開戦、その132~真冬の戦場⑤~
城門の最後尾で指揮を主に取るのは、リサとフォスティナ。彼女は勇者として知名度もあるし、ローマンズランド軍を相手にしても引き下がらないだけの胆力を持つ。また本来は単独行動が得意だが、別段集団の指揮ができないどころか、むしろ得意ですらあった。勇者としての称号はやはり伊達ではないことの証明でもあり、彼女自身が身重で満足に動けないながらも何かで貢献しようとしている気概でもあった。
フォスティナはアルフィリースによる時間停滞の魔術を定期的にかけなければいけないため、アルフィリースと数日離れることはできないが、その分頻回に前線に顔を出して皆を引き締めていた。今はダロンもこちらにいるため、さしものローマンズランド軍も嫌味すらこちらに言うことができない。ダロンが率いる巨人の部隊は、いるだけで威圧感が凄いのだ。
アルフィリースが向かったのは三の門の詰め所だが、そこに主だったイェーガーの幹部が集結していた。
「状況は?」
「最前線はローマンズランド陸軍が主に警護をしています。イェーガーがいるのは、中間あたりの出城からです。我々は数日前に追い散らされましたよ」
「ローマンズランド陸軍の気概かしら?」
「奴らに見栄以外の感情なぞありはせんでしょう。気概があるなら、戦っている最中に我々の前に出ようとしたはずです」
幹部たちがははは、と笑う。アルフィリースは少しだけ口元を綻ばせて彼らに同意し、そして表情を引き締めた。
そしてダロンが続ける。
「奴ら、睨んでいないと何をするかわからない」
「と、いうと?」
「俺たちがいない間、いや、イェーガーでも幹部がいないところではしょっちゅう諍いが起きている。ちょっかいを出された女性団員もいた。長期の滞陣で風紀が緩んできている」
「部隊アフロディーテがいても?」
「人数が違う。アフロディーテはせいぜい200人。奴らは2万人だ。ターラムから連れてきた娼婦だって、100名もいない」
「持て余すなら、仕事をしろってんだ」
苦々しく吐き捨てるように誰かが言った。ローマンズランド陸軍が唾棄すべき存在だとは、誰もが感じつつある。それでも彼らとて馬鹿ばかりではない。そのような感情を抱いていると、それは態度に出る。やがて諍いに発展することは目に見えていた。
よくない空気だ、とアルフィリースは感じる。こうなることはわかっていたが、それでも少し早すぎる気がする。誰かの悪意の影がちらついているように思えてしまう。
外に出ることもできればまだ違う。運動で発散することもできるだろう。だがこの寒さでは、半刻と外にいることすら辛い。まして燃料や食料も制限をしている。人肌を求めるのは、人間の本能だろう。
リサが手を挙げた。
「ローマンズランド空軍は何をしているのです? 竜騎士たちは精鋭、さすがにそのよな風紀の乱れはないでしょうが」
「やはり数が違います。アンネクローゼ殿下の竜騎士団は規律正しく過ごしていますが、彼らとて陸軍を御せるわけではないのです。目につけば止めもしてくれますが、それ以外を期待することはできないでしょう。まして、彼らが滞在している館は宿舎は違います。わざわざ他の宿舎や館に行って見回りをするわけでもない」
幹部の一人が答えた。諦めにも似た空気が流れ、アルフィリースもふぅと息を吐いた。
「敵がいなくなったと思ったら、今度は味方が問題か。陣を離すわけにもいかないし、困ったものね。各人、必ず数名で行動し、独りになる瞬間を作らないようにして頂戴。隙を見せてはいけないわ、彼らは既に味方とは言い難いかもしれない」
「「「了解しました」」」
「・・・敵がいないとは言えないかもしれませんね」
リサが砦に立たせているセンサーからの連絡を受けたようだ。ソナーの飛ばし方で連絡を受けているが、手の指を3本上げていることから、緊急連絡とわかる。幹部たちの緊張感が増す。そしてリサの表情が驚きに満ちた。アルフィリースをして、リサがここまで驚くのを見るのは珍しい。
「・・・アルフィリース。今、アルネリアと連絡が取れますか?」
「いえ、通信手段はないわ。ミランダとも無理よ。ヴァルサスからも連絡がないところを見ると、そちらも頓挫した可能性が高そうね」
「アルネリアが攻めてきました」
その報告に、ざわ、と空気が揺れた。フォスティナとダロンも驚きに目を見開いたが、アルフィリースとて怪訝な表情を隠せない。ミランダがいない間の指揮官はエルザとアリストのはず。彼らが陣頭指揮を執る限り、戦争が再開されることなどないと思っていたが。
アルフィリースは後方で、全体を見渡す位置にいるリサに声をかけた。リサの元には、今もセンサーから継続して連絡が来ているようだ
「リサ、詳細はわかる?」
「はい・・・ええ、敵の数はおおよそ数十。ただ、そのどれもが尋常ではなく強力で、並みの弓や武器が通らないと」
「まさか、魔晶石装備の神殿騎士? 彼らを投入しているというの?」
だとしたら、余計に理解ができない。それは魔晶石で身を固めた神殿騎士団を投入すれば、強引にでもローマンズランドを陥落させることは可能かもしれないが、その判断を下すのは誰なのか。この戦の争点は、ローマンズランドを敗北させることではない。そんなことは事前にミランダと打ち合わせているはずなのに。
ところが、アルフィリースの思考を待たずして、リサの表情はさらに困惑することになった。
「え、ええ? たった2人に、砦が2つ落とされたと?」
「2人? アリストとエルザじゃないでしょうね?」
「いえ、ちょっと待ってください・・・敵は女が2人で、名乗りを上げたと・・・少なくとも、片方の名前は『炎髪姫シルメラ』と名乗っているようです」
「シルメラ? 炎髪姫シルメラですって!?」
一番驚いた声を上げたのはフォスティナ。アルフィリースが問う。
「その名に心当たりが?」
「知っている者もいるのでは? 傭兵の中では伝説級の存在です。女性として初めて勇者認定を受け、さらに炎の精霊騎士でもあった傭兵。大戦期に数多いる英雄の一人ですが、もっとも苛烈で残酷でもあった戦士。大魔王に屈してその眷属となることでギルドの歴史からは抹消されましたが、歴代の女勇者では最強との呼び声も高い。その得意分野は――」
フォスティナの呼吸が、嫌な間を作る。
「戦争と、攻城戦」
続く
次回投稿は、12/17(土)18:00です。不足分連日投稿します。