開戦、その141~真冬の戦場⑭~
「3人・・・たった、3人?」
「なるほど、それは少ないな。もちろん後方支援や周辺騎士団の者はもっと死んでいるはずだが、それにしても歪だ。おかしいと思ったことは?」
「いや・・・今、おかしいと思った」
「そうか」
シルメラはジェイクのことについても少し教えられている。勘の良さ、年に似合わぬ強さからも何らかの特性持ちであることは把握しているが、その彼が違和感を抱けないとなると、意図的に情報から遠ざけられている可能性もあると考えた。
「(アルネリアが胡散臭いのは私の時代からそのとおりで、集団というものは常に一枚岩であるわけがないのだが・・・それにしてもおかしいと思うのは私だけか?)」
「シルメラ、何を呆けているの。行くわよ」
「ああ」
イークェスに促されてシルメラは砦を落としにかかった。第三層を焦らすのは良い。焦らすことで敵の内紛を促すことができるし、当然消耗もする。だが消耗させすぎると、相手は決死になる。それは予想外の反撃をくらうことになるので、よくないとシルメラは知っている。
そして、進退窮まり孤立した砦の内部でどんなことが起こるか、シルメラは身をもって知っていた。食べる物がなくなれば「誰」が犠牲になるかで人間は争い始め、弱い者からそうなることをシルメラは知っている。ましてそんな状況に女がいればどうなるか。むしろこの窮状を、件のイェーガーの女団長がどのように凌いでいるのか、興味すらあった。
「(私たちの時代では、何もするべき手段がなかった。200年以上経った今はどうか? 人間の進歩を見てみたいものだな)」
第三層は限界が近いだろう。実際にはまだまだ陥落までは粘れると思うが、倫理的な崩壊はもうすぐのはずだ。小突けば散ってしまう弱卒が大半を占めているようでは、これ以上耐えられるはずがない。
シルメラはそのあたりを見極めて攻め寄せていたつもりだ。そのあたりの勘を外すことは滅多にないが、まだ見落としがないような気がしないでもない。
それを象徴するかのように、砦の反撃は激烈だった。間断なく発射される矢は、避けた先から喉笛に迫ろうとする矢の技量もとんでもなく、森の民が協力していることは間違いないとシルメラは確信していた。
「見かけた限りじゃ、エルフとシーカーが両方いるのか? やるじゃないか、決して交わらぬはずの両種族を同時に従えるなんてさ!」
そう言って凶暴そうに牙を剥いたシルメラの元に、雪と氷でできた人型の使い魔が押し寄せる。彼らは全員が爆発物を抱いていた。既に火はついている。
「~~通路ごと潰そうってか? いいね、その過激さ。私好みだ!」
シルメラが猛然と襲い掛かり、矢で多少傷つくのもおかまいなしに使い魔を次々と蹴散らす。使い魔は氷の坂と化した横道から次々と滑り落ち、落下の最中に爆発する音をシルメラは聞いた。
そして最後の一体を砦の門に叩きつけると、あえて爆発させて門を開いた。
「馬鹿が! こういう可能性は考えなかったのか?」
「ええ、もちろん考えたわ」
シルメラに斬りかかったのは、フォスティナ。シルメラはフォスティナのことは知らなかったが、胸元につけている「掲げられる4本の剣」の証を見て、それが勇者だと理解した。
「ここでお前のような女勇者が来るか、後輩ぃいい~!」
「胸を借りるわ、先輩」
シルメラが強引にフォスティナを突き放すと、フォスティナは柔らかく着地して、猛然と斬りかかってきた。この不安定な足場でシルメラは炎の魔術を利用して足元を溶かして確保しているが、フォスティナはそんなことはしていない。
ただの運動能力、筋力と天性の平衡感覚のみで、この落下の危険性すらある悪路で舞ってみせる。自分もそうだと言われたが、この常識外れの後輩を嬉しくも思い、疎ましくも感じるシルメラ。
膂力や経験はシルメラが上、技量は互角、そして天性ではフォスティナが圧倒的に上。そう感じたシルメラは、背筋が期待で沸き立つのを禁じ得ない。
「やるな! 今の時代にもお前のような女戦士がいて何よりだ!」
「常夜の宮殿とかいう陰気な場所で錆び付いているわけではなさそうですね、先輩。それより、退いていただけません? この戦い、これ以上は無意味です。なんなら休戦協定を考えた方が良いまですら、ありえるのに」
「そうはいかないんだよ。まだこの戦いは、膿を出し切っていない。やるなら徹底的に、が私の主義でね。それにアルネリアと協力体制にある身として、まだ完全に休戦にはなっちゃいない。なら、やることは一つだろう?」
「なるほど、初代女勇者は短慮浅薄、猪突猛進との評判でしたが、間違いないようで」
「はっ、そんな挑発に乗るかよ! 伊達に歳を重ねてねぇんだよ!」
シルメラとフォスティナがもう十数合打ち合ったところで、イークェスの槍が割って入ってきた。それを身をよじって躱すフォスティナだが、一突きで技量が相当とわかると、一旦距離を取った。
「何すんだよイークェス! 野暮だぞ」
「いつまで遊んでいるつもり? 今日中に全て落とすのなら、こんなところで手間取っている暇はないわ。後方にもそう連絡したのだし、もうアルネリア本体や残った合従軍、グルーザルド軍も攻め寄せる準備はしているはずよ?」
「わかってるけど、あいつはどのみち長くもたんよ」
「どうして?」
「身重の女が、こんな寒冷地で長時間私たちと戦えると思うか?」
バレていた、とフォスティナは青ざめた。体型的にも少し隠せなくなってきているし、既にアルフィリースと連絡がとれなくなってから3日以上が経過している。時間停滞の魔術は使えず、どんな影響が出始めるかわからないのだ。戦うことに不安がないと言えば嘘だが、切れる手札が限られているのも事実。
この体でこの強敵2人を相手にするのは絶望的だと考えていると、砦の上から誰かが飛んできて、シルメラとイークェスに斬りかかった。一瞬それはフォスティナの目には異形に見えたが、それはたしかに剣を構えた人間の剣士だった。
仮面で表情の見えぬその男は、自らのことを軍団の『大将』と名乗った。
続く
次回投稿は1/2(月)17:00です。今年は正月でも投稿ペースはそのままに。
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