開戦、その138~真冬の戦場⑪~
そのまま竜騎士団に申し立てて飛竜を借りると、アルフィリースは宮殿に向かった。竜騎士団は素直にアルフィリースの申し出を聞いてくれるし、既に竜、人ともに顔馴染みになりつつある。それに飛竜もアルフィリースの馴染みが増えてきたので、アルフィリースが来ただけで嬉しそうににはしゃぐ飛竜すら出ることもある。アルフィリースはその中でもっとも忠誠心が高く気性の大人しい飛竜を選んだ。
アルフィリースとリサが宮殿に着くと、そこはひっそりと静まり返っていた。たしかに真冬の宮殿で外の巡回は生死に関わるので、この時期は誰も外にはいないだろうが。いつもは先ぶれと定期的な輸送以外はひょっとしたらそもそもいないのかもしれない。
だが、宮殿の中に入る時ですら誰も出てこなかった。燃料の節約のためか、昼間だというのに暗くなった宮殿は、慣れていなければ段差に躓いて歩くこともままならないだろう。アルフィリースがしばし立ち止まっていても誰も出てこないので、アルフィリースはアンネクローゼの私室の方へと向かうことにした。
歩き始めると、冷えた廊下の石畳にアルフィリースの足音が響く。そこで向かいからぱたぱたと、女中のモロテアが走って出てきた。
「これはアルフィリース殿! 出迎えもせず、申し訳ありません! しかし今日は登城の予定でしたか?」
アルフィリースはあえてその質問には答えず、用件だけを伝えることにした。
「モロテア。警備の兵士が誰もいないようだけど、何かあった?」
「寒気が酷いので、最低限の警備だけにして、後はそれぞれ待機部屋で休憩を取らせています。アルフィリース殿も、ここまで昇って来るのにそれなりの対策が必要でしょう?」
「まぁ、そうだけど」
寒気が酷かったり、風が強いと宮殿は誰も出入りできない孤立無援の牢獄となる。アルフィリースも風が弱まった時だから上昇できたが、風水士の許可が下りないとそもそも飛竜を出すことすらできない。
これがシルメラとイークェスを押し返せない理由の一つでもあった。張り子の虎ならぬ、張り子の竜だとアンネクローゼ自身がぼやいている。
アルフィリースはアンネクローゼへの面会を伝えると、今はイルマタルとウィラニアと私的な時間を過ごしているとのこと。少し準備が必要だろうから、控えの間で待つように伝えて自らは下がった。入れ替わりに、女中長であるカーネラが出てきて応対した。
「イェーガーの皆様の滞在場所でも、必要最低限以外の暖炉の火を熾しておりません。かなり冷え込みますので、防寒具を持って参ります」
「うう、たしかに寒い。温かい飲み物もお願いします」
「お酒もお持ちしましょうか」
「あれば是非」
アルフィリースはイェーガーの滞在場所となっている部屋に向かうと、そちらで待つことにした。今は二の門から三の門に続く階段での戦闘のため人を減らしているが、最低でも3人はいることにしている。
今の面子は、ライフリング、ヴァルガンダ、クランツェだった。3人はアルフィリースが来たことに少々驚きつつも、くつろいだ様子からすぐに緊張感を取り戻した。
「どーしたよ、団長。予定より早いだろ」
「下の戦いに何かあったのね?」
クランツェが聡く問いかけると、アルフィリースは小さくだけ頷いてライフリングの方をちらりと見た。
「この部屋、寒くない? 燃料をもらえていないの?」
「団長がいない時は扱いもぞんざいなものさ。私の薬があればある程度体温は調整できるから、燃料はさらに節約しているがね」
「向こうから出された物は手をつけてないわね?」
「少なくとも、私が毒見をしてないものは誰も手をつけていないよ。それより、何があった?」
アルフィリースは大魔王の眷属2人がアルネリアと共に攻め入ってきたことを、簡単に説明した。シェバの弟子2人の表情は驚きに満ちていたが、ライフリングはさして驚いてもいないようだった。
「驚かないのね」
「私がそもそもアルネリアを信用していないのは、先に伝えた通りだ。それに、アルネリアとて一枚岩でもなければ、まして大魔王の眷属ともなれば、アルネリアの指揮下にある方がおかしい。それより、ここに来てどうにかなるのか?」
「どうにかする方法はなきにしもあらずよ。ただローマンズランド陸軍の方を抑えないと、そちらに最終手段はとりたくないから。いちおう、アンネクローゼ殿下に確認をね」
「最終手段・・・あぁ」
ライフリングはそれだけの説明で察したようだが、ガルチルデはまだ察していないようだ。
「最終手段だぁ? 何すんだよ」
「お馬鹿、燃料と食料が少なくて、無体を働く無駄飯ぐらいがたくさんいるのよ? 何をするかくらい、察しなさいな」
「あぁ~・・・間引きってことか」
「だから口にするんじゃありませんってば!」
「やれやれ、腹芸のできない人たちですね・・・それにしても、遅くありませんか。カーネラの仕事なら、もう既に防寒具くらいは届きそうなものですが」
リサの一言にアルフィリースが立ち上がる。そしてライフリングの方を向くと、彼女も無言で立ち上がってアルフィリースの前に立った。そして扉の傍に素早く寄ると、アルフィリースの方をちらりと見てから扉を開けようとして、それが開かないことに気付いた。
続く
次回投稿は、12/27(火)17:00です。