魔剣士、その1~占領地~
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「リサの様子は?」
「落ち着いているけど熱がひどい。今まで無理してたんだろね」
心配そうに見つめるアルフィリースに、ミランダが答える。リサはいつのまにか高熱を出していた。その事に気がつかなかったアルフィリースは、自分のいたらなさを悔いる。
「まあ変な病気ではないと思うの。とりあえずは安静が一番ね」
ユーティがリサにつきっきりで看病しており、彼女なりの見解を述べる。その間にエアリアルとエメラルドは、周囲の様子を見に行っているのだ。他のメンバーはやることも無く、リサの様子を心配そうに見守っている。
「ユーティ、貴方の魔術でぱっぱと治せないの?」
「無茶言わないでよ。そんなに回復魔術なんて便利なものじゃないんだから」
「毒なら水や闇の回復魔術で何とかなりますが、リサさんの場合は過労によるところが大きいですから、やはり安静が一番かと」
ラーナがリサの頭を撫でながら答える。その言葉に全員が項垂れている。
「リサにとっては初めての旅なんだし、私がもっと気を遣っていれば・・・」
「余計な気づかいは・・・無用ですよ、デカ女・・・」
リサが息も絶え絶えに苦しそうな声を発する。
「デカ女に同情されたくは・・・ありませんから」
「こんな時までそんなことを・・・」
「リサなりの見栄なんだよ、きっと」
リサの言葉を聞いて、そっとミランダがアルフィリースに耳打ちをした。実際にリサがこの旅で無理をかなりしている。目の見えないリサは常にセンサーを張っていなければアルフィリース達と同様に行動はできず、その疲労度はアルフィリース達よりも大きい。なので本来ならばもっと他の場面で負担を減らしてもらえればいいのだが、リサは戦闘であまり役に立たないという負い目なのか、はたまた生来の負けん気の強さなのか、リサは決して自分からは弱音を吐かない性格だった。
だが鍛えてあるアルフィリースやミランダに比べ、どうしてもリサは体力的に劣る。そのため今回、ついに限界を迎えたというわけだった。
そんな折、エアリアルとエメラルドが帰ってくる。
「エアリー、どうだった?」
「エメラルドが見つけたんだが、近くに村が一つ。せいぜい1000人もいないような小さな村だ。だが、中の様子まではわからない。動く人間が見当たらなかった」
「昼なのに?」
「ああ。何かあるのかもな」
その言葉にアルフィリースは考え込むが、エメラルドがその裾をくいくいと引き、空を指さす。見れば、雲行きが怪しく、今にも雨が降りそうな天気となって来ていた。
「リサを雨の中に放置するわけにもいかないし、四の五の言っていられないわね。エアリー、ミランダは私と共に先行して村の安全を確認するわ。他のメンバーは後からゆっくり付いて来て、村の手前で待機。こちらからの連絡を待つこと」
「ダロンは連れて行かなくていいのかい?」
「ダロンを連れて行って大騒ぎになったら、まとまる話もまとまらないわ。リサの護衛に残しましょう」
すかさず言い放つアルフィリースに一同が納得し、すぐさま行動に移る。なんだかんだで少しずつ集団の長らしい判断ができるようになってきているのじゃないかと、ミランダは不思議な感覚でアルフィリースを見つめていた。
そして先行するアルフィリース、ミランダ、エアリアルの3人。彼女達が村に入ると、なるほど外には誰もいない。
「静かだね」
「だが、人がいないわけではないな」
「そうね、気配はあるものね。各自油断しないで」
アルフィリースの言葉に、3人が警戒を強めながら村の中を進んで行く。
「こういう時、リサの存在が本当にありがたいわ」
「ああ、少なくとも不意打ちは喰らわないからね」
「・・・声が聞こえる」
エアリアルがいち早く気づき、馬を止めた。すると、最初はおぼろげだった声が徐々に明確に意味をなしてくる。
「女の声?」
「なんか叫んでるな」
「シッ!」
エアリアルが2人に黙るように促すと同時に、家の陰から裸の女二人が飛び出してきた。
「助けてぇ!」
「いやああ!」
「な、何?」
アルフィリースが驚いたのもつかの間、ここの村人らしき素朴な顔立ちの女性達の背後から、男達が何人か顔をのぞかせる。
「はいはい、追いかけっこはおちまいでしゅよ~」
「気持ち悪いからやめろ、お前」
「やめとけって、そいつは無理矢理が好きなんだからよ」
「まあたまにはこういうのも悪かねぇ。そろそろ普通のにも飽きたしよ」
「よく言うぜ、てめぇのどこが普通なんだ。後ろの穴にしか興味がない癖によ」
へへへ、と下卑た会話と笑いをしながら、男達が数人顔をにやつかせている。女達はよたよたとした足取りで走ってきているが、疲労からか足元がおぼつかない。そして道に立つアルフィリース達の姿を認めると、最初は体を震わせたものの、彼女達が女だとわかると少し安堵したように助けを求める。
「た、助けてください!」
「その前に事情を聞かせてくれるかしら?」
「そんなの見ればわかるでしょう!?」
少し苛立ったように女の一人がアルフィリースに喰ってかかるが、アルフィリースは相手にしない。
「さあ? 私達は今初めてこの村に来たんだから、事情が全く分からないの。普通に考えれば貴方達が追われていると思うけど、これが罠でないという証拠も無い。もしかするとあなた達が悪いのかもしれない。事情がわかれば助けないでもないけども、何もわからないまま助けるほどお人好しでもないわ、私はね」
「う、うう」
「あの男達は傭兵です」
アルフィリースの冷静な言葉に一人はしりごんだが、もう一人はより必死になった。
「彼らは駐留場所としてこの村を選んだのですが、素行が悪くて。私達は彼らの慰み者に毎日毎日・・・」
「それに食料も勝手に食べ放題なんです。彼らはこの冬の蓄えまで全部食べるつもりなんです」
「証拠は?」
アルフィリースがさらに冷静に言い放つ。その言葉に女達も今度は怯まず、まっすぐに建物を指さした。
「あの建物に彼らの首領がいます。話しを聞けばわかるでしょうし、食料の貯蔵庫は既に空に近いです。それを見ればわかるかと」
「なるほど。念のため後で確認させてもらうわよ? まずはあの男達を追い払いましょうか」
アルフィリースが女達をかばうように前にでる。その様子を見ても、男達の顔つきは変わらない。
「おい、獲物が増えたぜ」
「だな。今晩は宴会だな、こりゃあ」
「毎日そうだろうが」
「ちげぇねぇ!」
グハハハ、と男達が下品な声を上げる。それでアルフィリースは確信した。女達の話に間違いはないだろうと。
「あなた達、大人しく下がるならよし。下がらないなら・・・」
「ねーちゃんよ、どうするんだい?」
男達の声に、アルフィリースが腰につけていた鞭でぴしゃりと地面を打つ。
「痛い目を見るわよ?」
「へえ・・・」
男達はアルフィリースが鞭で地面を打った動作を見て、何かを感じたようだった。先ほどまでの下卑た笑いは既になく、全員が異常な興奮から覚めた表情でアルフィリース達を見ている。
「なるほど、言うだけの事はありそうだ。6人でも丸腰じゃちょいと不利だな」
「わかったなら下がってくれる? 無駄に傷つけたくはないの」
「お優しいこって。だが、俺達をあんまりなめるんじゃねぇぞ?」
先頭の男が唾を吐き、指笛を鳴らす。すると、そこかしこの建物からぞろぞろと男達が出てくるではないか。
「これは・・・」
「10、20・・・50は軽くいるね」
「数は問題ではないが、それよりも囲まれている。これは不利だぞ、アルフィ」
3人がそれぞれ背中合わせに円陣を組み、村人の女二人は抱き合うようにその場にへたり込んだ。だがアルフィリース達も、既に彼女達に気を遣う余裕もない。
姿を現した男達はそれぞれが手に武器を持っていた。表情も油断なく、どうやら全員がそれなり以上に腕の立つ傭兵であることがわかる。それが軽く50人以上。この様子ではまだまだいるのだろう。
「迂闊だったわ。小さいとはいえ村を占拠するんだから、それなりの人数がいる事を想定しておくべきだった」
「とりあえず一点突破だ。囲まれたままじゃいくらなんでも不利すぎる」
「我がシルフィードと共に血路を開く。その後に続いてくれ」
「「わかったわ」」
「行くぞ!」
続く
次回投稿は6/26(日)19:00です。