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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その120~憐れむ男と哀れな女⑬~

「何、あれ」

「あれが遺物?」


 チャスカが時の流れを停滞させ、ヴァイカの重力制御で押さえつけて、ようやく見えるようになった剣の風の正体。それは、クイエットの周囲を回転する12本の軌道だった。

 白く輝く軌道はその速度を遅くして初めて、乳白色の金属が細かく回転する正体を晒した。その鉱石がなんなのかはゲルゲダには想像がつかなかったが、おそらく鋼鉄などでは一瞬で削り取るほどの硬度を誇るのだろう。人間も含めたその他の全てが、微塵となってしまうほどには。

 あの鉱石すらも遺物だというのなら、尋常の武器で対抗できるものではない。軌道上の金属には隙間があるが、それでも変幻自在の軌道を描く円環が12本もあれば、その隙間をぬってクイエットを狙うのは至難の業に違いない。


「できれば、あれが出る前に勝負をつけておきたかったんだけどよ。よぅ、女ども。あの速度まで押さえるのが限界か? あれじゃあ斬り込む方は命がけなんだが」

「・・・残念だけど、こんなものね」

「うるさい、人間。あの金属、力が干渉しにくい。それにクイエット本体には、我々の力も及んでいない可能性がある」


 ヴァイカの言う通り、クイエットは手を握ったり足元を確かめているが、どうやら影響を受けていないらしい。金属の性質か、戦姫たちの能力の精密性ゆえかはわからないが、近づいても自分たちまで遅くなることはなさそうだ。

 ゲルゲダは遠距離で仕留めるつもりでいたが、思ったよりも隙が無い。方針を変えることにした。


「ちっ、使えねーな。ま、敵の正体が見えたんだから上出来か。やるぞ、爺さん。気合入れろ、接近戦だ」

「誰に物を言ってやがる」


 ベッツはゲルゲダと前に出たが、ゲルゲダの性格からして、この行動は予定外だと断じた。ヴァルサスがいればクイエットが警戒する可能性があるため、ヴァルサスは最初から抜きでことを進めるつもりだとは知っていた。だがグロースフェルドは可能ならこの戦いに参加させるつもりだったはずだ。それにイアンとメアンといった、魔術士も。彼らすら待てないのなら、予定と違うことが起きていることをゲルゲダは既に把握していることになる。

 ここまでやっておきながら、逃がすわけにはいかないとベッツもわかっている。もし逃がせば、今度は二度と姿を現すことなくブラックホークとそれに関わる面々は皆殺しにされるだろう。ベッツは一呼吸で集中すると、静かに構えた。それだけで、空気がきり、と軋むが隣のゲルゲダにも、クイエットを囲んでいる面子にもわかる。当然、クイエットにも。

 

「ゲルゲダ、付いて来いよ」

「爺さんに合わせられる人間が、ヴァルサスと俺以外にいるかよ?」

「生意気になりやがったぜ、ヘタレ坊主がよ」


 ベッツの姿がふっと消えると、クイエットの眼前に突如として出現した。雪上に残る足跡すら見えない、一歩の踏み込み。危険を察知して広がる軌道の間をかいくぐり、ベッツの突きが繰り出される。

 ただの光にしか見えない突きを、クイエットは剣で受けた。遺物がなくとも、剣士としても一流。そして軌道も自在に使い熟すクイエットと、人間の身で渡りあうベッツ。軽業師も驚く身のこなしに、団員たちは戦いの隙を突くことも忘れてその戦い方に見入った。


「副長、すげぇ・・・」

「本当に60手前の爺さんの動きかよ」


 思わうように動かない軌道とベッツの動きにクイエットも焦れたのか、思わず自ら前に出ようとする。その隙をついて、背後から忍び寄るゲルゲダに、軌道が自動反撃を開始する。


「見てなくても、自動的に防御するのか。じゃあ、防御と攻撃を同時にはできないってことか?」

「何ィ?」


 ゲルゲダが足元の雪を蹴り上げる。その雪煙に反応して、それらを切り刻む軌道。ベッツはさらに炸薬を投げ入れると、それにも軌道が反応する。


「2、3・・・5か」


 ゲルゲダが呟き、一度距離を取る。そのさい、広がりかけて戻る軌道をじっくりとゲルゲダが観察していることにクイエットは気付いた。

 攻撃に対する反応を見られている。自身の切り札の性質をこの短時間で分析し、理解しようとしているゲルゲダに気付いて、クイエットはここまで厄介な相手がブラックホークにいたことに初めて気付いた。

 そしてゲルゲダがさらに手を振り下ろすと、もう一度5番隊の矢が一斉に飛んできた。ただし、今度は炸薬はない。クイエットが命ずるまでもなく軌道が全ての矢を叩き落とすが、それもゲルゲダは動きもせずじっくりと見ていた。


「4つ」


 ゲルゲダが呟くたびに、それが不吉な予言に聞こえてきた。そしてゲルゲダが何を狙っているかもクイエットは理解したのだ。


「貴様、この『オービット』の稼働限界を見ているのか!」

「クイエットよぅ。お前、可愛い所もあるじゃねぇか。もう焦ってんのか? お楽しみはこれからだろ?」


 ゲルゲダが反対の腕を振り下ろすと、四方から凄まじい勢いで女剣士たちが飛び込んできた。マックス率いる1番隊のラバーズだ。彼女たちは思い思いに投擲武器を放り投げると、それぞれが何らかの液体の入った瓶を投げつけた。

 当然それらは全てオービットに迎撃されるが、衝撃で火が付き、その火の粉にもオービットは反応して微塵としてしまう。その反応を見て、ゲルゲダは頷きながら叫んだ。


「9・・・よし、いいだろう。マ―ックス! どこだ?」

「腹の少し上、心臓とは逆の位置だ!」


 クイエットは自分の核がある場所を指摘されて、困惑した。1番隊隊長マックスは魔眼持ち。たしか、温度を見ることのできる魔眼だと聞いていたが、それで見ていたのかと理解が追いつく。たしかに寒冷地ならより見やすくはあるだろうが、そんなことまで考えていたのかと、クイエットは心臓をわしづかみにされるとはこんな感覚かと初めて体感した。



続く

次回投稿は、11/21(月)20:00です。

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