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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その135~真冬の戦場⑧~

 そして、今。ジェイクの怒りをシルメラが受け流していると、目の前の砦が音を立てて崩れた。倒壊する砦からは、ハルバードを担いだイークェスが引き上げて来る。彼女の表情はただただ、退屈そうだった。


「もう崩れちゃった。いかに簡素に作った出城とはいえ、何の手ごたえもありゃしない」

「だが、数だけはありそうだ」

「そうね。そういう点では手ごたえはあるかもしれないけど、こんなのばかりだと拍子抜けよね」

「・・・あの女団長を舐めない方がいい」


 ジェイクの一言に、きょとんとするイークェス。ようやくまともに自分から発言したジェイクを見て、シルメラは口の端を面白そうに釣り上げた。


「どういうことだ、少年」

「あの女団長は性格が悪い。いや、それは怒られるか――そう、他人が思いもつかないことをするんだ」

「例えば?」

「出城がたくさんあって、簡単に落とせるぞと思わせておいて、必ず落とし穴が仕掛けてある。突然砦が頑丈になったり、大量の伏兵がいたり。攻略するにしても、慎重に行くことをお勧めするね」


 ジェイクの言葉は心からの忠告で、そして同時に少しでも時間を稼ごうとしたしたものだ。憮然とするジェイクを見てその本心を掴んだのかそうではないのか、シルメラが楽しそうに回答した。


「心配しなくても、最初からそのつもりだ」

「え、そうなの?」


 イークェスが初めて聞いたとばかりに驚いた。シルメラは驚くイークェスを放っておいて、ジェイクに向かい合った。


「我々の全力をもってすれば、こんな小城、1日に10は落とせるだろうな。そしてお前の言う通り、罠を満載した落としにくい城もいくつか交えているだろう。非常に効果的な手段だ」

「なら、なぜそうしない?」

「その必要がなく、そして本番は第三層に入ってからだからだ」


 シルメラが説明する。


「我々がいかに強かろうと、2人で万の軍勢は相手にできぬ。だからこの攻城戦の本領は、第三層まで攻め抜くことではなく、その時第三層がどうなっているかだ。それが戦争の本質だよ、少年」

「? 意味がわからないな」

「やはりアルネリアの神殿騎士団では魔獣相手の戦闘経験は積めても、人間相手の戦闘経験には限界があるな。逃げ場のない籠城戦で本当に恐ろしいのは味方だ。特に女にとっては、仲間の半数が飢えた獣も同然だ。わかるか?」


 その言葉の意味がわからぬほど、ジェイクは子どもではない。総毛立つように怒りに身を震わせると、シルメラの意図を察してその胸倉を掴み上げた。シルメラはジェイクにされるがまま、その表情の変化を楽しんでいるようにすら見える。


「お前! わざと焦らして、内部から崩壊させるつもりか!」

「練度と我慢が足りない相手の兵士、数だけは充分で攻めにくい地形。ならば物理的に攻めるは下策、相手の弱き心をこそ責めよ、というのは兵法では習わなかったか?」

「離間の策だとでも言うつもりか」

「まぁそんなものだ。そして指揮官の資質は、そういった追い詰められた時にこそ発揮される」

「それを相手で試すっていうのか。何様のつもりだ!」

「遊びじゃないんだ、少年」


 シルメラがジェイクの手を握りつぶすようにして、胸倉を掴む手をねじり上げた。シルメラの腕力に手を潰されそうになるが、ジェイクはそれでも睨む目を背けたりはしなかった。


「こっちだって遊びじゃない!」

「わかっているさ、向こうにも知り合いがいるんだろ? 下手したら恋人でもいるのか?」

「だったらなんだ!」

「若いな――そういう時は何も知らない無慈悲なふりをしろ。相手に弱味を悟られるな。私が敵だったらどうする」


 シルメラがジェイクを強引に振りほどいた。そして襟元を正す。


「私はかつて攻める側も、攻められる側もどちらも経験した。その経験から言えることは、どちらも『最悪』ではないということだ」

「どういうことだ?」

「戦うことすらできない、戦う相手も憎む相手もいない。そういう時が一番最悪ということだ。いずれわかる時が来るかもしれないぞ、覚えておくといい」


 シルメラはそう告げると、崩れ落ちた砦の場所で駐留場所を作るように神殿騎士団に命令した。このままここで夜を明かし、次の朝にはまた攻めるのだろう。

 シルメラの腕力に痺れる手を感じながら、そのジェイクにイークェスがそっと近づいた。


「ごめんなさいね。あの子、いつも言葉が足らないから」

「いや、戦争においては正論だとは思う。ただ、戦争における正論は暴論だ。あんな言葉を当たり前のように吐くなんて」

「それがわかる少年も結構なものだと思うけど――あの子はね、戦災孤児よ。当時は皆同じような境遇の子が多いかもしれないけど」


 イークェスの言葉には、哀愁があった。決して仲がよさそうには見えない彼女たちだったが、これだけは本当に憐れんでいることがわかった。


「彼女、同情されるのは嫌いだから言わないけどね。口にするのを憚るくらいには悲惨な幼少時代を送っているわ。決して勇者だ、精霊騎士だ、などともてはやされた人生じゃない。その彼女が言ったのよ、これは『戦争』だって。つまりは、そういうことね」

「大戦期なみの激しさってことか」

「そういうことでしょうね。なら考えるべきことは一つ、戦の終わらせ方よ。それを間違えると、酷いことになる。だからアノルン大司教が私たちをここに寄越したとは思わない? 私たちなら、いえ、彼女なら最悪だけは回避して終わらせることができるわ」

「それに何かあっても、あんたたちのせいにできると?」

「有体に言えばそうかもね」


 イークェスの言葉にも、悲しみがあった。彼女は元巡礼、アルネリアのシスターと聞いた。大戦期のシスターともなれば、悲惨な戦いなど飽きるほどに経験しただろう。

 イークェスは心配そうに、ジェイクに告げた。



続く

次回投稿は、12/21(水)18:00です。元の投稿ペースに戻します。

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