開戦、その130~ハイランダー家①~
ハイランダー家の中は貴族とは思えぬほど質実剛健で、華美な装飾は一切なく、いっそ清々しいほどに閑散としていた。普段から飾ることもないのだろうが、仕留めたらしき獣や魔獣だけがはく製にされていたりして、武家であることだけはよくわかる。
見れば、女中や家令もどことなく武人のようなたたずまいで、指がない者や足が不自由な者がほとんどのようだ。
「まるで訓練場ね。あるいは退役軍人の保養所かしら」
思わず正直な感想がアルフィリースの口をついて出ると、ミラがふっと笑う。
「正直な感想だな。貴族らしくないだろう?」
「あ、いえ。馬鹿にしているわけじゃないんだけど。良い意味で貴族らしくないわ」
「いいんだ、私はハイランダー家はこれでいいと思っている。東の国に行ったことはないが、アルネリアでの目も眩まんばかりの装飾を見て、肌に合わないと実感した。もちろん飾り立てるに足るだけの貴族もいるだろうが、装飾に負けてしまうようでは貴族のなんたるかもわからなくなるだろう。ローマンズランドは厳しい台地、その辺境伯たる我々ハイランダー家は、武器をとって先頭に立てるだけの鍛錬を積んでいなければならぬ。その我々に、中央や東のような装飾にかまける暇はない。それに、戦えなくなった者の受け皿となるのも貴族の義務だと思っている」
「そうねぇ、名よりも実だけを取るならね」
アルフィリースとしてもハイランダー家には好感が持てなくもないが、それだけで世の中が回らないことも知っている。立場に応じた装飾や見た目は、相手を威圧したり、まだ見ぬ相手に自分を表現し、想像させることにも役立つ。いわゆる「ハッタリ」が好きかどうかは別として、大切なこともアルフィリースは重々承知していた。
そんな煮え切らないアルフィリースの表情を見て、ミラも苦笑いした。
「言わんとすることはわかるつもりだ。だが、これでしか生きられない者もいる」
「お父上とか?」
「わかるか」
「なんとなく、だけど。この館には生活感が全くないもの。家族とどう接していいか、わからないのかしらね」
「・・・その通りだと思う」
アルフィリースの言葉を、ミラは沈んだ表情で肯定した。エルリッヒが唯一の男子として生まれた時の父の喜びようは大したものだったが、それからほどなく妻が亡くなり、しばらくしてエルリッヒの体が強くないことを知ると、まるで家に寄りつかなくなったそうだ。
寝食もほとんど軍内で済ませてしまい、年のほとんどを遠征で終わらせる。ひどいと新年ですら家にいない。当主がそれでは、当然、家令や女中もエルリッヒを持て余す。
聡いエルリッヒはそんな父の行動の意味をわかっていたようで、一度だけ「私のせいですね・・・」と呟いた以外は、寂しいとも悔しいとも、一言も口にしない。そういう気性だけは武家のものなのに、どうして運命はエルリッヒに強い体を与えなかったのかと、ミラは何度も声にならない悔しさを訓練にぶつけてきた。
「レダ姉も、ルイも、エルリッヒのことは気にかけていたが、いつも傍にいられるわけではない。そうこうするうち私も軍属になり――まさかスウェンドル王の親衛隊に抜擢されるとは思っていなかったが、帰宅するのは半年ぶりのことだ」
「え、そうなの? じゃあ、その間エルリッヒ君は一人?」
「そうなるな。だけど今は――」
「あら、ミラじゃない。久しぶりね」
突然目の前に現れた黒いドレス姿の貴婦人に呼び止められ、ミラとアルフィリースはびくりとして立ち止まった。ヒールのある靴で歩いているはずなのに、まるで気配と足音を感じなかったからだ。
ミラもアルフィリースとさほど違わないほどには身長があるが、そのミラよりもさらに頭一つ近く高い女性。北国の住人らしく大きな骨格なのに、立ち振る舞いはとても女性的で、なおかつ武芸の心得もあることを明確に理解させる隙のなさ。
なるほど、ルイとミラをめかし込んでドレスを着せればこうなるかもしれないと思わせる、見本のような女性だった。
「レダ姉ぇ」
「こら、お客人の前でしてよ。お姉さま、か、姉上にしておきなさい。それともおねえちゃまにする?」
「い、いつの頃の呼び方ですか!」
ミラがからかわれて赤くなったので、ああ、良き姉だなとアルフィリースも思わず表情を綻ばせた。レダは小さくドレスの裾を掴んでアルフィリースに挨拶すると、自己紹介した。
「失礼いたしました、お客人。ハイランダー家当主代理を務めております、レダ=ナイトルー=ヴォルターナと申します。以後お見知りおきを」
「これはご丁寧にどうも、私は――」
「存じ上げておりますわ。天翔傭兵団の団長アルフィリース殿。今をときめく高名な戦士を当家にお迎えできるのは武家の誉。戦時中ゆえ大したもてなしもできませんが、どうか我が家と思ってくつろいでくださいませ」
レダの挨拶に、アルフィリースも礼を返す。このあたりはすっかりと統一武術大会で慣れてしまった。
レダは無愛想なルイやミラとは違い、お茶でもてなしながら気さくに対応してくれた。途中、様々ことも聞けた。一度でも騎士として勤めた貴族はミドルネームにナイトルーを名乗ることが許され、レダ自身も嫁入りするまでは軍属だったこと。ほとんど家にいない父と違い、ルイやミラの武芸の師匠でもあること。現役だった頃には、ルイにもミラにもほとんど一本を取らさないほどの腕前だったらしい。
それほどの猛者でありながらどうして辞めたのかと聞けば、ただ一言「向いていないから」というのがレダの答えだった。
「それに、私が我儘を言ったばかりにルイやミラが政略結婚に使われるというのもね」
「姉さん・・・」
「熨斗をつけて返されそうだし。ハイランダー家の名誉が傷つくどころか、崩壊しそう」
「姉さん!」
ミラをからかいながらころころと笑うレダを見て、随分とレダに明るい印象を抱くアルフィリース。
そうこうするうちに、居間には予想外の人物が自ら登場した。
「失礼します、姉上」
「あら、エルリッヒ。まだ呼んでいないわよ?」
「すみません。楽しそうな話し声が聞こえたので、待ちきれなくて」
アルフィリースは驚いていた。目の前にいる精悍で知的な少年は、既に成年へと変貌を遂げそうなほど若き輝きに溢れていた。病弱な印象など微塵も抱かせず、むしろジェイクよりも大人びて見えるほど、体つきもがっしりとしている。
ところがそれはミラも信じられないのか、開いた口が塞がらないといった様子で、危うく手の中のティーカップを取り落とすところだった。
続く
次回投稿は、12/11(日)18:00です。