開戦、その144~真冬の戦場⑰~
「ワシもつい、若気の至りが出ちまった。たしかにあの女の言う通り、勝つだけならこのまま傍観して相手の自滅を見守るのが一番こちらの被害が少ないだろうさ。だが相手の陣営にいる傭兵団は、この大陸の中核となっている傭兵団だ。あれを全て見捨てるとなると、今後軍と傭兵たちとの間に、修復不可能な亀裂が走る。それを取り戻すのは、十年やそこらではできやしまい。ただ、そのために命を懸けてくれる兵士の連中がいるかどうか。それが問題だ。それに――」
「あの女、嫌な女だった。シルメラとかいう自分の仲間が奈落の谷に落ちたというのに、顔色一つ変えず『消耗』、と言ってのけた。仲間ですらそのように扱うのだ。あんな女が指揮権をもっていれば、何が起こるかは明白。退場願いたいのは山々だが、アルネリアに迷惑はかからぬかな?」
ドライアンがちらりとエルザを見たが、エルザはため息とともに首を振った。
「どうなるかはわかりませんが、指揮官などは責任を取るためにいるようなものです。私としても、イェーガーやミュラーの鉄鋼兵、フリーデリンデ天馬騎士団、加えてローマンズランドの一般人のことが心配なのですよ。勝つだけならイークェスの言い分が正しいのはわかりますが、今は大戦期ではない。勝ち方、勝った後に求めるものが違います」
「総大将代理の同意が得られて何よりだ。で、どうするかだが、妙案がある者がいるかね?」
ドライアンの促しに、誰もが黙った。そもそも、シェーンセレノが人形の兵士を使った無理押しでさえ一進一退だったのだ。怯えもあれば練度も低く、その7割がたを失った合従軍では、もうこれ以上戦う意味は見いだせない。
そもそも、真冬では平地以外の魔物の討伐さえ滅多に行われないのだ。寒冷期に軍を動かす難しさは、軍を率いる指揮官なら誰でも知っている。ましてそれがローマンズランドともなれば、なおさらだ。
そして誰もが発言できない時、発言するのは最近ではこの男だった。
「白旗でも上げますかな」
城攻め屋の団長代理、トレヴィーが軽妙に告げた。沈黙を破るその一言に誰もがぎょっとし、視線が一斉に集まる。
トレヴィーは決まりが悪そうに、首を竦めた。
「な、なんですか。私は妥当な落としどころとして提案しただけでしてね」
「それはいい。そうするとしましょうか」
手を振って否定しようとするトレヴィーをよそに、マサンドラスは敗北宣言を肯定し、ドライアンは重々しく頷いていた。
***
「白旗だと?」
ミュラーの鉄鋼兵の四番隊隊長、ゼホは副隊長ザックスからの報告を聞いて唸った。最前線には交代で兵士を出しており、今はゼホと四番部隊の順番だった。先の戦いで砦が爆散したと聞いていたので激戦を予想して緊張感をもって出撃したのだが、ここ2日静かなので拍子抜けしているところだった。
あと一日で交代というところで、厄介な案件が来たとゼホは露骨に嫌な顔をする。
「相手はどんなやつだ?」
「それが、文官が一人です。スラージ国の記録官であるウデリと名乗っていますが」
「スラージ国は知っているが、知らない文官だな」
「追い返しますか?」
「白旗を上げている使者を突き返すわけにもいくまい。会おう」
「ローマンズランド側の軍部には」
「奴らは自ら怯えて後方の砦に籠ったのだ。律儀に知らせてやるのも手間だ。まずは俺が検分する」
ゼホは丁重に使者をもてなす態度をとったが、仕掛け砦の構造を見られるわけにもいかない。門をくぐったところで天幕を設け、そこで使者をもてなすことにした。
「すまぬな、使者殿。仕掛け砦の内容を見られるわけにはいかないので、ここで応対させていただく」
「いえ、戦時中なれば話を聞いていただけるだけでも十分にございます。して、貴殿は」
「ミュラーの鉄鋼兵、4番隊隊長のゼホだ。今この前線の責任者でもある」
「ローマンズランド軍部の方はおられませんので?」
「まずは俺だ。不服か?」
まさか怯えて後方に引っ込んだとも言えず、ゼホは苦い表情を作ってみせる。使者も聡いようで、ゼホの表情でおおよその事情を察したようだ。
「それではまずはゼホ殿に、休戦の意図を伝えたく存じます」
「休戦――和睦ではなくてか」
「はい」
使者が説明するには、これはアルネリアにとっては『聖戦』。ローマンズランドの背後に巣食う何者かを排除するまで、止められないとのこと。
最終的にはスウェンドル王との交渉になるだろうが、合従軍側も大きな痛手があり、そしてローマンズランド側もそろそろ食料や物資が尽きるのではないかと、合従軍側は想定しているとのことだった。
春になれば再度交渉。それまでの休戦と、合従軍側は一度スカイガーデン第一層まで退去。そしてローマンズランド側へは、食料や物資の提供の用意があるとのことだった。使者の態度は理路整然としており、不審な点は一つも見当たらず、目端もききそうだ。事情を知るゼホとしては、飛びついてでも受けたい条件である。
だが――
続く
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