開戦、その129~真冬の戦場④~
「アルフィリース団長」
「何か変わった動きがあるかしら?」
「おおよそ想像通りですが、一つ嫌な動きが。第三層と二層にエクスペリオンが出回っているかもしれません」
「エクスペリオンが?」
かつてアノーマリーが製作した、投与次第では魔王を製造する薬。ターラムで出回り、その販売経路は商人ヤトリのものも含めて、全て潰していたと思ったのだが。
ここに来てそれらが出回ることに、違和感を覚えるアルフィリース。
「あれはアルマスも嫌悪していたわ。物資のほとんどをアルマスと我々に頼っていたローマンズランドのどこから、そんなものが?」
「調査中ですが、半月ほど前から密かに出回り始めたようです。まだ魔王化した者はいませんし、流通量もごく少量。少量であれば、ただの快感を得るための媚薬とさほど変わりませんが、それが何の意味を持つのかまだ測りかねています」
「抑えられそう?」
「いえ、難しいかもしれません。第三層に流通するとなると、流通元がローマンズランド貴族の可能性が高いので、強引に押さえようにも我々の権限では立ち入れない場所もありますし」
「ローマンズランド貴族」
アルフィリースにも意外な事実と流通経路。北部商業連合も抑えたはずなのに、独自の流通経路を持つ貴族がローマンズランド国内にいるのだろうかと、アルフィリースですら掴んでいない情報だった。
とはいえ、まだ害のない段階なら、調べることしかできない。
「またあの薬の問題がついて回るのね・・・引き続き調べて頂戴。ローマンズランド陸軍の暴走は抑えられそう?」
「はい、今のところは。幹部の方々には上手く穏やかに『なる』か、よく『眠って』もらっていますので」
プリムゼの魔術の内容は、かなり応用がきく。花の香りに合わせて、あるいは薬湯や食事、それにハーブティーに乗せて効果を広めることができる。それ次第では、相手を思うがままに夢の世界に誘ったり、あるいは幻惑、誘惑することも可能だ。
今はその力を暴走させないことに使用してもらっているが、プリムゼがその気になれば、ちょっとした騒動を起すことも可能だろうし、なんなら広範囲で洗脳することも可能だろう。味方でよかったと、安堵するアルフィリース。
「その調子で頼むわ。私はこれからハイランダー家に赴くから」
「ええと、ローマンズランドで有名な武家の一つですね。たしか爵位は伯爵だったと聞いています」
「ルイって、伯爵令嬢だったのか」
似合わないな、などとルイに失礼なことを考えるアルフィリース。同時に、あの無愛想なルイに無理矢理ドレスを着せてみたくもある。レクサスがどんな反応をするか想像するだけでも、ちょっと口元が緩みそうだ。
「それはいいとして、他に情報はある?」
「いえ、主に辺境勤めをすることになる純粋な武家で、政治とは無関係な立場にある方がほとんどです。現首領もその兄弟も全て出陣していますし・・・あ、でも嫁入りした長女が帰省しているようです」
「長女となると、ルイとミラのお姉さんか。どんな人だろう」
アルフィリースは少し引っかかったような気もするが、その違和感の正体が何かは理解できずに、プリムゼの報告を聞いたその足でハイランダー家へと向かった。
その途中、アルフィリースは貴族が中心に住んでいる第三層をゆっくりと歩いてみたが、貴族の住居にしては質素で、東側のイーディオドなどとは比べ物にならないと思う。もちろん尚武かつ質実剛健が国の気質だということもあるだろうが、同時にこの高地に建材を運ぶことの困難さも伴うだろう。
それでもどこか甘ったるく、頽廃的な雰囲気が漂うも事実だ。今は国から脱出した貴族や、既に継ぐ者のいなくなった家屋を主に傭兵の宿舎として貸し出してもらっているが、これだけの傭兵と陸軍を収容してなお十分だったところをみると、既に国としては終わりに近づいていたと感じざるをえない。
「アンネは、どんな気持ちでこの光景を眺めてきたのかしら。それとも、目を背けたくなるあまり、軍務に没頭した? ブラックホークのアマリナにも聞いておけばよかったなぁ」
かつてアンネクローゼを鍛えたという、逸話にもなりそうな女竜騎士ともっと話をしておければよかったと思う。人材の流出は国の崩壊の始まり。それはどこでも同じだろうが、生まれた土地を離れるのはどんな気持ちだろうか。アルフィリースは遠い昔のこと過ぎて故郷の印象も薄れつつあるが、20年も住んでいれば愛着も相当なもののはずだと想像する。
それはローマンズランドの陸軍や他の軍人や貴族も、同じなのだろうか。通常の軍の野営と違い、それぞれが分散して屋敷に籠っているため、互いの顔が見えないのは不安だとアルフィリースは感じる。この寒さで外を散歩する者も見当たらず、外を歩く自分に向けられる視線はそこかしこから感じるものの、誰からも声はかからない。
まるで廃墟かゴーストタウンのようだと感じて、身震いするのは寒さのせいばかりではあるまいと思いながら、アルフィリースは目的のハイランダー家の屋敷に到達した。
「たのもー」
アルフィリースが声をかけると、口をへの字にしたミラが直接出てきた。軍に所属している時の鎧姿ではないが、まるで男装の麗人とでもいうべき男性的な恰好をしていて、ドレスが姿を見たかったのにと、アルフィリースは内心で不満を抱いた。
その感情が表にでたのか、ミラが呆れたようにため息をついた。
「なぜそんな顔をする」
「だって、ドレスじゃないし」
「あんなひらひらした格好は好かん。それより、なんだその声かけは。ハイランダー家に押し入るつもりか」
「武家だからそうなのかなって・・・ルイもそんなだし」
「姉はどんな印象をあなたに与えたのだ」
「初対面の時は、部下の頭を漬物石で殴ってた」
「姉さん・・・」
ミラがこめかみに指を当てて盛大にため息をついた。しばらくの後、気を取り直してアルフィリースを案内するミラ。家令や召使に応対させず自分で出てくるあたり、既に東のような貴族社会とは違うんだよなぁ、などと思いつつも、しっかりとハイランダー家の内部を観察していた。
続く
次回投稿は、12/9(金)19:00です。