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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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闇の誘い、その2~鬼との対話~

「まあ細いことを申すでない、詩乃よ。それに今回はそんなことを話しておる暇はあるまい」

「そうですね。いくらここが人目につかぬとはいえ、耀姫程の妖気をいつまでも隠し通せないでしょう。いくら清条の者がボンクラ揃いだとしても」

「またきついことを言う」

「失礼しました。凡庸の方が良かったですね。それとも有象無象?」


 しれっとそのような言葉を並べたてる詩乃の雰囲気は、東雲といる時とはまるで別人だった。詩乃が纏う雰囲気を、耀姫が怪訝な顔で見る。


「詩乃よ。お主、変わったか?」

「変わらぬ方がおかしいでしょう、人の一生は短いのですから。私が頭首になってから既に3年。いつまでも子どものままではいられないですから。それでも」


 それでも東雲の前でだけは気を緩めていたいのだが、そうとばかりも言えない詩乃は、自分のやろうとしていることに胸が痛む。東雲の厳しくも優しい姉のような顔が脳裏に浮かぶ。そんな彼女の苦悩を見透かすような耀姫の赤い目が、詩乃を射抜く。


「それでも?」

「・・・こちらの話です。それでは今回無理言って耀姫を呼んだのは他でもありません。今後の私達の関係についてです」

「いきなり本題か。まあよいじゃろう」


 討魔を旗印とする清条の敷地内に、なぜ鬼族がいるのか。この話をするには、少しこの二人の関係について語らなければなるまい。


 この二人、詩乃と耀姫は、東の大陸で敵対する人と鬼族の中において例外と言わなければなるまい。この二人は純粋な友人なのである。

 事の発端は詩乃が7歳の時。まだ若い耀姫も今よりは背が低く、見た目としては詩乃よりも少し上程度に見えるくらいの頃。耀姫は鬼族の頭領格である一族の跡取りとして生まれ、その力とお転婆ぶりをいかんなく発揮して人里深くまで物見遊山に来ており、詩乃は避暑先で迷ってしまった時の事である。人里離れた山中でばったりと二人は出会った。

 耀姫は少しからかってやるくらいのつもりで詩乃を脅かしたのだが、夜の暗闇を怖がって厠にも行けなかった当時の詩乃の事。耀姫の脅しは本当に怖く、思わず発揮した彼女の力が耀姫を瀕死にまで追い込んでしまう。

 それからは蜂の巣をつついたような騒ぎとなり、詩乃は清条の家の者に保護されるのだが、耀姫は瀕死なことが幸いしたのか、妖気がすっかり抑えられて、その存在は誰にも気づかれなかった。そして耀姫を傷つけたことが詩乃には負い目だったのか、家の者の目を盗んでは耀姫を隠し、彼女の看病に避暑地にいる間しばしば赴いたのであった。そこから彼女達の不思議な友情は始まり、今に至る。

 それからも定期的に使い魔などで連絡を取り合い、年に一度は互いに顔を合わせていたりする二人である。そして遠いからとの理由で、ついに詩乃は自分の修行場を持ったことをきっかけに、耀姫だけが通れるような転移の道筋を作ってしまったのだ。これには耀姫も驚いたが、まんざらでもない自分がいる事に気がついた耀姫は、あえて何も言わなかった。

 詩乃が3年前に清条の頭首になるにつけ、中々自由な時間を持てなくなったせいで二人は会っていなかったが、今回は強引に詩乃が耀姫を呼び付けたような格好になっている。もちろん先の通路を使ってのことだが、招待というよりは、召喚魔術に近い呼び付け方だった。そのせいか普段はきちんと着飾る耀姫も部屋着のような丈の短い襦袢であるし、彼女としても多少へそを曲げている所なのである。

 それでもおおらかな対応をするのは、耀姫の懐が深いせいだろう。悪い言い方をすれば、適当だとも言える。どちらにしても、余裕がないのは詩乃の方だった。


「清条詩乃個人としては、最後まで耀姫の敵対をするつもりが無い事は明確にしておきましょう」

「ほほう。よいのか、そのような事を申して?」

「何がです?」


 詩乃が少し険しい顔で耀姫を見つめている。


「そのような事を申しても、討伐命令が下ればどうする?」

「その時は東部対魔協会の一員として、全力で貴方達を排除しましょう」

「おお、怖や怖や」


 耀姫がおどけて見せるが、その言葉で耀姫は理解をしたようだった。


「つまり、清条詩乃個人としては我々、いや、妾を見逃してはくれても、協会の命令には一切逆らう気が無いと?」

「その通りです。もっとも出来る限り貴方達から目をそらすように話を持っていきますが、今、協会の長である浄儀白楽に逆らうのはまずい。彼に睨まれたら、清条家自体が無くなってしまう可能性もある。そうでなくても、たたでさえ弱体化が激しい清条家は他の三家に狙われているのですから」

「ふむ、その辺の事情は以前から聞いておる。確か協会の長は浄儀白楽と申したな。奴の話は鬼族の深部にあって、人との争いは無縁に近い我々『千弦の谷の鬼族』でも耳にするぞよ。聞きかじっただけではとんだ化け物らしいな。なんでも、先に滅ぼした『業鬼の一族』との決戦では、一人で500を超える鬼を殺したとか? 業鬼の長は、奴に素手で引きちぎられたと聞いている」

「戦闘能力もそうですが、一番怖いのは抜け目がない事。彼を出し抜くことはおろか、疑いの目を向けられないようにするので精一杯です。この会談だって、私にとっては綱渡りなのですから」


 詩乃が冷静な顔で答えるが、詩乃は冷静に見える時ほど緊張している事を耀姫は知っている。


「で、そのような状況で妾を呼んだからには、言いたいことはそれだけではないのだろう?」

「もちろん。ここからが本題です」


 詩乃が唾を一つ飲み込む。その先、詩乃の言葉にさしもの耀姫も目を丸くした。驚くこと、しきりである。


「詩乃・・・お主、本気か?」

「冗談でこんなことは言いませんよ、耀姫」

「いや、だが・・・しかし」

「今さら断れる立場ですか、耀姫?」


 詩乃の言葉が徐々に凄みを帯びる。


「仮に断ったら?」

「貴方は突然いなくなった、ということになります。非常に残念な事ですが。そのために東雲の茶に眠り薬を仕込み、転寝うたたねのふりをしてまで出てきたのですから」

「妾に勝てるとでも?」

「それは問題になりません」


 ざわりと森が揺れた。もし耀姫が抵抗するそぶりを一つでも見せたら、詩乃が攻撃するという意志を明確にした証拠である。今まで示していた友好の情はどこへやら。湧きたつ殺気に、耀姫が顔をしかめた。


「妾に選択肢はないということか」

「そうです」

「詩乃、やはりお主は変わったよ」

「私は変わりたくなかった。私は変えられたのです」


 詩乃が悲しそうに目を伏せたが、その顎を掴んで耀姫は詩乃に前を向かせた。


「人のせいにするな、詩乃よ」

「・・・ですが」

「確かにお主の状況は切羽詰まっておる。だが選択肢というものは、一見無いように見えても常にいくつかは残されておる。今の妾もお主に従うしか選べんように見えるが、別に妾の死を厭わなんだり、お主を害することを躊躇わなければいくつでも他に手段はあるのだ。単純に妾がそうしたくないと思うだけでな」


 耀姫は少し不敵に笑ってみせる。


「だからそのような考えをするでない、詩乃よ。そうでなければ、いつ何時、何をしても後悔するようになるぞ?」

「・・・忠告、心に止め置きましょう、耀姫」

「では妾は戻る。連絡はまめによこせよ?」


 そうしてほどなくして耀姫は寂しそうな顔を残して帰って行った。その表情の意味するところは、詩乃にもなんとなくわかっている。


「耀姫、ごめんなさい。もう後悔はしているのです。それでも私は・・・」


 一人になった詩乃は、ただ苦しむのみだった。


***


「白楽様、御報告があります! よろしいですか?」

「猿丸か、さわがしいな。入れ」

「はっ、失礼いたします」


 猿丸と呼ばれた若者が障子を開けて白楽の部屋に入ると、彼は女を抱いている真っ最中だった。それにもかかわらず、白楽は猿丸がここまで来ることを許可したのだった。女と猿丸が同時に顔を赤らめる。


「きゃっ」

「こ、これは失礼をば」

「構わん、余興だ。動け、女。そちはこれが商売だろうが」


 白楽が女の頬をぴしゃりと打つ。女はやむなく行為の続きをするが、明らかに気をやれてはいなかった。白楽もまた適当に相手をしながら、猿丸の報告の方に意識を向けているようだった。


「猿丸よ、報告とは何ぞや?」

「は、はい。前線にいる多門どのより伝言です。『揺籃の一族と、鋼鉄山の一族に同盟の動きあり』とのことです」

「ふん、鬼どもめ。俺に怖気づいたか」


 白楽は鼻で笑ったが、内心ではそこまで馬鹿にしたものでもなかった。むしろ厄介な状況になってきたと思っていたのだ。

 ここ最近の討魔協会は、『揺籃の一族』と呼ばれる鬼の一族と戦争状態にある。これは白楽が敵しやすしと見て攻勢を決定したのだが、東方の諸国が飢饉続きで満足な援助が受けられず、参加している軍も士気が低い。それでなくても戦争続きで厭戦気分が蔓延している東の国が多いのだ。士気の上がらぬ兵を率いていては、いくら指揮官が優秀でも成果はいまいち期待できない。


「(人間が滅びるかどうかの瀬戸際で、食事がどうだとか言っている場合ではないだろうにな。優先事項も決められず保身のみを考える馬鹿どもが。今の機を逃せば再び戦いは膠着状態だ。今は俺がいるせいで鬼共も大攻勢はかけて来ぬが、俺が死んだ後の事を考えているのか。それとも一度取り戻した土地は奪われないと考えるほど愚かなのか。まあ後者ならば、いっそ人間が滅んだ方がよいだろうよ)」


 白楽は内心で各国の大名を嘲りながら、猿丸がもたらす報告を女を抱きながら聞いていた。意識はどちらにもなく、これからの展開を彼は頭の中で考えている。


「以上にございます」

「うむ、予想範囲の展開だな。俺の寝所に押し掛けてまでするような報告か、猿丸よ?」

「は!? こ、これは滅相もございません。一大事かと思いましたので・・・」

「ふん。それともこの女に興味でもあるか?」

「そ、そのような!」


 猿丸は顔を赤らめた。彼はまだ16にもならぬ、少年のような歳の白楽の近侍である。幼少より浄儀家に拾われて育てられた下男だが、暇つぶしに武芸を教えればこれが中々物になり、気に入った白楽が正式に教育を施して自分の近侍として置いているのだ。少なくとも病弱な自分の息子よりは、はるかにマシだと彼は思っている。

 だが、猿丸のそのような真面目一辺倒の生活では、まだ女も知らぬのではないかと白楽はやや面白がっているのだ。白楽が今抱いている女は美人だが、人として全く面白みがない。興味をなくした白楽が女を乱暴に自分の上からどけると、褌をつけて身だしなみを整える。急に引きはがされた女は呆然とするのみだ。


「何だ、物欲しそうな顔をして。火照りが治まらねばそこの猿丸にでも相手してもらえ」

「白楽様! お戯れが過ぎますぞ」

「その割には鼻が膨らんでおるがな、猿丸よ」

「は!?」


 猿丸は思わず鼻を自分で隠し、顔を赤らめる。だがそのような仕草を白楽は見ようともせず、興味を失くしたとばかり薄着を一枚羽織ると、庭に出て池を眺め始めた。後ろでは律義な猿丸が女を促して部屋を出て行く音が聞こえる。


「真面目であるが面白みはない。忠義に厚ければ我に逆らいもしない。ふふ、中々面白い人間はおらぬ。そう考えればあの詩乃という女はまだまし。そうは思わぬか、妖魅よ」

「あら、気が付いてたのね~。キャハハハ!」



続く


次回投稿は、6/24(金)17:00です。

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