開戦、その143~真冬の戦場⑯~
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「ここまでやっておいて、攻め上がらないとはどういうことだ!」
合従軍の天幕に、珍しくドライアンの怒号が炸裂した。思わぬ大音量に、アルネリア関係者を含む諸侯が耳を塞ぐ。
イークェスもきんきんと鳴る耳を押さえ、顔をしかめながら仁王立ちするドライアンに説明した。
「ですから、シルメラが生死不明となり、ローマンズランド側に我々を同時に相手取って戦えるほどの腕利きがいるとわかった以上、無理押しはできなくなったと、そういうことです。あの我攻めはシルメラの能力ありきのこと。いかに魔晶石で装備を固めた神殿騎士が複数いようとも、この足場では攻め登ることは不可能ですわ」
「ならば、結果として相手を追い詰めただけではないか!」
「そうなりますが、それのどこが悪いのです? こちらの消耗はシルメラのみ。それで小規模とはいえ砦を40以上落とし、この長い坂の9割がたを占拠しました。まるで相手を思いやるような怒り方ですが、誰か気にかかる相手でも?」
「戦では勝ちすぎれば恨みが残る。この状況、この閉鎖空間と負け戦で、スカイガーデンの第三層で何が起きると思う?」
ドライアンの言葉に諸侯は押し黙る。誰もが悲惨な戦いを経験しているわけではないが、
軍議に出席する立場ともなれば、悲惨な戦いのことくらい全員が伝え聞いている。
だがイークェスはくすりと笑った。
「何を甘いことを。敵が自滅するならそれでよし。そもそも、相手から仕掛けた戦。自業自得もよいところでは」
「貴様、それでも元人間か!」
「元人間で、元アルネリアのシスターだからこそですわ。大戦期、もっと悲惨な戦をいくつも経験していますの。こんなもの、当時にすれば序の口ですわ、獣人の坊や?」
イークェスが煽ったが、ドライアンは顔を真っ赤にしつつも、一つ深呼吸をして自らを諫めた。それに安堵したのは他の諸侯。ここでドライアンが暴れようものなら、巻き添えは必至である。
それに反して、冷静に手を挙げる者がいた。老将マサンドラスだ。彼は表情一つ変えることなく、イークェスに質問した。
「発言をよろしいかな?」
「もちろんですわ」
「イークェス殿、と言いましたかな。あなたはこの先の戦の帰結をどのようにお考えで」
「ローマンズランドが滅ぶのは必然、と考えていますわ。かの国はカラミティという化け物に占拠されている国。誰が正常で誰が狂っているかももはや判別つかず。ならばこのまま滅びてしまえば、それが一番でしょうとも、ええ」
「それはあなたがそうお考えになっている? それとも大魔王ブラド=ツェペリン公が?」
「私はブラド=ツェペリン公より増援の権利を一任されて出向いています。私の行いはままブラド公の考えと受け取っていただいて結構ですわ」
「なるほど」
マサンドラスはちらりとエルザの方を見た。そのエルザは押し黙ったまま、会議の成り行きをまだ見守っていたが、そちらにも水を向けた。
「この場にはいらっしゃらないが、合従軍の責任者だったアノルン大司教殿、あるいはアルネリア側も同じ意見ですかな?」
「・・・確認のしようがないが、彼女たちが公式の増援であることだけはたしかです」
「なるほど、ではアノルン大司教の意見とは違う可能性もある、と」
「こればかりは後で確認してみないと何とも言えません」
決まりが悪そうなエルザを見て、マサンドラスがもう一度イークェスの方を見た。ただ今度は、イークェスですら思わず仰け反るほどの気迫がその視線にこもっていた。
「じゃあテメェが勝手に解釈してやったってことでいいんだな?」
「な、何を急に」
「おう、人間様の戦に人間を辞めた化生ごときがしゃしゃり出るんじゃねぇぞ。大魔王の眷属だかなんだか知らねぇが、使い魔風情に踏みつけられていいような命は、ここには一つもありゃしねぇんだ。テメェ、何年生きているんだ。人間やめたらそんなこともわからねぇってのか。こちとらテメェの力なんざ必要としてねぇんだよ、とっとと出て行きやがれ!」
一歩前に出たマサンドラスに、思わずイークェスが一歩引いた。その事実に気付いたイークェスは、悔しさを一瞬表情ににじませた。
「・・・マサンドラスとか申しましたわね。その言葉、飲み込めませんわよ」
「飲み込むつもりはねぇよ。大魔王だろうがなんだろうが、かかってきやがれ。ただし、陰気臭ぇ自分の宮殿から出て、自分の足でな!」
「くっ、無礼な」
イークェスはこの場に自分の居場所はないと悟ったのか、軍議の天幕をあとにした。さすがにマサンドラスを弑するという暴虐までは行わなかったことに、何人かの諸侯が安堵する。
普段大人しく控えめなマサンドラスの啖呵と剣幕に多くの者がたじろいだが、イークェスが去った後で、諸侯がマサンドラスを褒めたたえた。
「マサンドラス殿、すっとしましたぞ」
「シェーンセレノに続いて、今度はわけのわからぬ女狐に仕切られるとばかり」
だがマサンドラスは冷静に片手を上げて諸侯をとどめると、難しい表情をしてドライアンとエルザを交互に見た。
「いや、諸侯には申し訳ないが、状況をさらに混乱させた可能性はある。だな? ドライアン王」
「うむ」
ドライアンが冷静に肯定した。どういうことかと訝しむ者たちに、マサンドラスが冷静に説明する。
続く
次回投稿は、1/6(金)17:00です。