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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その145~真冬の戦場⑱~

「使者殿、さすがに俺の一存で受けるわけにはいかん。他の傭兵団や、軍部とも話し合わねばな」

「もちろんでしょう。当方としては、とりあえず最前線にいる指揮官と、停戦の合意だけでも取れればと思っています」

「それが俺だと?」

「ローマンズランド陸軍ではこうは参りますまい」


 ローマンズランドは侮られているな、とゼホは思った。あるいは、既に事情がばれているのか。前線に軍部の指揮官がいないのではそれもやむなしと思うが、よく考えれば軍の指揮官もいないのに、忠実に奴らの命令を聞く必要はないかとも思う。

 とはいえ、事情をつまびらかにするわけにもいかない。ゼホは使者であるウデリを待たせ、一度後ろに引っ込んだ。既に心は決まっているが、一応相談をする体裁を整えるためだ。

 そこに、12番隊の隊長に昇格したサティラが来ていた。


「サティラ? 交代にしては早いな」

「ゼホ兄さん、それが――」


 サティラが事情を説明する前に、巨人の副官であるウーナの後方から予想外の小男が姿を現した。


「私がサティラ殿に案内を頼んだのですよ」

「う、ヴォッフ殿か」


 内務大臣であるヴォッフが自ら前線に赴いたのだ。そして、その傍には怜悧な印象を与える女軍人を連れて。

 ゼホは思わず感情が出たが、その表情をヴォッフは鋭く見咎めた。


「よくもちこたえているようですが、私が来てはまずかったですかな?」

「いや、内務大臣殿が直に最前線に来たのが予想外だっただけだ。他意はない」

「そうですか、まぁよいでしょう。時に合従軍からの使者がいらっしゃっているようですが」

「(ち、耳ざといな)」


 ゼホは舌打ちをしたい気持ちにかられたが、事情を説明した。するとヴォッフは迷いなく使者の元に向かった。

 ウデリはヴォッフのことを知らないのか、ヴォッフが入ってきても反応が鈍く、ただその身に纏った身分卑しからぬ恰好から思わず立ち上がった。


「ゼホ殿、この方は――」

「ああ、この方は――」

「なるほど、アルネリアの関係者ではなさそうだ。ならば、いなくても構わぬか」


 ヴォッフが腰に佩いた剣を目にも止まらぬ速さで抜き放ち、何の前触れもなくウデリの首を落とした。サティラは小さな悲鳴を上げ、ゼホは呆然とし、使者であるウデリはわけもわからぬ表情のまま首が宙を舞った。

 首が床に落ちる音でゼホは我に返ると、ヴォッフを問い詰めた。


「ヴォッフ殿、正気か? 使者の首を刎ねるなど、あんたは何の権限があって――」

「内務大臣兼、ローマンズランド陸軍総司令官。それが今の私の身分ですよ、ゼホ殿」


 ヴォッフの剣を収める姿があまりに手際がよく、ゼホは前に出ることができなかった。もし力づくで止めようとすれば、ただでは済まされないような気配すら漂っていた。いや、それ以前にわかっていても反応できたかどうか。そのくらいの剣の鋭さがヴォッフにあることに、ゼホは驚いていた。


「ドードー殿はスウェンドル王を含むローマンズランド王家との関わりであなた方を雇いましたが、直接の雇い主は私だ。ご存じか」

「・・・ああ、たしかに契約書のサインはそうなっていた」

「結構。では雇い主としてあなた方に命じます。この『少将』を指揮官として、合従軍に攻め入っていただきましょう。そこのサティラ殿以外にも、心配ならば後ろに控えている部隊も呼び寄せるといいでしょう」

「よろしく、ゼホ殿」


 ヴォッフの命令と共に、怜悧な女軍人が口の端を小さく吊り上げながらゼホに握手を求めた。『軍団』に指揮官の女がいるとは聞いてたが、それがこの女かとゼホは初めて見た。ゼホは求められるままに握手に応じたが、はっとして反論した。


「待て、攻め込むだと!? なぜだ、防衛していれば圧倒的にこちらが有利で――」

「アルフィリース殿が築いた砦も9割がたを失いました。三の門まで迫られておきながら、どこが有利だと?」

「それは――だが残った砦は堅固だ」

「春まではね。雪解けと共に、氷で築いた城はその防衛力を失い陥落する。今しかないのですよ、ゼホ殿」


 ヴォッフの言うことは戦術上、もっともだった。だがゼホもここで引くわけにはいかない。


「この季節では、攻めることはできても退くことは難い。我々に死ねと言うのか」

「そうならぬための少将です。それにグルーザルドの獣人たちとて条件は同じどころか、彼らの方が寒冷には弱い。南方で過ごす彼らが、まともに寒さの中で動けるとでも? どのみち三の門を突破されれば、ローマンズランドもあなたがた傭兵団も同じ運命を辿るのです。我々はもはや一蓮托生、同じ穴倉に住む生物集団コロニーのようなものです。付き合っていただきますよ、嫌でもね」

「それでも私は反対です! ミュラーの鉄鋼兵は守備に特化した集団。攻め込んでもその能力は半減、やるならローマンズランドの陸軍と飛竜騎士団だけでやるがよろしかろう!」


 サティラが毅然と言い放った。その言葉に振り返ったヴォッフの視線がまるで無感情な捕食者のようで、思わずサティラはうっ、と小さく悲鳴を漏らした。


「・・・そういえば、フリーデリンデ天馬騎士団と、イェーガーの一部にご助力いただいている、『補助』の女性の数が足らないのでしたね。戦わないと言うのなら、そちらで協力いただいてもいいのですよ?」

「貴様、我らの隊長を侮辱するか!」


 ウーナがぬっと伸ばした手を、力づくで捻じ曲げ抑え込むヴォッフ。その膂力に、ウーナが悲鳴を上げた。


「ぎゃああ!」

「たしかに、この体たらくでは使い物なりそうにありませんね。悲鳴も姦しいですし、こらえしょうもない・・・7日もあれば壊れてしまいそうだ」

「やめさなさい! いいでしょう、出撃します。ですが、それには勝てるだけの見込みがある戦術を授けてもらわねば、どうにもなりませんよ?」


 サティラの悲痛な同意に、ヴォッフがぱっと手を放す。ウーナはひねられた際に筋を痛めたようだ。


「ふふ、いいでしょう。少将、陸軍からも精兵を出します。2個大隊を預けますので、上手く使ってください」

「心得た」

「いやぁ、話がまとまってよかったよかった。では、私はこれで一度引き上げますので。あぁ、一番上の砦にはしばらく滞在する予定ですので、援軍が必要なら送りますよ?」


 その時のヴォッフのねばりつくような笑顔に、ゼホですら言いようのない恐怖を覚えた。

 ヴォッフがいなくなった後、少将に尋ねる。



続く

遅れた分の投稿です。次回は1/10(火)16:00です。

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