開戦、その126~真冬の戦場①~
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「そう、剣の風を」
「ああ、倒した」
クイエットを倒してから数日後、レイヤーは真冬のピレボスの道なき道を登り、ひっそりとアルフィリースの部屋の窓から報告を行っていた。
ゲルゲダというブラックホーク5番隊の隊長のこと、彼がいなければ剣の風を炙り出すことも倒せもしなかったこと、グルーザルドに介入させる暇もなく、ブラックホークの中でほとんどケリをつけたこと。
剣の風を倒したことは誰にも報告はしていないが、合従軍が崩壊したことでその事実のみが残ることを説明した。
一通りの説明が終わったところで、アルフィリースが頷いた。
「合従軍の攻め手は現在、完全に止まっているわ。このまま春まで睨み合いになるなら、申し分なしの戦果よ。よくやったわ」
「10年以上もかけた執念の作戦の、最後の仕上げを任されたことは光栄だと思っている。ただただ、上手くいってよかったと安心したよ。だけど――」
「問題は東ね」
「そうだね」
レイヤーは東の戦線の状況をアルフィリースに報告した。ラインはリディル率いる竜の巣の竜たちと不戦協定を結ぶことに成功した。そこでリディルから聞かされたことは、オーランゼブルの命令でローマンズランド軍の進路にありそうな障害を全て片付けておく予定だったとのことだ。そしてそのままアレクサンドリアに進軍し、アレクサンドリア国内を混乱させるのが目的だったと。それさえ成し遂げられれば、いつでも離脱してよいとの指示だった。
「その後のことは、リディルは何も指示を与えられていなかったの?」
「らしいね。竜の巣にいた竜についても、なんら処置については説明なし」
「むしろ統制が取れなくなってめいめい勝手に混乱してくれれば、その方が都合がよかった可能性すらあるわね」
本来、リディルの役目はドラグレオだった可能性がある。それもかなわない現在、リディルが代役を任されたが、おそらくはここでオーランゼブルの計画は完成している。その後のことは、知ったことではないのだろう。
あるいは――
「他の国の事情が知りたいわね。合従軍でも、サイレンスの指揮下になかった人たちは一定数が撤退したはずよ。ミランダからの報告はなかったの?」
「それが、アルネリアの本陣で姿を見なかったんだ」
「え?」
それは予定と違う行動だ、とアルフィリースは口に出そうとしてやめた。ミランダの任務は合従軍の手綱を握ることだけではない。不測の事態だってありえることは承知していたが、大陸で起きている各地の戦線の様子はこれでは知ることができない。
一抹の不安がアルフィリースの胸中をよぎったが、自分の力の及ばないことを嘆いても仕方がない。しばし沈黙がその場を支配したが、アルフィリースは切り替えた。
「では、誰が合従軍の後方にいるアルネリアの手綱を握っていたの?」
「エルザさんとアリストさんだね」
「そう・・・無難だけど、直接やりとりができるわけではないわね」
「エルザさんには一応会うことができたけど、アノルン大司教の動向はわからないってさ。不安がっているみたいだし、嘘はついていなさそうだった」
「腹芸ができる2人ではないわ。だけど今は合従軍も大混乱でしょうし、とりあえずは捨て置くしかないわね。ラインとコーウェンのこれからの方針は?」
「ここに」
レイヤーは懐から封書を取り出すと、中身を開けた。まずは自分だけが確認し、おおその平静な表情で見ていたが、何度か眉がひそめられた部分がある。
「レイヤー、ここに書いてある内容を知っているかしら?」
「いや。副長からもコーウェンからも、何も知らされていないよ」
「そう・・・」
「何が書いてあったのです?」
リサは本来聞かずとも、封書を空けた段階でインクの染みの様子などで手紙の内容を知ることが可能だ。だがあえてそれをしないでおいたが、アルフィリースが手紙を差し出したのを見て、手にとって改めてその内容を確認する。
そこに書いてあったことには、リサですらぎょっとした。
「竜の群れが一部、ラインの指揮下で活動していることにも驚きですが、ラインはまさかアレクサンドリアに攻め入るつもりですか? それを許すので?」
「ここのその可能性をほのめかしたということは、既に行った後でしょう。コーウェンも乗り気のようだし、許すも許さないもないわ。その辺の判断まで含めて、ラインには裁量を与えている」
「暴走ではありませんか?」
「そうでないといいのだけど。私情が入っていないことを、祈るしかできないわ」
「カレスレアル伯爵令嬢の件、知っていますね?」
「ええ」
アルフィリースは、ラインがアレクサンドリアを離れる原因となった事件を調べている。それはリサが調べてルートとはまた別の情報源を使った。アレクサンドリアにいた、ナイツオブナイツのイブランから、さらに詳しく事情を聞き出している。
ただイブランの情報網をもってしても、当時現場で何があったかを知っている者は誰もいなかった。その場にいた者は、ラインが皆殺しにしたからだ。ただ、いたはずの者はわかっている。公爵たる内務大臣の息子たちとその取り巻き、カレスレアル家当主とラインの恋人だった一人娘、そして家令を含めた召使が何人か。生存者は、誰もおらず館は全焼。何が起きたか記憶を探ることすら無理だろうとアルネリアの言質までとったそうだ。
知っているとしたら、ライン当人と内務大臣のみ。だが、おそらくは――
「内務大臣は、サイレンスだわ」
「え? 内務大臣までもが?」
「オルロワージュ、それにライフリングとエネーマを通じてヒドゥンの工作についてもある程度情報を得ているわ。アレクサンドリアに関して、彼らは何も工作活動を行っていないそうよ。そして、人間の国で最高戦力を誇るアレクサンドリアに何も工作をしないわけがない。となれば――」
「サイレンスの領分だと」
「そう考えるのが妥当じゃない?」
レイヤーはその会話を聞くと、ゲルゲダから聞かされた話を思い浮かべていた。誰もがその高潔さを信じ、人間社会の反抗拠点ともなったアレクサンドリアに対する信頼は厚い。だからこそ、はまるのだと。誰も疑いもしないからこそ、策は成功する。ゲルゲダがサイレンスの潜伏場所として疑っていた半数は、アレクサンドリアだと言っていた。
そして紛争地帯出身のレイヤーだからこそ、体感することもある。紛争地帯であれだけ争いが起きて人が死にながら、それでも争いが止まぬなら。それは争いを起こす者が「増えて」いて、それらは人形だったのではないかと。そう考えれば納得もできてしまうのだ。
レイヤーはさらに懐から封書を取り出した。それは、ヴァルサスとルイからアルフィリースにあてたものだった。
続く
次回投稿は12/5(月)19:00です。不足分補います。