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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その134~真冬の戦場⑦~

 エルザは歯噛みしながら、シルメラの言い分を聞いた。


「それが命令なら従いましょう。ですが、いたずらに神殿騎士団を損耗することは承知いたしかねます!」

「息巻かずともわかっている。攻城戦と戦争は私の得意とするところだ、下手な真似はしない」

「ま、私もいるのだし、おかしな真似はさせませんわ」


 イークェスがなだめるようにエルザに説明しても、それが何の保証になるわけではない。エルザは悩んだ。神殿騎士団の安全を考えるなら、魔晶石でフル装備をして出撃させるべきだ。だがそんなことをすれば、本当にローマンズランドを陥落させてしまうのではないか。そんな懸念がある。

 エルザが悩んでいる間に、シルメラとイークェスがもう一つの提案をした。


「ときに、面白い神殿騎士がいると聞いたが、呼んでもらえないか」

「? 何の事かしら?」

「最年少で神殿騎士団の中隊長になった者がいるそうね。私の時代にはグローリアはまだ原形しかないけど、学生が神殿騎士団として戦える者はさすがにいなかったわ。興味があります」


 ジェイクのことであることは明らかだが、イークェスたちがなぜジェイクのことを知っているかがわからない。訝しんでエルザとアリストが顔を見合わせるうちに、天幕の中に当のジェイク本人が入ってきた。


「失礼します、先の支援物資の件ですが――」


 ジェイク自身は後方で支援物資のまとめや、北部商業連合やターラムからの補給路を確保する任務がある。滅多に本部の天幕に顔を出すことはないのだが、定期的な報告があり、特にサイレンスが斃れてからは急な物資の調整で度々本部に顔を出していた。

 間が悪い、とエルザの表情が曇る。その雰囲気と薄笑う鎧装束の2人を見て、ジェイクは渋い顔をした。


「あの、ご迷惑でしたか?」

「そうね、間が悪いわ」

「いや、手間が省けた。神殿騎士団ジェイク、で間違いないか?」

「そうですが――」


 シルメラからざわりと殺気が立ち上りかけると同時に、ジェイクが目録を放り投げてシルメラに斬りかかった。その反応の良さに、イークェスが目を見開き、シルメラが嬉しそうに笑う。


「その反応やよし。年の割に腕が立つだけではなさそうだな」

「あんた何者だ? 魔の気配がするな」

「元人間の勇者で精霊騎士で、今は吸血種の眷属だ。ま、人間としても少々血の匂いが強すぎるとはよく言われたものだが」

「少なくとも、善人じゃなさそうだ」

「それは正しい評価だ」


 シルメラがジェイクを突き放そうとして、それが上手くいかないことに少し驚く。


「(ほぅ、この少年相当腕力があるな。女としては腕力がある方で、精霊騎士やブラドの眷属となってからは巨人よりも腕力があるはずなのだがな。面白いが、剣のキレはどうだ?)」


 シルメラがジェイクの腹を蹴って突き放すと、ジェイクは柔らかくそれを受けて、ふわりと着地した。直後、地面を蹴って至近距離での剣戟に持ち込む。


「ちょっとシルメラ、やり過ぎないでよ?」

「当然だ、私を誰だと思っている?」


 シルメラは少し懐かしさを覚えた。当時アルネリアの神殿騎士団大隊長たちと剣の腕を競ったこともある。彼らは人間を守る戦士であると共に、苛烈な戦士たちだった。傭兵としての自分のあり様とは随分と違ったが、尊敬できる戦士が多いのも事実だった。厳しい時代において、人間らしさを失っていない戦士たち。少年からは、同じ匂いがした。

 将来どんな騎士になるのか。ジェイクの剣を受けながら、そのまっすぐさは一合で感じ取る。2合、3合と受けるうち、一足飛びに上達するその剣筋の鋭さに、脅威を覚えた。


「この少年?」

「ふぅう~」


 大きく息を吐きながら、ジェイクが間合いを取る。様子見の剣では制圧できないと感じたシルメラが、さらに殺気を放った。顔色が変わったのは、エルザもイークェスも同時だった。


「ちょっと、シルメラ?」

「少年にして、この圧力。なるほど、特性持ちだな」

「それがわかったなら、もう十分でしょう?」

「少し味わわせろ。久しぶりの人間との戦いだ、少し慣らしておきたい」

「ああ、もう!」


 イークェスが止めるのも聞かず、シルメラの殺気が膨れ上がる。そしてジェイクとの剣戟が加速し、互いの頬の薄皮を削り、その剣が首筋に近づくところで、互いの剣を差し止める者がいた。


「2人とも、そこまでにしてください。これ以上は殺し合いになります」

「お、おう」

「ふむ、熱くなりすぎたか。悪い癖だな」


 二人の剣を2剣で受けながら、互いの胸元に剣を突きつけたのはアリスト。シルメラは少し悪びれながら、それでもアリストに鋭い視線を向けた。


「今のアルネリアにも大した剣士がいるものだ。貴族ではあるまい? 今の時代い貴族の何たるかを忘れた連中に、それほどの剣筋が出せるとは思えん」

「しがない農夫ですよ、元はね」

「元か」

「そう、元です」


 意味深なアリストの強調に、ふっと笑うシルメラ。


「お前のような騎士がいるなら、今のアルネリアも腑抜けたわけではなさそうだ。安心した」

「それはありがとうございます。それで、用事は済みましたか?」

「ああ、おおよそな。この少年も前線に連れて行く、その方がよさそうだ。異論は認めない」

「仕方ありませんね。それも経験のうちでしょう」

「え、何のこと?」


 ぽかんとするジェイクをよそに、そうしてジェイクのローマンズランド攻城戦は決まったのだ。



続く

次回投稿は、12/19(月)18:00です。

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