開戦、その124~静かに怒れる者①~
***
「ようやく見つけたぞ」
レイヤーとクイエットが戦った氷の台地に、ドゥームが到達した。戦いのあと、数日経ってからのことだ。気付いたのは、サイレンスの人形が一斉に崩壊したから。各所に視覚や聴覚で網を張っているドゥームとはいえ、その全てが有効に機能するわけではない。今回の結末については、完全に出遅れていた。
元々サイレンスには注目していたし、ティタニアもアノーマリーもその危険性を示唆してはいた。シェーンセレノがサイレンスであることはなんとなく掴んでいたが、その動向にまではそこまで配慮していなかったのがドゥームの現状だ。サイレンスにはサイレンスの目的があり、オーランゼブルのそもそもの計画に沿うように敢えて行動していたと思っていたし、まだ春までは大きな活動はないと確信していたことも影響している。
「ま、どれだけ気を付けていても常に予想外のことは起こるよね」
合従軍の人形兵が一斉に塵へと還ったことにドゥームは驚きを感じながらも、すぐに考えを切り替えた。全ての事象を想定するのは千里眼があろうと不可能なことだし、それこそ神と呼ばれる絶対者のような叡智が必要だと思っている。遺跡は、ひょっとしたらその鍵になると推測しているが、遺跡も完璧ならオーランゼブルのごときハイエルフが好き放題できるとも思っていない。
だたこれが遺跡の意思の通りだとするなら、あまりに全ての生き物が滑稽ではないかとも思う。
「だからこそ、全部台無しにしてやりたいとも思っているんだけど。上から目線であれこれされるのは嫌いなんだよねぇ」
とは言いつつも、ドゥームの優先事項は別のところにある。今はやるべきことが少なくなったから、ここに顔を出したし、出すことができた。同時に、サイレンスの正体に迫るなら今だとも思う。サイレンスの危険性はドゥーム自信が認識している。その本体と正体も、サイレンスだけは何をどうしても掴むことができていない。おそらくは、オーランゼブルでさえ。
もしティタニアやアノーマリーの推測どおり、彼の目的が大陸の生物全ての死滅なら。サイレンスと交渉できるのは、あるいは死霊や悪霊の王たる自分だけかとも思う。その裏をかくことができるのも。
隣にはオシリアとデザイアが控えているが、彼女たちとてドゥームの考えを全て理解できるわけではない。ただドゥームの付き従いながら、周囲の様子を観察していた。
「周囲の岩が、溶けてから固まった跡があるわ」
「レーヴァンティンでしょ。レイヤー少年がやったのさ」
「レーヴァンティンを使っておきながら、ほとんど周囲が崩れないのね」
「ほぼ完全に制御しているんだろうね。恐ろしい事さ」
「彼とアルフィリースを放っておいていいの?」
言われて気付くがオシリアの質問ももっともだ。ただドゥームはレーヴァンティンだけではなく、レイヤー本人と対立したくはないし、アルフィリースは見ていて面白いとさえ思う。しばらくは放っておいた方が面白くなるだろうという、確信がある。
それに、この状況でアルフィリースが何を狙っているのか気にもなる。
「彼女はまだ遊ばせておいた方がいい。この規模の戦いを収束させるには、頭数が必要だ。それは僕らにはできないことだからね。サイレンスの人形兵がいなくなったところで、カラミティとローマンズランドは顕在だ。まだ戦は終わらないさ」
「なるほど?」
「それに、どうやったっていずれアルフィリースには恨まれるからね。やるなら勝ち逃げだけど、そう上手くいくかどうか。僕個人としては彼女と友達でいたいと思うんだけどね」
「理由を聞こうかしら」
オシリアが手首を捻る動作をしたので、ドゥームはイヤイヤと首を横に振りながら、説明した。
「だって、彼女は僕より残酷なことをするさ。いずれ、彼女の指揮の下数えられないくらいの人間が死ぬ。それも絶望ではなく、希望に表情を輝かせながら。最高に滑稽だと思わないか? そんなことができる人間なんて、きっと彼女くらいだぜ?」
「ああ、あなたの趣味の悪さを侮っていたわ。そういう理由ならよしとしましょう」
「ふぅ~助かった」
首を捻られた程度でどうということはないのだが、オシリアに冷たい目で見られて無視されるのは辛いドゥーム。
そうして台地の記憶の杖を刺し、クイエットの死んだ地点を探すと、さらに詳細な記憶を辿ろうとした。
「いけそう?」
「いや、レーヴァンティンは厄介だな。あまりの熱量で、記憶まで崩壊させてやがるかよ。でも、面白いこともわかったぞ」
「面白いこと?」
「剣の風――クイエットのやつ、人形のくせに強烈な自我がありやがる。そのおかげで、燃えずに残っている感情があるんだ」
ドゥームがしたり顔をした瞬間、剣の風の記憶と感情が飛び込んできた。それは思いのほか切なく、自分が繰り返したことへの疑念と疑惑の連続の記憶。そして最後は、ある女性を殺したことへの後悔の念で占められていた。
そしてその後湧き上がる、レイヤーの姿への憎悪と感謝という、相反する感情。そして最後に残った激しい感情に、ドゥームの脳が焼き切られそうになった。
「ぐぁああああっ!?」
「ドゥーム!?」
聞いたこともないドゥームの苦痛の声と共に彼が倒れると、オシリアが思わず駆け寄り、デザイアが硬直する。ドゥームは遺跡の一部の知識を吸収することで、大抵の精神攻撃に対する耐性を獲得している。またティタニアに八つ裂きにされ続けても精神崩壊しない程度の耐性も持っている。ほぼ常に傍にいるオシリアをして、ドゥームが演技ではなく苦痛らしき悲鳴を上げたのは初めてだった。
痙攣しながら地面の雪を握りしめ、それらがどす黒く変色するまで魔力を滲ませると、そこにいたのは怒りのあまり鬼のような形相をしたドゥームだった。
続く
次回投稿は、11/29(火)19:00です。