限られてくる。中には食材に十分な火が通せず、下痢や嘔吐をする者が多発することもあった。配給に間に合わなければ、スープが冷えて凍ってしまうことすらあった。
その中で、物資が補充されるとなれば戦闘などそっちのけにする者が多くてもしょうがない。特にミュラーの鉄鋼兵は大柄で、健啖家がそもそも多いのだ。どれほど鍛えた兵士でも、飢餓では規律や士気も低下する。
もちろん、食料や物資の回収を禁じていたわけではない。それどころか回収を命令していたのは事実だったが、思いのほか物資が分散していたこと、そして規律や警戒が低下していることに指揮官たちが気付いたのは、第一層に下りてから半刻後のことだった。
「・・・これは、罠だが。罠だが!」
「ここまで食料が多く、分散、散乱しているとは。回収の手が足らない」
「おい、周辺を警戒する部隊まで食料の調達をしてどうする! 規律を守らせろ!」
「しかし隊長、敵の襲撃どころか、気配すらありませんぜ。この隙に調達しなくてどうするんです? ここで攻め切らない限り、我々は飢え死にしますよ? 俺たちはイェーガーが準備してくれていた食料や物資を正しく使っていた。湯水のように使って備蓄を減らしたのは、ローマンズランド陸軍の馬鹿どもだ。あいつらのせいで飢え死ぬなんて御免だね」
傭兵の言い分はもっともだった。それは誰しもが感じていたことで、それでも隊長格は不満を漏らすことなく耐えていた。他ならぬドードーがそうしていたし、カトライアたちは自ら身を張ってローマンズランド陸軍の不満を受け止めている。そして身銭を切って食料や物資を準備したイェーガー自体が、自ら食料や物資をローマンズランド陸軍に供給していた。
だからこそ、ミュラーの鉄鋼兵たちも耐えた。だがそのアルフィリースはしばらく前から姿が見当たらず、カトライアを始めとした部隊アフロディーテも、音信不通になるほど酷い目に遭っているらしい。
傭兵が規律を守れないのはわかる。それを軍人に窘められるのも、世の常だ。だが逆なのはどうか。国を守るために戦うべきは軍の方ではないのか。この状況を打開する手段を持たない兵士たちの不満は頂点に近かった。その際に起きたこの状況。隊長格の傭兵とて、止めるだけの説得力を持った言葉を発することはできなかった。
まさにその時のことだった。突如として、盛大な爆音が彼らの背後から聞こえたのは。
続く
次回投稿は、1/24(火)15:00です。