開戦、その150~真冬の戦場㉒~
「どうした。なぜ進軍を止める?」
「明らかな罠だからだ。何の準備もなく罠に飛び込む馬鹿がいるか」
レイフの言葉にちらりと周辺の様子を見た少将だったが、嘲笑するように口の端を歪めただけだった。
「構わん、そのまま前進しろ」
「貴様、俺たちに死ねというのか?」
当然レイフを始めとした鉄鋼兵の幹部がくってかかる。色めき立つ彼らには剣や武器に手をかけている者までいたが、少将の態度は平静のまま、彼らに凍てつく空気よりもさらに低い温度の視線を向けた。
「傭兵は死ぬのも仕事のうちだ。戦場を生業とする貴様らなら、わかっているな?」
「それはわかっているが、ただ死ぬのと礎になるのでは意味が違う!」
「心配するな、私も所詮雇われだ。突撃するのは私も同じだし、生き残るかどうかは常に運と実力だけが物をいう。立ちはだかる敵は斬り伏せ、飛び来る矢は叩き落とす。そうやって貴様たちは生き残って来たのではないのか。何を今さら軟弱なことを」
「ならば、物資はどうする」
冷静なゼホが質問し、少将はゼホに視線を移した。
「貴様はどうするべきだと思う?」
「罠だとしても、使えるなら回収すべきだ。少しでも回収できれば、それだけ生き延びる者が増える。ただし、回収した者が自分たちで使うべきだ」
「つまり?」
「物資が欲しくば、奥に行けということだ」
つまり、陸軍も物資が欲しければ前に行けと言っている。少将はそのことがわかったので、くっ、と顔を歪めて笑った。それは、これほど美しい女ができるのかと思えるほど歪んだ笑みだった。
「面白いことを言う奴だ。名前は?」
「4番隊隊長、ゼホだ」
「覚えておこう、ゼホ。その案を採用だ。つまり、三路あるからそれぞれの勢力で進んで、物資があれば分捕った者が手に入れる。ということでよいな?」
「そのとおりだ」
「採用しよう」
その言葉に、レイフたちが軒並みほっとしたのが見て取れた。緩和する空気を感じ取り、少将が皮肉を言った。
「私は陸軍の方につくが、異論はないな?」
「当然だ」
「ゼホに救われたな、貴様ら」
「何だと?」
「ゼホの提案があと少し遅れていたら、武器に手をかけた誰かの首を飛ばしていた」
その言葉で踵を返すと同時に、武器に手をかけていた隊長格の武器の柄に少しずつ傷が入った。
ぎょっとする隊長格たちを尻目に、少将はさっさと行ってしまった。
「あれが、軍団? 何をしたのか、まったくわからなかった・・・」
「戦争に慣れていることと、腕前が上であることは別だが・・・それにしても、何者だ」
「少将の上に、中将、大将がいるんだろ? 信じられねぇ」
「元帥がいる」
レイフが付け加えた。その言葉に、はっとする一同。
「昔一度だけ見たことがある。奴らの頂点は元帥だ。辺境の王種すら無傷で仕留めるような、超常の猛者だ」
「王種を――それは、人間なのか?」
「知らんよ。勇者ゼムスと2人で狩りをしていたのだから、詳細は誰も知らん。ただ長らく――そう、数十年は未達成だった依頼を片付け、ゼムスの勇者としての名声を決定的にした依頼だったと聞いている。その配下があの女だということだけは確かだ」
「どこにあれだけの腕利きがいるんだ? 大陸広しといえど、あれほどとなると――」
「あんな女のことはどうでもいいぞ、兄者たち。それよりやることを考えろ」
ゼホの一声で再度我に返る鉄鋼兵。ゼホが顎で行き先を示した。
「視界の悪い隘路で物資の回収と、進軍を同時に行うんだ。鉄鋼兵の面目躍如じゃないか」
「テメェに言われなくてもわかってる! 行くぞ、準備をしろ!」
鉄鋼兵の戦い方は、堅守防衛からの反撃。敵の攻撃は戦意が挫けるまで受けきり、その後じっくりと反撃する。相手が降参すれば、それ以上のことはしない。
大柄な戦士が多く、またローマンズランドとの繋がりあるおかげで良質の鉄鉱石を潤沢に使うことができ、ドワーフとのつながりも濃いおかげで頑強な鎧が作れることが彼らの戦力を支えていた。
だからアルネリアとの関係が薄くとも、戦場を生業の中心としながら彼らには戦死者が極端に少なく、団も大きい。ただ彼らをして、未経験なこともある。そのことを意識できている隊長は、この時点でほとんどいなかった。
「2層の防御隊形で進軍、物資の運び出しと通路の確保を優先する。急げよ」
「センサーはイェーガーから回してもらえ。あいつらの方が質がいいし、イェーガーとは連携をしながら進む」
「フリーデリンデ天馬騎士団からの報告はまだか」
ざわつきながらも動き始めた鉄鋼兵の上空に、フリーデリンデ天馬騎士団の4番隊が旋回していた。天馬の羽は寒冷の影響を飛竜程受けないが、それでも影響はあるし、何よりこの寒さは人間の方がこたえる。
ロックハイヤーの極寒期にはそもそも彼らはほとんどを家の中で過ごすし、いくら彼女たちでもこの気候で長時間活動することは困難を極めた。
そして、天馬を運用するにはある程度開けた場所が必要だ。二の門前の台地を占拠できたことは大きいが、三の門の前からの高低差を一気に駆け降りるのは無理がある。現に、隊長格のカンパネラ以外には、副隊長のミルセラを含めて5名ほどしか上空には旋回していない。
そのカンパネラだけがじっと合従軍の陣形を空から見つめていた。速度に優れる4番隊は、自然偵察任務が多くなる。今まで活躍の機会が限定されていたが、ここにきてようやくの出番なのだ。当然張り切っているだろうが、その様子がいつもと少し違うことに副隊長のミルセラが気付いた。
続く
次回投稿は、1/20(金)16:00です。