開戦、その133~真冬の戦場⑥~
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「さて、ここからどうするか」
シルメラは溶かして崩した砦の残骸の上に鎮座していた。手には燃える大剣フラムベルジュ、そしてその視線の先では『白薔薇姫』イークェスが次の砦を崩壊させるところだった。
進撃を開始してからここまでわずか数刻、まったくもって脆いものだとシルメラは思う。そのシルメラは、起立したまま無愛想な表情で隣に控えるジェイクの方を見た。
「不満そうだな、少年」
「当然だ。無理矢理前線に連れてこられて何を見せられるかと思えば、ただの圧倒的な暴力ときた。これを何の参考にしろと?」
「戦争とは圧倒的な暴力だ。ただ純粋な暴力を経験したことはあるか、少年?」
シルメラの問いに、ジェイクは黙り込んだ。ミーシアの貧民街にいたころ、理不尽な暴力を経験していないわけではない。ただ、あれが生死に直結するほどだったかと言われれば、紛争地帯の事例を知った今になれば大したことなどないと思ってしまう。
このシルメラの目を見れば、ジェイクにもおおよその想像はつく。彼女は途方もない残酷な場面に何度も遭遇し、それらを乗り越えてきただろうことは。ただそれが良い経験として消化できているかどうかを、測りかねていた。
何を言わないジェイクを見て、ふいとシルメラは視線を戻した。
「戦争には何でもある。敵を駆逐する英雄も、倒れた仲間を助ける友情も、時に敵すら助ける慈愛もあるだろう。アルネリアが介入するようになってからは、特にそんな場面を見ることが増えた。だが、そんなものは全てまやかしだ」
「まやかし?」
「そうだ。戦争は所詮、行き詰まった政治的手段や交渉の延長として行われる暴力行為に過ぎない。相手との妥協点が見つけられないから、殴ってこちらの言うことをきかせますってことさ。つまり、最初の定義からして暴力以外の何物でもないんだ。途中で起きる全ての事は、副産物にしか過ぎない」
「それらを全てまやかしと言うのなら、それはそうかもしれない。で、何を言いたいんだあんたは? 突然アルネリアにやってきて、やる必要のない戦いをおっぱじめたあんたは?」
ジェイクの殺気を隠そうともしない視線を受けて、シルメラは薄く笑った。胆力だけは一人前。戦士としてなら大戦期にも沢山いたが、まだ少年の域を出ない年齢で、これほどの胆力を備えた騎士は見たことがない。
まだ大戦期の空気を纏う者がいるのかと感じて、少しシルメラは嬉しくなった。だから傍に置いてみたのだが、どうやら久しぶりに戦争に高揚し、はしゃいでいるのだと彼を傍において理解した。
だが、さすがに遊びでシルメラも仕掛けたわけではない。時間は数刻前に遡る。
「――邪魔するぞ」
サイレンスが率いていた人形兵が一斉に瓦解した合従軍の本陣に、突然2人の人物がやってきた。『炎髪姫』シルメラと、『白薔薇姫』イークェス。彼らはミランダの印章付きの証明書をエルザとアリスト目の前に突き出すと、一部隊の指揮権を寄越せと言いだした。
「何のために?」
「無論、戦争を続けるためだ」
澱みなく言い放つシルメラを見て、エルザは恐ろしさを感じた。彼女とはブラド=ツェペリンの居城である常闇の宮殿で会っているが、その時よりも凄絶さを感じる。どこか拗ねた少女のようだった元女勇者は、苛烈な戦士としてこの場にやってきた。
深紅の鎧と、白銀のドレスで身を固めた2人のその姿を見て、エルザはこの場から下がりたいほどの威圧感を受けていた。やはりあの時はただ社交の場として彼女たちは応対していただけで、殺伐とした雰囲気すらも、優雅に取り繕っていたのだ。この殺気こそが、本来の戦士としての彼女たちの姿なのだと。
それでも混乱のさなか、現場の指揮権を預かる身として、引きさがるわけにはいかなかった。
「今は戦争どころではないわ。人形だったとはいえ、合従軍の七割が消失したのよ? 部隊の編成だけでも数日じゃあ――」
「必要ない。意思の疎通がままならない人形がいなくなったのなら、まさに好都合。人間だけとなった好機に、なぜ攻め込まない? ローマンズランドは悪の巣窟。カラミティの本体だっているのだろう?」
「だけど、合従軍は本来無体を働いたローマンズランドを征伐するために集まったのであって、カラミティを倒す役割を背負ったわけでは――」
「ふん、臆したか。ローマンズランドもカラミティも同じようなものだ。冬が終われば全力のカラミティが攻めて来る可能性もあるというのに、悠長な考え方だな。もういい、我々だけでやる。神殿騎士団から20名ほど寄越せ。それだけいれば、ローマンズランドごとき陥落させるには十分だ」
「な――」
あまりのシルメラの物言いにエルザが反論しかけた時、イークェスがその肩に手を静かに置いた。ただその手の圧力があまりに重く、エルザは身動き一つとれない。
「ま、事情はわかるわ。でも反撃に出るなら、今しかないの。それがわかっているから、アノルン大司教は我々にこの証書を託してここに寄越させたのよ。膠着している様なら、戦局を打開してほしいってね」
「膠着といえばそうだが、それはそんな意味では」
大司教の証書にある日付は、一ヶ月近く前のものだ。そんな時にサイレンスの去就についてわかるわけがない。サイレンスがいると仮定して、送られた増援のはずだ。
イークェスがそんなことも理解できないのだろうかとエルザは訝しみながらも、強引すぎる彼女たちを止めることはできなかった。なぜなら、彼女たちが持つ証書には、エルザから指揮権すら奪い取るだけの権利が保障されているのだから。
続く
次回投稿は、12/18(日)18:00です。