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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その142~真冬の戦場⑮~

 大将の登場に、シルメラとイークェスの顔色が俄に厳しくなる。剣筋だけでその力量がただならぬことを見てとった。大将を名乗る立派な体躯を誇る剣士は、大剣を肩に置くと静かにフォスティナに語り掛けた。


「さて、苦戦しているようだが助力はいるかね?」

「無論だ。これで2対2にできる」

「野暮な横やりになっていないようで結構だ。では遠慮なく加勢しよう。それが依頼主の頼みでもある」

「大将?・・・いや、お前。どこかで会ったことがないか?」


 シルメラが大将の声と剣筋に、違和感を覚えた。だがイークェスはそれどころではないと感じ取った。


「シルメラ! 気合を入れなさい、尋常じゃないわよこの男!」

「んなことわかってる! こっからは遠慮なしだ、燃やし尽くしてやるぞ!」


 大魔王の眷属2人が、魔力を全開にした。彼女たちは普段は魔力を体温調節程度にしか使っていないが、当然攻撃魔術も自在に操ることができる。イークェスの周囲には氷の槍が、シルメラの周りには炎をかたどった人間が複数出現したのを見て、大将がフォスティナに警告を鳴らす。


「これはいかんな、まだ全力でなかったとは。いかに私でも2人同時に打倒するのは用意ではない。貴殿はアルフィリース殿の部下であるなら、あの砦にも仕掛けがなされているのであろう? それを作動させられぬものか」

「それはできるが、あなたも巻き添えを食うぞ?」

「構わん、限界まで引きつけてみせるさ。これでも歴戦の傭兵でね、いつも死地から生還してきたのだ。今回もなんとかしてみせよう。できなければ、それまでのこと」

「承知した。50呼吸くれ、それ以内に作動させる」

「了解だ。なるべく急いでくれ」


 大将が大剣を振り上げて斬りかかると同時に、フォスティナは砦に引き返した。丁度限界が近づいていたのでよい提案と受けたが、あの2人相手に50呼吸持たせるとは、中々に困難が付きまとうはずなのに、よくも即答したものだとフォスティナは感心する。

 軍団の名を当然知ってはいるが、大将を名乗る人物に出会ったのはフォスティナをして初めてだったが、実力では自分と同等かそれ以上に感じられた。彼なら、あの2人が相手でも期待してしまう。

 そして期待通り、大将は魔力を解放した2人の眷属相手に互角に戦っていた。膂力では2人をゆうに上回る大将の腕力に、2人が辟易していた。


「こいつ、なんつー馬鹿力だ! 気功使いか!」

「むしろ、気功を使わない勇者がいるの?」

「それもそうか、馬鹿な疑問だったな!」


 息つく暇もない応酬が、延々と繰り返されるのかと思われるほどの攻防。魔力を全開にしたといっても、彼女たちには大技を繰り出すほどの余裕はなく、この狭い場所では迂闊に魔術行使もできない。坂の両隣は底なしの谷。大魔王の眷属とて、落下すれば絶命は確定的だ。

 それがわかっているからか、大将も守勢を中心として絶妙に攻め切ってこない。シルメラが後退しようとすると自ら引き、離れた魔術を行使しようにも常にイークェスが中間距離で戦っているせいで、それも思うようにいかない。

 いつもイークェスとは相性が悪く、戦いにおいてもそれは同等だが、共闘してさえそうだとは思っていなかった。それにしても、イークェスの戦闘経験なら自分のやりたいことを理解して動くと思っていたが、自分の意図に気付かぬほど必死なのだろうかとシルメラは焦った。


「(イークェスの奴、鈍っているのか? それとも、苦手な相手なのか。あの距離で戦われたら、魔術すら使い様がない。持久戦になれば、こちらが有利なことは間違いないが、フォスティナが引いた以上何か罠があるだろうと思うべきだが)」


 シルメラが徐々に焦り始める頃、砦からドォン! と大きな音が一つ響いた。それが何かを理解する前に2つ、3つと音が響き、砦の全体に亀裂が走る。


「やばいぞ、イークェス! 離れろ!」

「え?」


 シルメラの叫びにイークェスが反応すると同時に、砦が崩壊して雪崩になった。今までも砦の中に罠があることは多々あったが、まさか砦そのものを雪崩に変えるとは思い切ったことをすると、シルメラはイークェスと共に雪に押し流されながら感心した。数日の時間があったからこそのこの準備。そしてフォスティナが最後の囮になって、かつクローゼスと共にいる時でなければ使用できない罠としてして作動させることが条件ではある。

 この雪崩を呆気にとられながら見ていたのは、一つ後ろの砦で待機を命じられていた神殿騎士たちとジェイクだった。何があるかわからないから、まずは待機して様子を見るようにシルメラに言われていたのだ。そして砦を半ばまで落としたなら、後方に連絡して総軍で進軍するように伝えられていた。

 その2人が、いきなり雪に呑まれた。ジェイクが駆け寄ろうとして、先輩騎士に止められる。


「まだだ、ジェイク。二次災害になるぞ」

「ですがしかし!」

「彼女たちはこの事態も想定してような口ぶりだった。かつて大魔王の拠点だったこの土地を攻めて陥落させた大戦に参加していた女傑2人だ。信頼するほかあるまい」

「・・・」


 もっともな言い分だが、ジェイクの予感には言いようのない不安があった。それだけでは自体は収まらない。そんな気が猛烈にしていた。

 そして雪崩が過ぎた後、2か所が同時に盛り上がって雪がどけられた。シルメラとイークェスがその場でやり過ごして雪崩の後から出てきたのだ。それぞれの武器を地面に突き刺し、氷と炎の魔術で防御して雪崩をやり過ごした。


「焦ったが、なんとかなったな。まったく、雪の質量だけは暴力以外の何物でもない」

「いかに直撃はなくても、衝撃だけは緩和できませんからね。互いに無事でよかったわ」

「奴は?」


 シルメラがきょろきょろと周りを見渡すが、大将が魔術を使えない限り先ほどの雪を受け止めたとは思えなかった。自分たちは正面から受けたが、大将は背中から受けたはずだ。魔術の準備なく雪崩を受けたのなら、物理的に耐えられる道理はない。

 自分とイークェスとて、見れば断崖の端ぎりぎりだった。背後の断崖の底に目をやって、うすら寒い思いがするシルメラ。無事なことにほっとしたところで、やや坂の下方で雪が盛り上がって男が飛び出たことに気付く。

 シルメラはイークェスを斜め前に、剣を構え直した。


「大した化け物だな、あの男。本当に人間か!?」

「さて、違うかもしれないわね」


 そう言いながら構え直すイークェスの槍の石突きが、シルメラの肩を突いた。殺気すらなく、あまりに自然な槍捌きに思わず仰向けに後ろに倒れるシルメラ。後ろには断崖絶壁。何も掴むものはなく、その手が空を切った。


「――は? イークェス、お前何を――」

「馬鹿正直なとこは変わらないわ、シルメラ。このまま砦を抜いたら困るのよ。それは、私たちの望むところではないわ」

「私たち――誰だ、私たちって。お前、まさか――」

「さよなら、お馬鹿さん。私は最初からね――」


 宙に放りだされたシルメラがそれ以上イークェスの声を聞くことはなく、谷底に落ちたのを確認すると、イークェスは長く白銀の髪をかき上げた。

 その彼女の元に大将が寄る。


「これでよかったのか」

「ええ、打ち合わせ通りだわ。邪魔者が1人減った」

「アルフィリースは宮殿で足止めされている。まもなくフォスティナも戦えなくなるだろう。そうすれば、指揮官らしい指揮官もおるまい」

「げに恐ろしきは、互いの司令官同士が結託している戦争よね。まさか、サイレンスがいなくなってもそれが継続されるとは誰も思わないでしょう。第三層の状況はどう?」

「エクスペリオンが蔓延しているようだが、お前の指示か?」

「いえ、まさか。そこまでの操作は私にもできないわ。それは――」


 思い当る節がないわけではないが、イークェスは少し考えて投げだした。


「――いえ、考えても無駄ね。より混乱を激しくするだけで、特に支障はないでしょう。引き続き、そちらの指揮をお願いね。こちらはシルメラを探すふりをして姿を消すわ」

「承知した。残りの砦が9もあれば、グルーザルドが押し寄せても一月以上は持ちこたえるだろう。傭兵たちは優秀だ」

「そう。それこそ私たちがかつて望んだことでもあり、こんなことで失われるのは惜しいわね。いえ、多くは生き残ってくれるのかしら。シルメラはああは言ったけど、人が死ぬのはやはり悲しいわね」

「結果として、多くを生き残らせるための戦い、なのだろう?」

「ええ、他人に知られる必要はないわ。遂行するのも、罪を被るのも、事実を知るのも少人数でいいのだから」


 イークェスはそう言うと、悠然と神殿騎士団の方に引き返した。大将はその姿を見送ると、自分もまたゆっくりとローマンズランド側に引き返していった。



続く

次回投稿は、1/4(水)17:00です。

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