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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その121~憐れむ男と哀れな女⑭~

 普通の人間なら、過度な緊張から「ヒュッ」と息が漏れるところだ。クイエットはそれを理解しつつ相手が動いてくれないかと期待したが、ゲルゲダはその間合いにも反応してくれない。


「ゲルゲダ、余程私たちのことを調べたらしいな!?」

「おうよ。それこそどんな襲撃や女よりも、お前たちにご執心さ!」


 ゲルゲダは、今度は両腕を振るって複雑な命令を飛ばした。まるでゲルゲダが指揮を執る楽隊のように、5番隊とラバーズの投擲武器が一斉にクイエットに襲いかかる。狙いは、オービットの活動を飽和させること。炸薬で雪と泥を巻き上げ、反応させた12本のオービットの活動が完全に飽和した。


「今だ!」

「応っ!」


 ベッツが勢いよく斬りかかる。クイエットは同時に、勝利を確信した。純粋な剣技の対決で、ベッツに勝とうと考えることはたしかに不利だ。クイエットの剣技は人形として、人間が成しうる機能の極限を追究したもの。人間以上の駆け引きや、機能以外の駆け引きは追究していない。

 よって、特性をもつヴァルサスや、獣人であるゼルドス、そして虚実を使い分ける巧者のベッツを正面から倒そうとすると、万一が発生しうる。それが前回のブラックホーク殲滅において彼らを避けた理由でもあるが、剣の風を越えうる逸材として、生かして活用したかった理由でもある。

 だが隙さえ突けば、誰も殺せないとは言っていない。それどころか、解明しようのないこの攻撃を、どうやって防ぐのか見てみたいものだとクイエットはいつも考え、そして誰もなしえなかった。その心が生む感情が慢心だとは、当然誰にも指摘されたことがない。


「馬鹿が」

「!?」


 クイエットが追加したオービット4本が、ベッツの残像を微塵にした。虚実を使い分けるということが、どういうことかクイエットは初めて実感した。虚はベッツの殺気と自らの心、実はゲルゲダの確かな実力だと。


「ぐあっ!」

「化かすのは慣れてても、化かされなれてねぇな。ちょろいぜ」


 ゲルゲダの剣がオービットをかいくぐって、クイエットの太腿を斬り裂いた。遅くなったとはいえ、飽和したオービットは一瞬。その軌道の隙間を正確に突く技術は並みの剣士ではない。そして、ベッツの殺気による残像と完璧に合わせて攻撃するなど普通ではない。

 そして千載一遇の好機に致命傷を狙うのではなく、的確に深手を負わせることにこだわった。


「貴様も虚実の剣をっ!」

「そんな面倒なことは知らねぇよ。俺はただ、相手が本気で嫌がってムカつく剣を追究しただけだ」

「カカッ、さすが性格の悪さだけは超一級だぜ」


 ベッツの剣がさらにクイエットの背中を裂き、クイエットが反応しかけたところで信じられないものを見た。

 ゲルゲダの掌に魔力が収束しているのだ。


「な・・・魔術だと!? 貴様、我々に見せていた姿はどこまで嘘――」

「言う義理はねぇな」

風圧ブロウ》!


 ゲルゲダの掌から突如出現した暴風に、クイエットが吹き飛んだ。同時にクイエットの周囲を回転するオービットも回転しながら吹き飛んだ。その様子を、ゲルゲダはさらにじっと観察する。


「なるほど。あれほどきりもみ状に吹っ飛びながら、地面を抉ることは決してねぇか」

「おい、まだ仕留められねぇのか? あれで自分が切り刻まれるとというオチはねぇのか」

「焦るなよベッツ、盤上軍議と同じだ。あいつはもう詰みだ」

「マジか」


 ゲルゲダが剣を地面に刺しながら冷静に分析したが、何が起きているのかわからないのはここにいる全員が同じだった。ゲルゲダが魔術を使えるなんてそれこそ誰も知らないし、ベッツですらそれは同じ。魔術使いを戦場から遠ざけることで、魔術そのものの意識をクイエットからも取り除いた。だからこそ必殺の一撃たりえるのに、それも違うという。

 クイエットは雪を舐めながら、屈辱に怒り震えた。ここまで虚仮にされたのは初めてだと、全てのオービット24本を軌道させたのだ。


「刻む! 貴様、痕跡一つ残らず刻んで――」

「だからてめぇは馬鹿なんだ。人間が存在した痕跡まで、そんなもので刻めるものかよ。それはお前たちも同じで――だからこそ、お前は俺に負ける」

「何だと!?」

「地面まで刻んだら、奈落に落ちるもんなぁ? その遺物、通常は自動反撃なんだろ? テメェと一定の距離を保ち、近づくものを全て切り刻む。それは魔術だろうが、武器だろうが、例外なく。そして攻撃範囲を広げる時は少しの攻撃時間が必要だが、防御が優先されるその遺物は実は最強の剣ではなく最強の盾だ。違うか?」


 ゲルゲダの指摘は正解だった。オービットの本数を増やすごとに、処理速度は遅くなる。しかもオービットそれぞれに与える命令が別々となる場合、さらに処理速度は遅くなる。怒りに任せて全て起動したが、それだけ不利になるのだとはっと我に返った。

 ゲルゲダは笑う。


「お前、戦いの経験がなさすぎだ。辺境で魔獣とばっかりやって、人間は正体を見せることなく誰も彼も暗殺してきたんだろ? 素直過ぎらぁ」

「どこが!」

「今、この状況がだよ。お前が戦い慣れてるなら、この状況で俺の話をゆっくり聞くなんてしないわな。さっきの必殺の間合いで、大した魔術を使えない俺の底を冷静に分析してりゃあな」

「!? なんだ、何のことを――」

「大魔術には準備と仕掛けが必要ってことだよ、馬鹿野郎が。三度目だぜ?」


 はっとしたクイエットの足元が光り輝いた。オービットは全てを起動させてゲルゲダを攻撃すべく命令を書き換えたせいで、足元を削る命令が間に合わない。最初から、ここに誘導するつもりだった。剣を地面に刺しているのも、魔法陣を起動させるためだ。先ほど地面を炸薬で露出させたのも、足元に書いた魔法陣を消すためだ。雪の季節を選んだのも、不自然なくこの魔法陣を隠すためだった。


「ゲルゲダぁ!」

「あばよ、人形」

暴発魔法陣エクスプロージョン


 クイエットのオービットがゲルゲダに向けられるよりも一瞬早く、ゲルゲダの魔術が炸裂した。吹雪をかき消す轟音の後、千切れたクイエットの腕を見て5番隊の面々は歓声を、そして1番隊と0番隊の面々は深く安堵の息を吐き出し、ベッツとゲルゲダは無表情でその腕を見つめていた。


続く

次回投稿は、11/23(水)20:00です。

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