開戦、その131~ハイランダー家②~
「エ、エルリッヒなのか・・・?」
「そうですよ。半年ぶりですね、ミラ姉さま」
「男子、三日会わざればとは言うが、その姿はいったいどうしたことか」
驚くミラを見て口元を綻ばせるエルリッヒ。その態度は子どもらしくもあり、同時に誇らしくもあるようだった。
「良い薬が手に入るようになったのです。そのせいで息苦しさもまったくなくなり、食欲も旺盛で。それで体が本来の体格にまで成長したのではないかと、典医に言われました。見てください、ほら!」
エルリッヒが腰の剣を抜いて素振りをしたが、その鋭さはとてもではないが12歳のものとは思えない。ハイランダー家の男子だからといえばそれまでかもしれないが、体幹も鍛え上げられた歴戦の戦士のような剣を振るう。
アルフィリースはどこかしっくりこない表情でその様子を眺めていたが、ミラは感動のあまり今にも泣きそうになっている。
「その姿・・・ルイ姉ぇに見せればどれほど感激するか」
「ルイ姉さん、もう4年はお会いしていない。いまだ息災でいらっしゃるのですか?」
「ああ、彼女は――」
ブラックホークにいる、と言おうとしてミラは思いとどまった。今は戦争中、そしてブラックホークは合従軍の側にいるのだ。このまま戦線が膠着状態になれば手紙のやりとりくらいは許可されるかもしれないが、それにしても厳冬の中ではそれすらもままなるまい。
少なくとも春になるまでは待つ必要があると考え、ミラは口ごもった。
「――傭兵として、息災でやっているさ。どこにいるか詳細はわからないが、春になったらギルドに便りを寄越してみよう」
「ええ、是非とも。姉さまにも僕の姿を見ていただきたいな」
「ルイがどんな顔をするか、楽しみね」
レダも笑ってエルリッヒとミラの肩にそっと手を添えた。アルフィリースは感動の再会にしか見えない彼らに絆されながらも、物事を額面通りに受け取れないと思っていた。えも言われぬ違和感が、目の前で形を成したような気さえすると思いながら、知り合いの家族の幸せを素直に受け取れない自分の立場と精神状態を残念にも思う。
本来の見舞いは意味をなくし、このままでは単なるお邪魔虫だと思ったアルフィリースはそのままハイランダー家に暇を告げようとしたところ、家令の一人が慌てて部屋に入ってきた。主が呼びつけてもいないのに入室するのはやや無礼にあたるが、家令がレダに耳打ちすると俄にレダが厳しい表情となる。
「ミラ、あなたに伝令よ。外の離れに待たせているわ」
「伝令? ここまで来るとは、急用だな」
「私もお暇させていただきますね、お見舞いの必要もなくなったようだし、ただのお邪魔になりそうなので」
アルフィリースがミラと同時にハイランダー家を辞そうとすると、エルリッヒがアルフィリースの手をすっと取った。
「すみません、おもてなしもできず。今度ゆっくりと各地の話を聞かせてください。私もせっかく元気になったので、いつか旅をしてみたいのです」
「それは構いませんが、辺境伯の跡取り息子を傭兵団に迎えるのはちょっと緊張しますね。明日をも知れない仕事ですから」
「それまでには十分鍛え上げておきますとも!」
「エルリッヒ、女性の手を許可なく取るのは失礼よ?」
レダにウィンクされて、エルリッヒは顔を赤らめて手を放した。
「す、すみません!」
「いえ、お気になさらず。傭兵稼業の女の手では、面白みにも欠けるでしょうが」
「そんなことは! 貴女は美しい方だと思います!」
「エルリッヒ、自重なさい」
レダに叱られ、しゅんと委縮するエルリッヒ。アルフィリースは苦笑いをしながら、最近年下に好かれるなぁなどとくだらないことを考えながら、先に出たミラを追う。そして庭の離れで伝令と会っているミラの表情が険しいことに気付いた。
「なんだと! それで――そうか。わかった、すぐに向かう」
「何があったの?」
「休暇は切り上げだ。前線で――」
「ミラ様」
アルフィリースがミラの元に向かうと、伝令が気まずそうな表情となった。それだけである程度の事情を察するアルフィリース。
「私に聞かれてはまずい話だったかしら?」
「いや、むしろ知らせなくてはならないが――むしろアルフィリースの下に伝令は来ていないのか?」
「ここにいることは伝えているのですけどね、まだ何も来ていないわ。そうなると合従軍に動きがあったということね。ローマンズランド陸軍には疎まれているから」
クラウゼルと共に策を練り、ローマンズランドを守る傭兵団を指揮するアルフィリースのことを苦々しく思う陸軍将校は多い。隙あらば足を引っ張ろうとすることも日常茶飯事で、必要な連絡事項が届かないこともしょっちゅうだ。ミラがアルフィリースと仲良くしていれば、ローマンズランド内での立場がまずくなると伝令は思ったのか。ただでさえミラは急な出世で妬まれる立場にある。
国家存亡の時にくだらないとアルフィリースは呆れてもいるが、自分たちだけの手で祖国を守るには不十分とされた彼らの気持ちもわからないでもない。もし自分たちがおらず彼らだけしかいなかったならば、彼らはきっと最後の一兵までこの国を守ろうとするだろう。その彼らの歪んだ誇りと気位が自分たちに向かないようにと、ドードーやカトライアと共に心を砕いていた。特にドードーもカトライアも口癖のように言う。戦場で一番厄介なのは、敵ではなく意に沿わぬ味方だと。
アルフィリースは伝令にも気遣わざるをえなかった。
「睨まれるようなら、私には何も言わなくてもいいわ。少々遅れたとしても、私の所にも伝令が来るでしょう」
「いや、だが」
「私は前線の砦に向かう。どのみち明日には顔を出すつもりでいたのだから、気分が変わって今日向かったと言えばいいだけだわ。ミラとその仲間は何も言っていない、それでいいわね?」
「すまぬ、気を使わせる」
ミラが一礼をしてアルフィリースを送り出す。その途中、アルフィリースは言おうかどうしようか迷った言葉を告げた。
「ミラ・・・好事魔多しと言うわ。足元には気を付けてね」
「うん? 何を言うかと思えば、わかっているさ」
「そう、ならいいわ。ああ、一つだけいいかしら? 宮殿と、この第三層を行き来できる人物で、一番移動の頻度が高いのはどんな人たちかしら?」
「それは決まっている、人足代わりの竜騎士だろう。それがどうかしたか?」
「・・・そっか」
アルフィリースはやはりしっくりこない表情となったが、それ以上は何も言わずハイランダー家をあとにした。その道すがら、ルナティカが影のように傍につく。
アルフィリースはさらさらと手元で筆を走らせると、ルナティカに渡した。
「この紙に書いたことを、至急調べて頂戴」
「・・・一日では無理かもしれない。手分けする」
「あと重騎士ガイストは、今どこに?」
「数日前に第三層に下りているはず。イェーガーの宿舎で世話をしている」
「あとで会うわ。とどめておいて」
「承知」
ルナティカが消えるように去ると、アルフィリースは前線の方へと足を向けた。
続く
次回投稿は、12/13(火)18:00です。