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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その128~真冬の戦場③~

「ルイから聞いたのか?」

「ええ」


 ルイからの手紙に書いてあったことは伏せ、曖昧にしておくアルフィリース。ミラは小さく溜め息をつくと、勝手に話し始めた。


「この冬はまだ大丈夫だろう」

「『この冬』は?」

「成人はできないだろうと、元より医者に言われている。肺が弱すぎるんだ。しかも、ローマンズランド高地の清浄な空気でないと駄目らしい。それ以外の土地で弟は生きていけないそうだ」

「つまり・・・」

「ああ、ここ第三層から出たことは一度もない」


 ミラが語ってくれたことには、一日だけ下に下りようとしたことがあるが、すぐに呼吸が止まりそうになって一日たりとも滞在することができなかったそうだ。医者も見たことがない奇病。アルネリアに頼らないローマンズランドだからこそ発達した医療水準をもってしても、原因も対策も何一つわからなかった。

 わかっていることは、成人を迎える体力はないだろうということだけ。体も歳の割に小さく、既に12歳のはずなのにまるで8歳にしか見えないとのことだった。


「弟は――エルリッヒは心優しく賢い。6歳の時には学者も苦労する専門書を読み漁り、そして自ら医学書を読んで絶望した。それでも、生きることを苦痛だと言ったことは一度もない。我々の前では常に笑顔なのが、逆に悲しくてね」

「ひょっとして、ルイがローマンズランドを出たのは」

「いや、それは上官との諍いが直接の原因だ。だけど、ついでにエルリッヒの治療法を探していたかもしれない。エルリッヒは一番ルイに懐いていたし、もうローマンズランドではどうしようもないことはわかっていたから」

「(ああ、だから――)」


 ルイはミリアザールを何事かを話し込んでいたのか、と以前深緑宮のことを思い出す。あの時はヴァルサスの伝言が直接の用向きだったが、それ以外にも何かを話していた様子があった。その時の落ち込んだ表情も、おぼろげながら覚えている。

 ルイがあのような表情をするとなると余程のことだと思い、一度も踏み込んだことはないが、きっとその話題だったのだ。おそらくは、ミリアザールの魔術をもってしてもどうにもならないものなのだと。

 アルフィリースは思い話題に、ため息をついた。


「私もエルリッヒ君を見舞ってもいいかしら?」

「それはもちろん構わないが――いや、傭兵として各地を転戦するアルフィリース殿の話はエルリッヒの心の慰めになるだろう。是非ともこちらからお願いしたい」


 ミラが素直に頭を下げたので、なんだかおもはゆい気持ちになるアルフィリース。スカイガーデンからは一定の間隔で第三層に降下する必要があり、高地で病気にならないようにするための処置だそうだ。埋まれが高地のローマンズランド人以外では、常に高い場所で暮らすと病気になりやすいらしい。

 丁度よいので、アルフィリースは息抜きをしつつ、第三層での生活や訓練の様子を情報収集している。そのついでに見舞えばいいだけの話だった。

 翌日になり、アルフィリースは第三層に降下した。数日ぶりのことだが、少しずつ空気が変わっていることをアルフィリースは感じている。二の門が陥落した時、ローマンズランド軍の空気が一瞬で変わった。殺気立ち、苛立ち、ちょっとしたことでも諍いが起きるようになっていた。こんな時に冷静なのが傭兵の方というのはなんとも皮肉だが、積み重ねた実戦経験が全く違うということだろう。

 それでもブラウガルド殿下やアンネクローゼが睨みを聞かせている時にはさほど問題にもならないのだが、今や王族はアンネクローゼしかおらず、彼女とその中心足る竜騎士団がスカイガーデンに上がっている時には、一度に風紀は乱れるのだった。アフロディーテが上手く彼らを慰めたり宥めたりしていなければ、そのとばっちりはイェーガーに振りかかっていてもおかしくはない。

 現にローマンズランド陸軍との小競り合いは10数件報告されており、ターラムから同行をお願いした娼婦たちも、その役割を存分に果たしつつあった。現にアルフィリースが降下したところ、すぐに報告すべくイェーガーの幹部たちが近づいてきた。アルフィリースはミラに少し時間を取るようにお願いし、ロゼッタから報告を聞いた。その表情からも、あまり良くない報告のようだ。


「どうしたの、ロゼッタ。合従軍の進撃は止まったはずよ?」

「ああ、そっちは大丈夫だが――予想以上に陸軍の奴ら、使い物にならねぇ。戦にはでねぇ、前線に立ってもへっぴり腰、なのに後方では偉そうに威張り腐りやがる。戦場で真に恐ろしいのは潰走する味方や裏切った味方とは言うが、あいつらはいねぇ方がましだな。食料が減るだけだ」

「それでも、存在する以上は無視もできない」

「その通りだ。今は部隊アフロディーテが上手く立ち回ってくれているし、イェーガーで暇を持て余した女連中も、そのぅ」


 ロゼッタが言いにくそうにしたので、アルフィリースは肩を叩いた。


「節度と風紀が守られていれば、特に規制はしないわ。どんな相手でも、争うよりは仲が良いに越したことはないもの」

「そう言ってくれるとありがてぇな」

「どのくらいもつ?」

「物資の減りは止まったし、食料は細く食いつなげば雪解けまではなんとかもつだろ」

「なんとかなりそう、か」

「だといいが」


 幹部からの報告が無難に終わると、今度はターラムの娼婦たちを取りまとめているプリムゼから報告があった。彼女はその容姿から小間使いと思われているのか動きやすいことと、花の魔術を用いた情報収集を行っており、間諜としてこれ以上ないくらいに有能だった。

 彼女の能力を活かして、様々なことを探ってもらっている。



続く

次回投稿は、12/7(水)19:00です。

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