開戦、その136~真冬の戦場⑨~
「それでも不満そうね?」
「当然だ、これで不満がない方がおかしい。だけど、何かを口に出す資格も立場もない」
「それでも良い解決策を求め続けることは、決して無駄にはならないわ。少年はどう思う? もっと良い終わらせ方があると思う?」
「・・・まだわからない。それがわかるまでは、せめて見届けたいと思う」
それだけ告げて、ジェイクは今夜を凌ぐ場所の設営にかかった。その姿を見て、イークェスはふっと薄く笑う。
「若いわ。それにとてもまっとう。ああいった騎士が育っていることは、喜ばしいことね。良き時代が流れたということなのでしょうけど、素直に喜べないのを悔しと思うのはどうしてかしらね」
その言葉の先をイークェスは飲み込んだ。そこにシルメラが続ける。
「おい、性悪女。まさか、かつての戦いの結末を伝えたのか?」
「それこそまさかだわ。言うわけがないでしょう」
「どうだか。お前ほど信用できて、同時に信用してはいけない女を私は知らない」
「ま、よく言うわ。それがかつてこの戦場で共に生き残った、戦友にかける言葉なの?」
呆れたように手を広げて見せるイークェスに、シルメラは苦笑する。
「戦友だとは思っているが、友人だとは思っていない」
「随分な言いようだこと。でも、本当に言っていないわ。ええ、言えるもんですか。かつてここに攻め寄せた数万の精鋭のうち、生き残ったのが十人もいなかったなんて。士気を下げる以外に何の役に立つと言うの?」
「わかっているならいい。私のやるべきことは2つ。敵を駆逐することと、合従軍の被害を少しでも少なく収めることだ。そのためにとれる非情な手段があるなら、なんだってやるつもりだ」
「そんな誤解されやすい性格だから、友達が少ないのよ」
「放っておけ」
鼻を鳴らしながらシルメラが去っていくのを、手を振って見送るイークェス。闇の眷属である自分たちはいかに寒かろうと凍死することはないが、人間だったころ、かつての戦場で体感した極寒を思い出す。その時よりもさらに酷く吹雪く今、燃料の制限されているローマンズランド第三層の人間はどのような気分でいるだろうと思う。
「飢え、寒さ、閉鎖空間。極限の中で、人間は精神力を試されるわ。鍛えられたアルネリアや音に聞くイェーガーの戦士たちは耐えることができても、さきほどのローマンズランド陸軍の狼狽え振りを見る限り、彼らがこの環境に耐えられるとは思えない。あんな惰弱な兵士ならいない方がいいとすら思うけど、さて、彼らはどう考えるのかしら。下手をすると地獄絵図になると思うけど――女としては同情するわ」
イークェスをして、祈るように第三層を見上げた。その姿を遠目に見ながら、シルメラがぽつりと呟くのだ。
「それにしてもアノルン大司教は、この可能性を予見していなかったのだろうか。エルザのように有能な人材にも信頼されるほどの傑物で、自分たちが証書を受け取った時にもイークェスですら認めていた。その彼女が盟友であるアルフィリースの窮地を招き入れるような真似をするとは――いや、それでも彼女なら乗り越えられると信じているのか。どのみち、どう転んでも過酷な戦にしかならんと思うがな」
シルメラはただ吹雪の中に続く砦を見上げ、第三層の行く末にため息をついた。
***
そうして20日が経った。シルメラとイークェスは日に2つ、あるいは多い時では4つの砦を落としていった。襲撃の時間帯もばらばら。朝の時もあれば、真夜中の時もある。極寒と厚い雲のせいで朝なのか夜なのかもわからない日々が続いたが、陽の出る時間帯にはシルメラもイークェスも少しだけ力が弱まるのだ。
なので彼女たちは夜の戦いをこそ得意とするのだが、それを悟らせないためにも襲撃の時間帯をわざとずらしていた。
アルフィリースたちも、もちろん応戦した。罠や強力な兵装を用意した砦を準備したり、イェーガーの精鋭やミュラーの鉄鋼兵の精鋭を配置したこともある。フリーデリンデ天馬騎士の襲撃を駆使したり、時にローマンズランド竜騎士団にも襲撃をかけてもらった。それでもそれらすべてが、たった2人によって跳ね返され続けた。
アルフィリースはその役割上、宮殿と第三層を往復せねばならず、常に戦線にいることはできなかった。そして魔女やリサもそれは同様だった。イェーガーの中核となる面子がいないことが相手にはわかるのか、彼女たちがいない時に限ってシルメラとイークェスの攻め方は苛烈になった。
残る砦は10。早ければ数日で三の門に迫る段階となって、ぱたりと襲撃が止んだ。まるでいつでも落とせるのだといわんばかりの間に、前線にいる兵士は焦燥し、そして怒り、疲弊していった。気が緩んだ瞬間に寄せてくることがアルフィリースにはわかっていたが、だとしてもどうできるものでもない。砦の中ですら凌ぐことすらできないのに、この吹雪でまともに体が動かない状況で仕掛けて勝てるはずもなかった。
吹雪の中、アルフィリースは最前線となった小さな砦にまで赴き、イークェスとシルメラがいるだろう場所をじっと睨んでいた。もちろん吹雪で何も見えはしないのだが、いつ吹雪の中から襲撃されるのかと思うと、アルフィリースですら落ち着かない気分となることは否定できない。
リサがその傍にすっと寄る。
「何も見えませんか?」
「ええ、気配も殺気も感じないわ。直接まだ戦ってはいないけど、結構造りに自信のあった砦でも関係なく落とされた。ちょっと落ち込むわよ」
「さすが大魔王の眷属、と一応褒めておくとして。報告をよろしいでしょうか」
「もちろんよ」
リサの表情が青いのは、連日の戦いのためだけではあるまいとアルフィリースも気付いている。リサが小さな声で、アルフィリースにだけ告げたのだ。「ジェイクが寄せ手の中にいます」と。その時の震えた声を、アルフィリースは忘れることができない。
リサだって覚悟はしていた。埋伏の毒とはいえ、敵と味方に別れているのだ。こういう可能性がないわけではないことを。だが、予想する現実が目の前に訪れると、それは全く意味が違う。
その時から、リサのセンサー能力に翳りが出た。いかに優秀とはいえ、センサーは体調や感情に左右されうる。アルフィリースがリサの動揺を見るのは、最初の魔王戦以来かもしれなかった。
続く
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