開戦、その146~真冬の戦場⑲~
「少将――軍団の一員でよいのだな?」
「そうだが」
気温がさらに冷えるような少将の視線に、ゼホは厄介な女だなと眉を顰めるのを躊躇わなかった。
「攻め寄せて勝てるだけの策があるのか?」
「無論、戦力次第ではある。まさか、勝てないと思っているのか?」
「普通だったら、10人いて9人が無謀だと言うだろう。二の門付近は崩壊して拠点となるようなものが長距離に渡ってなく、足元は不安定で滑り退却は難しく、敵兵の数は相手の方が倍以上。士気も練度もこちらが低いと来た。それでどうやって勝てと?」
「守るだけでは絶望が広がるのも事実だ。退路も物資もない拠点防衛戦は、悲惨なことになる」
「それがわかっているなら、陸軍の暴挙を止めろ!」
ゼホが詰め寄ったが、少将は表情を崩さない。
「悪いが、私もそちらと同じ傭兵でな。陸軍がどう振る舞おうが、私にどうこうする権利はないよ」
「宮殿内に部屋を構えていると聞いたぞ? ローマンズランド上層部と繋がりがあるんじゃないのか?」
「特別待遇は受けているが、勘繰り過ぎだ。基本、軍を動かすのは王と一部の側近だけだ。アンネクローゼ殿下ですら、権限は無きに等しい」
「その殿下は? それに少し前からアルフィリースの姿も見えない。お前なら、何か知っているんじゃないのか?」
「2人とも、宮殿で軟禁中だ。勝手に軍を動かした罪でな」
「何ぃ!?」
ゼホが激昂し、さすがに少将も少し気まずそうな表情となる。
「私とて、スウェンドル王とその側近が何を考えているのかは知らぬ。だが、アルフィリースとアンネクローゼ殿下では防衛戦はできても、それ以上のことはできないと判断されたのだろう」
「更迭だと言いたいのか? だが、他の者に相談すらないとは!」
「所詮我々は傭兵だ。ローマンズランドのごとき独裁国家に、何を求めると言うのか。それに、『口減らし』は必要だろう。せいぜい自分がそうならないように、お前たちは心を砕け。私から言えることはそのくらいだ」
言わせるな、とでも言うように少将はゼホを邪魔臭そうに押しのけた。親切なのかそうでもないのか、不安になる女指揮官だった。
ゼホがしばし呆然としていると、心配そうな表情でサティラが話しかけてきた。
「ゼホ兄さん、この戦いはどうなるの?」
「どうもこうも、絶望的な戦場であることは最初からわかっていたことだ。親父と兄貴たちにも相談だな。それ次第では――」
「次第では?」
サティラの言葉にゼホは答えなかったが、一層険しくなった表情を見て、不穏なことを考えていることはわかった。元々ミュラーの鉄鋼兵の間でも、もし依頼の正当性がたもたれないことがわかったら、離脱してよしと明言されている。
この戦いでは離脱はできないが、召集は拒否できると思われた。短期間ならば、実は糧食や物資はどうとでもなるほどの蓄えを密かにしているのだ。これにはアルフィリースが手を回してくれていた。
ひょっとしたら、それ以上の反乱もするのか。どこに軍の目や耳があるのかわからない状況ではサティラも口にはしなかったが、ゼホの表情はそう物語っているように見えすらした。
だがそこでひょいと少将が再度顔をのぞかせたのだ。その行動にびくりとする2人。
「ああ、そうだ。もしお前たちが渋るようなら、これを見せろとヴォッフ殿に言われていてな」
「なんだ?」
少将が懐から取り出したのは、女物の髪飾りや櫛、それに耳飾りなどの装飾品8対だった。よく見れば、血がついているのもあるではないか。
それを見てゼホが憤怒の形相になった。
「貴様! それが何かわかっているのか!?」
「――ああ、今わかったよ。どうやらお前たちにはかなり有効なようだな? では働きを期待するとしようか。ちなみに、これが全てではないそうだ。私が預かったものがこれだけというだけでな」
笑いながら去っていく少将と、握りしめたゼホの拳を見て、サティラははっとした。
「ゼホ兄さん、今のは――」
「・・・俺たちの兄妹の母親たちの装飾品だ! 奴ら、人質に取りやがった!」
「そんな、皆身を隠しているはずなのに――」
「俺の母親の分はあった! お前の母親の分はなかったが――下衆野郎どもが!」
怒りのまま、ゼホは力づくでその場のテーブルを拳で粉々に破壊していた。この報告がミュラーの鉄鋼兵の間に広まると、傭兵団の雰囲気は一変した。そしてそれを見計らったかのように、少将から出撃命令が下る。
鉄鋼兵たちは怒りの咆哮を上げながら、戦う羽目になったのだった。
続く
次回投稿は、1/12(木)16:00です。