開戦、その122~憐れむ男と哀れな女⑮~
「終わったな。長かった」
「いや、まだだろ」
ゲルゲダは油断なく、マックスに合図を送った。そして歓声を上げて駆け寄ってくる5番隊の面々を面倒くさそうに押しのけると、ベルンを近くに立たせて自分の姿を遮り、ベッツと話し込んだ。
「なんでだ、これで終わりじゃねぇのか」
「死んでたらアイツの腕も塵に還るはずだ。そうなってねぇ」
「じゃああいつは」
「逃げたろ。オービットの回転を利用して、爆風に紛れて高速で自分を弾き飛ばした。あの遺物は移動にも使えるはずだ。じゃなきゃあ、あいつの数々の現場での移動速度が説明つかねぇ。それにだ」
その時、1番隊隊長のマックスがやってきた。
「まだ合従軍の連中、無事だぜ」
「やっぱりな。合従軍の人形共は上位の個体依存性だ。いつかの砦のように、サイレンスをやればそれに従属する個体は消滅するはずだ。それがまだ死んでいないとなれば――」
「クイエットは生きている、か」
「おまけに、まだシェーンセレノがいるだろ。多分、最初の奴とは別だがな」
ゲルゲダの言葉に、マックスが渋い顔をする。
「どういうことだ? それに、お前こそなんでそんなに落ち着いている? クイエットが逃げたなら、追うべきだろ。それこそそこの戦姫2人に頼んででも」
「その必要はねぇ、もう奴を討つのに最適な奴を向かわせてある」
「ヴァルサスか?」
「どうでもいいだろ、説明するのが面倒くせぇ」
「それはないだろ、おい」
「よせ」
マックスがゲルゲダの肩を掴もうとして、ゲルゲダの足元の雪が赤く滲んだのが見えた。ゲルゲダはそれを足で踏み消すと、ふぅとため息をついた。
「剣の風を無傷で倒せるとは思ってねぇさ」
「お前、それ――早くアルネリアのところへ」
「いや、それはしねぇ。ここからは予定通りだ、ベッツ」
「本当にやるのか?」
「最初から決めていたことだろ。時間もなくなった」
「――わかった。受け取ろう」
ベッツにしては歯切れの悪い返事と共に、ゲルゲダは黒いコートを脱いでベッツに返した。その行動を見て、5番隊の面々もマックスもゼルヴァーも、誰もが騒ぐのを止めた。
「なんだ、意外か? 俺はブラックホークをやめる。というか、最初から5番隊と6番隊はブラックホークに所属していないことになっている」
「ど、どういうことだよ隊長!?」
「ギルドに登録をしてねぇんだ、最初からな。この黒のコートの発案者は俺だ。コートを羽織ってるだけでブラックホークだと誰もが思い込む――本人たちですらな。便利だろ? ファンデーヌを怪しんでいたのは最初からだ。5番隊は厄介な奴を監視したり、厄介ごとの処理のためだけに最初から作られた部隊だ。そんな連中をギルドに登録して、評判に傷がついたらどうする? いつでも切って捨てられるように、形だけブラックホークだと思わせておいた」
「ひでぇよ隊長! じゃあ俺らが今までやってきたことは、なんなんだ?」
「ゲルゲダを始めとした、ただの鼻つまみ者さ、元々褒められるようなことばかりやってたわけじゃねぇ――ただし、今からテメェらは本当のブラックホークだがな」
またしても静まり返った5番隊を前に、ゲルゲダがゼルヴァーの肩を叩く。
「テメェに任せる、ゼルヴァー。まぁ癖はあるが、一芸に秀でる連中だ。お前なら使いこなせるだろ」
「は? 俺はもう――」
「テメェは気付いてねぇだろうが、もっと大人数の指揮の方がテメェは活きる。それこそ厳しい決断の連続になるだろうが、テメェは間違えねぇよ。せいぜい生きて苦しみやがれ。なんだったらイェーガーにでも再就職したらどうだ?」
「ふざける――」
ゼルヴァーが何かを言う前に、さっとゲルゲダは鼻薬を嗅がせた。するとゼルヴァーの意識がすとんと落ちて、彼は前のめりに崩れ落ちた。
ベッツが呆れたようにため息をつく。
「器用なくせに、生き方は不器用な奴だぜお前は」
「元々死んでいたも同然の俺さ、今更何も未練はねぇ。それが連中を道づれにできるんだ。これ以上の生き甲斐、いや、死に甲斐があるかよ」
その言葉と同時に、合従軍の陣の外で大きな爆発が起こった。それに伴い雪崩が発生したようで、合従軍の一部で大騒ぎになっている。いかにそれが人形中心の軍と言えど、流石に看過されないようだ。
「俺の魔術を見て、ラグウェイが始めた。そう時間はないぞベッツ」
「万一を考えて、俺らは静観を決め込む。それでいいな?」
「ああ、俺はブラックホークとは無関係だ。知らぬ存ぜぬで通していい」
その場を去るゲルゲダを追おうとする者は誰もいない。もうこれは決まっていた物語なのだ。今更誰もそれを止める者はいない。ただひとり、外側で成り行きを見守っていたミレイユ以外は。
「よう、ゲルゲダ。死にに行くのか?」
「まぁ死ぬだろ。生きて帰ってこれるなんて、虫の良い話は考えてねぇ」
「魔術剣士として名を売っていれば、お前は大陸でも有数の剣士だったかもしれないだろ。なんでそうしなかった?」
「俺の求める人生じゃねぇからだ。お前は名誉のために戦っているのか、ミレイユ?」
ミレイユは小首をかしげてから、納得したように頷いた。
「たしかに違うね」
「だろ? お前も本当に戦う場所が見つかるといいな」
「お前、良い男過ぎて気持ち悪いな」
「はっ、うるせぇよ」
ゲルゲダの背を見てミレイユが思ったのは、見つかるとしたら死に場所だと思った。誰かのために死ぬことはあっても、自分のために生きることはない――ゲルゲダを見ていて、その予感がミレイユにはあった。
そのゲルゲダが向かったのは、シェーンセレノの本陣。吹雪がゲルゲダの気配を上手く隠し、騒ぎもあって誰もゲルゲダに注意を払わない。
「ここまで狙い通りか。俺の才能が怖くなるぜ。それにしても色気のねぇ死出の旅路だな、おい」
「彩りを添えてやろうか?」
隣には、いつの間にかベルンがいた。その禿頭を見て、ゲルゲダは一瞬驚いた顔をした後、はっと気が抜けたように笑った。
「彩りってか、肌色一色じゃねぇか」
「うるせぇ。どうせ血で真っ赤に染まるさ」
「できんのかよ。クイエットの部下くらいの強さの人形が20体近くいるぞ? シェーンセレノは魔術士型だ」
「作戦くらいあるんだろ、卑怯者」
「当然だろ、ハゲ」
ゲルゲダはにやりとして、シェーンセレノの本陣に突撃した。その表情は、かつて悪事ではなく、悪戯を繰り返した頃のゲルゲダのものだったとは誰も知らなかったが、どこか晴れがましい笑顔をしていたことは、ベルンだけが見ていた。
そのしばらく後、合従軍の大陣営は静寂に包まれた後、悲鳴と混乱が彼らを支配することになる。後詰をしていたアルネリアの記録にはこうある。「合従軍15万のうち、おおよそ7割が突然消失し、合従軍は一度後退せざるをえなくなった。調査した限り、彼らはサイレンスの人形だった。合従軍は『いつの間にか』サイレンスに支配された人形の軍隊となっていた」と。
そして同時にブラックホークも姿を消したが、合従軍はそれどころではない混乱を来していたせいでしらばらくの間、誰も気付かなかった。その中にゲルゲダとベルンという男がいたことがあるなど、誰の記憶にも残っていなかったのだ。
続く
次回投稿は、11/25(金)20:00です。