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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その127~真冬の戦場②~

「ヴァルサスから? いつ?」

「これはたまたまなんだけど、サイレンスの逃走ルートに行く途中にヴァルサスがいたんだ。それも、この封書を持ってね。まるで僕が来ることを予想していたみたいだったよ。勘が鋭いとは思っていたけど、不思議な人だ。ルイさんは、そのついでにたまたま」


 レイヤーでさえも呆れたように心底驚いた表情だった。アルフィリースも思わず張り詰めた緊張が解けるように、少し笑ってしまう。


「何が起きても、ヴァルサスだと納得しちゃうわね。どれどれ・・・」


 だが機嫌がよかったのもつかの間、開封して手紙を読むアルフィリースの表情はみるみる曇った。


「・・・なるほど、状況はより悪くなったようね。知っておいてよかったかもしれないわ」

「想定の範囲内?」

「そうね、かろうじて」


 アルフィリースの言葉に、リサがぴくりと反応した。かろうじて、ということは、想定しうる最悪の形に近いということの暗喩。想定外でないことが救いなのかどうか、他の者にはわかるまい。

 リサは質問をしようとして、止めた。おそらくはアルフィリースが望む問答ではないし、必要ならアルフィリースから皆に伝えるだろう。

 アルフィリースは無表情のままルイの封書を開けて、中身を確認する。こちらは見ても表情が変わらないままだ。


「ミラって、今は勤務中かしら?」

「常にスウェンドル王の傍に侍る必要はないようなので、用事があればこちらに来れると思いますが」

「彼女にも立場があるでしょう、こちらから出向きます。レイヤー、これで用件は終わり?」

「いや、最後に一つ。これだ」


 レイヤーはドゥームから渡された、記憶の成る実をアルフィリースに見せた。入手した経緯を離すと誰もが顔をしかめたが、アルフィリースはそれを興味深そうに回しながら観察している。


「これをドゥームが?」

「ああ、活かせる人もいるだろうって。取引だと言っていたよ」

「ふーん」


 気のない返事をした後、アルフィリースは突然その実を齧った。以前レイヤーが齧った場所だったので思わずどきりとしたが、それよりも食べたことそのものにその場の多くは慌てた。


「ア、アルフィ! あんな悪霊の寄越した物を――」

「ドゥームの性格はわかっているわ。面白くなりそうな方向にしか、物事を動かさないはずよ。なら今一番面白いのは、私がこれを食べることのはずだけど――」


 アルフィリースの脳裏にはいくつもの情報が流れ込んだが、その中で決め手となる情報はなかった。もちろん実を全て食べればその可能性もあるが、アルフィリースはわずかな情報でどうするのが最適解かわかったようだ。

 すぐに筆を執って封書をしたためた。


「これをラキアに渡して。実の残りはカザスと半分こして頂戴」

「ラキアならラインのところにいるはずだけど――いいのかい?」

「ええ。私である程度絞り込んだけど、カザスの地理的な知識と、ラキアが実際に見ることが必要だわ。早ければ、数ヶ月もかからずオーランゼブルの工房の場所がわかる」

「「ええっ!?」」


 この解答に周囲が驚き、レイヤーは表情を一層引き締めた。なるほど、ドゥームは嘘をつかず、アルフィリースに渡した判断は正しかったようだ。


「わかった、必ず届ける」

「お願いね。でかしたわ、レイヤー。上手くいけば、あなたの情報が決定打になるかもしれない。お手柄よ、特別報酬に欲しいものはある?」

「特別報酬」


 レイヤーは褒められたと気付くと気分が高揚する自分を感じ取り、同時に想像もしていなかった特別報酬の話で舞い上がってしまった。かといって特に物欲があるわけでもないし、統一武術大会の報酬でそれなりに金銭にも余裕がある。普段から一切の無駄遣いをしていないので、貯蓄は充分だから金銭は不要だ。

 だから、レイヤーも意図せずこんなことを口にしてしまったのだ。


「では、今度晩御飯でもいかがですか?」

「? いいけど、奢ってくれるの?」

「はい、洒落た店を探しておきます」

「それって、逢引デート?」

「そのつもりです」


 レイヤーは口にしてから、はっとして顔を真っ赤に染めた。アルフィリースはしばし目をぱちくりとさせて驚き、周囲も思わずきょとんとしたが、いち早くアルフィリースが面白そうに微笑んだ。


「じゃあ、おめかししないとね。リードはお任せするわ」

「は、はい! それでは失礼します! 次は春に!」


 レイヤーはそのまま窓から外に飛び出した。極寒の気候も、今のレイヤーには気にならないようだ。だが凍った断崖から飛び降りるように出て行って無事なのは、レイヤーしかいないだろう。

 しばし皆はぽかんとしていたが、アルフィリースは面白そうに笑っていた。


「特別報酬にデートかぁ。色気づいたわね、レイヤーも」

「・・・何を面白がっていますか、デカ女。レイヤーは本気ですよ?」

「わかっているわよ。私も人生初のデートのお誘いが年下からとはね。あ、ユグドラシルを数えれば初めてじゃないのか」

「何を悠長な・・・」

「それより、気を引き締めないといけないわ。この吹雪はもっと強くなる。もうレイヤーもここには来れない。次の外の世界の様子がわかるのは春――その時まで、ここは孤立無援よ」

「どういうことです?」

「人生の希望は、先に持たなきゃあやってられないと言うことよ。皆、恋バナでもしましょうか」


 アルフィリースはにこっとして他愛のない話を続けながら、手元では筆談でまったく別のことを話し続けていた。その内容に仲間たちはぎょっとしながらも、会話だけは何事もなかったかのように継続していた。

 そしてそれが一通り終わると、アルフィリースはルイの妹、ミラの元に赴いた。ミラは先にアルフィリースの来訪を知らされていたせいか、お茶を用意して待っていてくれた。


「お待たせしたかしら?」

「いや、静かなもので定例以外の任務はない。なので暇を持て余していたところだ」

「冬のローマンズランドはいつもそうなの?」

「普段は室内で訓練をするが、この静かな王宮でそういうわけにもいくまいよ。それに戦時中、物資も不足しているとなると、うかつに怪我もできない。燃料も節約しておきたいしな」


 ミラの指摘どおり、皮肉にも予定より生存している人数が多いせいで、燃料や食料を始めとした物資が不足しつつあった。この城内ですら、灯りを落として暗い部分が増えている始末。第三層にはしばらく降りていないが、そちらも同じ状況のようだ。

 せっかくのお茶も十分に温かいとは言えず、アルフィリースはぬるい茶を飲む羽目になった。その渋い表情を見て、ミラも口をとがらす。


「客にすまないとは思うが、茶を淹れるのはさほど上手くない。というより家事全般が、だが」

「いいわよ、燃料の節約が必要だわ」

「それでも、姉よりはマシなつもりだ」

「ルイね――たしかに、片付けもしそうにないわね」

「あれだけ剣が使えるくせに、野菜すらまともに切れなかったぞ、姉は」


 ミラが思い出したように怒るので、アルフィリースは苦笑した。どうやら姉と妹で苦労があったらしい。それが透けて見えるようで、なんだかほっとしたのだ。


「姉と言えば弟さん――エルリッヒ君だったかしら? ああ、貴族なのだから君はおかしいか」

「構わんさ、本人も気にする性格じゃない。弟がどうかしたか?」

「体は大丈夫なの?」


 ぬるい茶を持つミラの手がぴくりと止まる。それだけでも、良くはないことがわかった。



続く

次回投稿は、12/6(火)19:00です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] だわあ!アルフィリース超絶お久しぶりではないですか! レイヤーも勇気を振り絞りましたね、微笑ましい にしてもアルフィリース、全く経験ないはずなのに落ち着いて対応できていて 成長を感じます
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