開戦、その148~真冬の戦場⑳~
「で、実際どうなのです? 平野に引き込んだところで、グルーザルドの兵士は戦えるのですか?」
「寒さで動けない連中は多かろうが、戦えないというほどではない。ただ、本来の動きはできぬだろうな」
「我々の兵器は拠点防衛には向きませんが、罠を含めた戦い方の妙はある程度知っているつもりです。今から全力でそれらを準備しますが、どのくらい持ちこたえられるかはグルーザルドの兵士の奮闘次第とお思いください」
「・・・敵が本当の馬鹿でなければ、ミュラーの鉄鋼兵を前面に出してくるだろう。あるいは、イェーガーの獣人部隊をな。それで戦意喪失せぬかどうか、それが問題だ」
「問題はまだあるぞ」
マサンドラスが話し合いに加わる。そして誰にも聞かれぬように、自らの陣営のセンサーに結界を敷かせた。
「ローマンズランドの飛竜は極端な寒冷の中では飛べぬのだ。だが、短期間なら、あるいは歩いて第二層まで連れてくれば飛ぶこともできるだろう。鍛えられた正規の竜騎士以上の軍団が100もいれば、合従軍は蹴散らされる可能性がある」
「なるほど、我々にはイェーガーの弓矢はありませんからね。あの反則みたいな性能の弓矢がなければ、飛竜が一度飛び立てば抵抗する手段を失いますか」
「アルネリアに攻撃魔術がないわけではないのだろうが、軍で運用するのは現実的ではないのだろうか。そのあたりもエルザ殿に聞いてみる必要がありそうだな」
ドライアンですら緊張した面持ちで、彼らは本陣の天幕を出て戦うための準備に奔走する。その半日後、ローマンズランドが動き出したとの報告が本陣に成された。
だがトレヴィーやマサンドラスの指示もあり、またアルフィリースが階段時代を通りにくく様々な加工を施したこと。そしてシルメラは砦を破壊したが、それまでの奪還戦ではある程度原形をとどめる砦もあったことから、それらを封鎖して障害物として合従軍は活用したため、ローマンズランドの進軍は遅々として進まなかった。
トレヴィーの胸算用では、7日はかかるはず。そう思っていたのだが――
「まずいです、進軍が早い」
「どのくらいで到達する?」
「今の速度なら、3日もかかりませんね。奴ら、夜を徹して進軍しています」
「本気ということか」
ドライアンがますます困惑し、緊張した表情となる。既にアルフィリースとの連絡がとれなくなって久しい。一体何が起こっているのか、ドライアンにも把握する術はない。
マサンドラスの表情にも余裕はないが、将兵の前では笑顔の好々爺で通している。彼らを緊張させないためだが、トレヴィーとドライアンの前では取り繕ったりはしない。
「遅滞戦や防衛戦にはある程度自身もあるが、3日では準備も半減じゃの。しかしこの極寒をその速度で進軍してくるとなれば、相当に急かされておるのだろう。ことによると、人質でも取られたかな」
「アルフィリースがか?」
「あるいは、ミュラーの鉄鋼兵やフリーデリンデ天馬騎士団も同様か、だな」
マサンドラスの推測にドライアンは言葉を失くすが、トレヴィーは逆に呆れたようだ。
「ふん、アルフィリースが単に人質になるとは思えませんな。今頃あくどいことを考えて、逆転の手を練っているに決まっています。彼女がローマンズランドの言いなりになるとは思えない」
「やたらに信じているな?」
「悪辣さを味わいもしましたが、大陸平和会議でもスウェンドル王やシェーンセレノと渡り合っていたと聞きましたよ? それがどうして、ローマンズランド陸軍如きの言いなりになりましょうや。我々は最悪、アルフィリースが何もできないということを考えつつも、彼女がことを起こすまで犠牲を減らす戦い方を練ることが重要なのです」
「具体的にはどうする?」
「こうしましょう。我々の強みは、アルネリアが用意した潤沢な物資があることです。ならば――」
トレヴィーの頭は驚くほど冷静に回転していた。かつてアルフィリースと戦い、城攻め屋としての兵器を鹵獲され、その技術を発展応用された時の絶望感を考えれば、彼にとってこのような状況は取るに足らない。
トレヴィーの指示に納得したマサンドラスとドライアンは、即座に彼の意図を汲み取った陣の展開にしていくのだった。
***
「おい、ゼホ。どうなっている?」
ゼホに声をかけたのは、ミュラーの鉄鋼兵の兄貴たち。それぞれ異母兄弟だが、彼らは本当の兄妹と同じく育てられ、そこに差別や偏見はない。ただ母親の種族によって姿形は様々だが、本気で殴り合い、高め合い、戦場で協力して敵を倒してきた、血のつながり以上に濃い絆を持つ兄弟たちだ。
もちろんドードーというカリスマ的存在あってのことだが、ミュラーの鉄鋼兵に妙な諍いがなく、大陸最大最強の傭兵団と言われる要因はこの絆だと誰もが思っている。
彼らは皆、歴戦の傭兵。傭兵としての等級はさほど高くない者もいるが、それは彼らがギルドを介さない戦争の依頼を受けることが多いからで、実力からすればA級以上、中には勇者認定を受けてもおかしくないほどの実力者もいる。ゼホとて、ミュラーの鉄鋼兵の中では上位10傑にも入らないだろうと、自覚しているほどの強者たち。
その兄貴たちの動きが、一斉に止まった。彼らは鬼の形相で二の門まで降りてきたが、目の前の光景に足を止めざるを得なかった。そして、先鋒を務める全体の二番目の兄となるレイフがゼホを呼び出したのだ。
すでに中年に差し掛かろうとするレイフだが、北方の貴族の母親の血を継ぐとあって、その壮健さには一切の翳りがない。かつては冒険者としてもA級上位で名を馳せた、大剣使い。大盾すら一撃で粉砕する恐れ知らずの剛剣使いが、全体に止まるように指示していた。
続く
次回投稿は、1/16(月)16:00です。