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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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闇の誘い、その3~魔の戯言~

 石灯籠の後ろから音もなく姿を現したのはブラディマリア。白い砂と緑の木々を基調とした白楽の庭に、一滴落とされた墨汁のようにその黒づくめの姿は際立つ。和紙に広がる墨のように、彼女の漆黒の気配が周囲を侵食していくのが、白楽には手に取るようにわかっていた。

 その黒い染みが、嗤う。


「オ・ジ・サ・マ。いつからアタシの存在に気が付いていたのかしら?」

「最初からだ。上手く俺の結界の中に侵入したとは思うが、こちらから招いてやらねば、ここまで上手く侵入できると思うか?」

「あらあら、やっぱりそうなのね。方術なんて初体験だから、どうやって潜入するのかわからなくって困っていたの」

「俺が招いてやらねば、この結界ごと一帯を吹き飛ばすつもりだったろう?」


 白楽の言葉にブラディマリアが口の端を歪める。見た目は幼い子供だが、目の前の女がそのような生易しい存在でないことは白楽も気が付いている。なぜなら女がこの場所にいる事に気がついてから、白楽の全身の毛は逆立ち、背筋が緊張しっぱなしだ。女を抱こうにも、気がやれぬのも無理はない。さて、どうするべきかと白楽は思案する。


「(冗談ではないな。ここで俺が命を捨てるつもりでやっても、せいぜい腕を一本取るぐらいが関の山か。討魔の全戦力を集めても果たして討ち取れるかどうか。こんな化け物が世の中にいるとはな)」

「何を難しい顔をしているのかしら?」


 白楽が気がつけば、ブラディマリアが下から彼を見上げていた。不意をつかれ、逆に白楽は冷静になる。この瞬間、戦うという選択肢はないことが良く分かった。


「貴様の目論見を考えていた。俺に何用かとな。命でも取りに来たか?」

「あらあら、それはそれで面白いかもしれないけども。むしろ逆なのよ?」


 くすくすとブラディマリアが笑う。


「アタシは貴方に手を貸しに来たの」

「何だと?」


 この申し出はさすがに意外だったのか、白楽の目が見開かれた。だがすぐに彼は平静を取り戻し、実に楽しそうにニヤリとする。


「これは面白い展開だな。条件は?」

「アタシ達が貴方の敵である鬼族を全部潰してあげましょう。その代わり、貴方には一つだけ頼みごとを聞いてもらう」

「それは大層な申し出だ。その頼みごと、当ててやろうか?」

「へえ? どうぞ当てて御覧なさい」


 ブラディマリアも浄儀白楽という人物に興味を抱いたのか、試すようにその顔を覗きこむ。そして白楽は冷静に、しかし彼としてはそれなり以上の覚悟を持ってこの問いに答えようとしていた。彼の頭脳は人生で最高の回転をしており、ここでブラディマリアの気をどうしても引いておきたかったのだ。


「西の大陸に攻め入れ、というところだろう?」

「・・・驚いたわ、ほぼ当たりよ」


 ブラディマリアの顔が嬉しさに綻ぶ。それは白楽という人物に惚れたというより、面白い玩具を見つけたような顔だった。その反応を見て、さらに白楽は追いうちをかける。


「その考え、貴様のものではないな?」

「なぜそう思うのかしら?」

「俺が貴様ほど強ければ、策を弄する必要すらない。自分で乗りこんで行って潰すさ。それに俺も人は見る。貴様は頭も良いだろうが、それ以上に自分の楽しみを優先するだろうな。おいしい所を人に渡すようなことはしない」

「フフフ・・・アハハハハ!」


 その言葉を聞いて、ブラディマリアが腹を抱えて笑い始めた。今までのふざけた空気はもうない。


「よい、よいぞ人間よ。妾を見抜いた上でその図抜けた態度、まことあっぱれ。褒めてつかわそう」

「ふん、何様のつもりだかな」


 対する白楽も、一向にへつらう様子はない。


「ふむ、気に入った。妾の真の姿を見せてやろう」

「つまらん物なら見せんでいいぞ」

「くっ、言いおるわ。だがまず間違いなく、貴様が木石でなければなら気にいるだろうよ。妾に誘惑できぬ種など存在せぬでな」

「ほう」


 自信ありげなブラディマリアに、試すような顔で相対する白楽。その眼前でブラディマリアの姿が影に包まれ変形していく。変身を終えた時、白楽の目の前には目も眩むような美女が立っていた。燃えるような金の髪に、黄金の瞳。豊満な胸といい、くびれた腰といい、漆黒のドレスの上からでもわかるその肢体に白楽は興奮を抑えるので精一杯だった。


「いかがか?」

「なるほど、自慢するだけの事はある」


 そう言って白楽は無遠慮にブラディマリアに近づくと、彼女の顎に手をかけ、そのドレスに手を滑りこませて乳房を鷲掴みにした。ブラディマリアもまた、一瞬眉がぴくりと反応するもその態度には余裕がある。


「妾に興味があるのか、人間」

「あるな。先ほどの女よりははるかに面白そうだ。先ほどは実に要求不満でな」

「なるほど。それにしては随分と強引じゃないのかえ? 女子おなごを誘うにも礼儀はあろうに」

「だが、乱暴なのも嫌いではないだろう?」

「ふ」


 そういうと、ブラディマリアは白楽の首筋を舐め、軽く歯を立てる。そのブラディマリアの顔を強引に白楽は自分に向け口付けすると、そのまま抱きかかえて部屋に戻ろうとする。


「妾を魔物と知って抱くかえ?」

「関係ないな。強いて言えば、まだ昼間ということぐらいが気になる程度だ」

「くくく、冗談が好きじゃの。じゃが気に入ったぞ小僧。貴様が心ゆくまで楽しませてやろうではないか」


 ブラディマリアは白楽に抱きかかえられたまま彼の首筋に手を回すと、そのまま彼の床へと身を任せるのだった。


***


 アルフィリース達はさらにガーシュロンの紛争地帯を進む。この土地ではそこかしこで打ち捨てられた死体や白骨が見られ、焼けた町跡も珍しくもない。評判通り、一年中ここいら一帯が戦争に巻き込まれている証である。

 アルネリア教会からもひっきりなしにこの周辺は派遣がなされ、聖化をはじめとして死者の埋葬などが行われているはずなのだが、とてもではないが手が追いつかないというのが現状だった。そのような無残な光景に一同顔を顰めながらも、慎重に一行は足を進める。


「また水がなくなるわ」

「食料もだな。町らしい町に辿りつかないからな」

「あの変な町を出てから3日だもんね。それにしてもミランダは、この辺にもアルネリア教会関係者がいるって言ったようだったけど?」


 一同がミランダの方を見る。そのミランダも困り顔だ。


「そんなこと言われてもね。アタシだって今どこで、どの派遣部隊がどうしているって知っているわけじゃないし。そもそも部署が違うんだから」

「結構大きなことを言ったくせに~」

「絡むんじゃないよ。ただアルネリアの影も形も無い所を見ると、ここは思ったよりも北側なのかもしれない。アルネリア教会はガーシュロンのあまり深い土地にまで来ないはずだから」


 ミランダが悩む様に、馬の手綱ごと腕を組みながら答える。


「じゃあここがどこかはわからないの?」

「うーん、有り体に言えば。でももしここがアルネリア教会も分け入らない様な地域なら、町には寄らずに早く抜けちゃった方がいいかもしれない」

「なんで?」

「相当の危険地帯だからさ。荒んだ土地では魔物より人間の方が怖いからね」


 その言葉に全員が嫌な感情を覚えながらも、なんとなくアルフィリースには納得できることでもあったので、黙ってそのまま進んで行く。先のユートレティヒトの事もある。ミランダの助言に従うのが得策かも知れなかった。

 ガーシュロンの紛争地帯はそこまで横には広くない。エアリアルの馬ならば、馬任せに駆けさせても5日程度で突っ切ってしまう。進度はそこまで早くないとはいえ、もう既に半ば以上は過ぎているはずなのだ。

 その時、ユーティが何かに反応したように顔を上げる。


「水があるわ。小さいけど川かしら」

「ホント? 水浴びできるかな?」

「まだ時期的には大丈夫な暑さだが・・・」

「そこまで急ぎましょう!」


 急に元気になったアルフィリースが馬の足を速める。他の面々もそれに続き、ダロンは無表情に走って付いてくる。


「川よ!」


 ユーティの声と共に、アルフィリースが飛び出して行った。


「やったー! もう喉が渇いて渇いて」

「馬にも水をやらないとな」

「それもいいけど後にしてよね、エアリー」


 そしてアルフィリースが水に口をつけようとした瞬間、ミランダがその体を引きとめる。


「待ちな、アルフィ」

「何よう」

「アレを見なよ」


 ミランダが顎で上流を指したが、その光景にアルフィリースは凍りついた。上流では数多の死体が川の中で死んでいたのだ。そしてアルフィリースは危うくその水を飲むところだった。気づいたエアリアルが少し高い所に登り、様子を確認する。


「・・・随分と多い。ざっと数百」

「戦争、かしら?」

「さあ。だけど、最近のことだね」


 ミランダが死体を確認しながら答える。


「どうしてわかるの?」

「死体が固い」

「死んだら普通そうでしょ?」

「しばらくはね。でも長時間経つと、逆に死体は柔らかくなるのさ。腐り始めるからね。戦いがあったのはごく最近かも」


 ミランダがいくつかの死体を確認しながら冷静に述べている。


「じゃあ私達は・・・」

「戦場のど真ん中に飛び込んだかもしれない」

「冗談じゃないわ。リサ、何かそんな気配はなかったの?」


 アルフィリースがリサの方を振り返る。するとリサは馬上でじっとしたまま動かないのだ。


「リサ?」

「あ・・・はい」


 アルフィリースの呼びかけにも、リサはどこかうつろだった。そういえばリサは今日はほとんど何も話していない。アルフィリースが話していてどうにも調子が狂うと思ったのは、リサのツッコミがないからなのだ。

 様子のおかしいリサに、アルフィリースが手を伸ばそうとした瞬間。リサの体がぐらりと揺れた。


「リサっ!?」


 馬上から崩れ落ちるリサを慌ててアルフィリースが抱きとめ、そのままアルフィリースの腕の中でぐったりとするリサだった。



続く


次回投稿は、6/25(土)19:00です。次回から新シリーズです。

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