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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その119~憐れむ男と哀れな女⑫~

「テメェ、今更何言ってやがる! そんなものは、本気でテメェに惚れていたからに決まっているだろうが、言わせんな!」

「・・・は? 人形の、私にか? ありえない」

「ありえないも何も、事実だろうが! 暗殺者も傭兵も、死ぬことまでが仕事の時もある。自分が死ぬことでテメェが幸せになるならと考えて、フェリンとかいう女は抵抗しなかったんだろうが! そこにどんな事情があるかなんて、問題じゃねぇんだよ! テメェ、その時どんな面をしていやがった? 苦しそうな表情をしていたんじゃねぇのかよ? だからフェリンって女は、全てを察して何も抵抗せずに笑顔でテメェを見送ったんだろうが! クズの俺にでもわかることだ、ちきしょうが!」

「私の顔・・・?」


 クイエットには想像ができなかった。自分の表情にはおおよそ数種類くらいしかない。愛想笑いと、無表情と、その場に併せた微笑み程度。まさかその時、苦悶を浮かべていたなどと、どうして想像ができようか。

 クイエットの呆然自失を確信し、ゲルゲダは合図の手を振り下ろした。クイエットの動揺をついに引き出した。これこそが望んだ展開だったが、それ以上にクイエットのことが腹立たしかった。

 そこまで人間の中に溶け込もうとしておきながら、どうして人間の感情が理解できないのか。愛されることがあるにも関わらず、どうして人間をそこまで憎み続けなければならないのか。ファンデーヌもクイエットも、人間に近い自我があるのなら、変わってさえいれば誰も悲しい決断などしなくてもいいだろうと、ゲルゲダは奥歯が割れそうなほどに食いしばっていることに気付いた。


「殺せ!」


 ゲルゲダの声に反応して、周囲を囲んでいた5番隊が一斉に矢を放つ。先端に衝撃で着火する炸薬を仕込んだラグウェイ特製の矢が、クイエットに襲いかかった。

 必殺の間合いに、矢が見事に命中してクイエットの周囲で大爆発が起きる。本来なら勝利を確信する場面で、ゲルゲダには嫌な予感しか浮かばなかった。


「仕込みどおりじゃねぇか」


 ベッツの感想も、どこか空々しくさえ聞こえる。思ったよりも5番隊の人数が残ったので、仕込み以上ではあるのだが油断はしていない。


「まだだろ。奴を仕留めるまでが仕込みだ」

「相変わらず臆病だな」

「褒めるなよ」


 ゲルゲダは皮肉を返す余裕があったが、その直後にベッツと共に横っ飛びをした。吹雪がなければ、地面が雪で剣の風の兆候が読めなければ、この攻撃を躱すことはできなかったろう。剣の風の軌道を確実に読むために、吹雪くこの時季、この場所に呼び寄せたのだから。

 クイエットが死んでいないのは、ある意味では予想通りではあるが――


「あれで死んでくれりゃ、楽なのになぁ」

「おいおい、剣の風の発動には時間がかかるんじゃなかったのかよ? 読み違えたのか?」

「どうやら、地面の下でも発動できるみてぇだな」


 ゲルゲダの指摘通り、爆風をかき消したクイエットの足元が抉れていた。おそらくは、地面の下で剣の風を発動させていたのだ。たしかにゲルゲダの言葉は、クイエットの意識に空白を作った。必勝の間合いだったことも間違いがない。ただ、その前にクイエットは剣の風を発動させていた。それが間に合っただけだった。

 ゲルゲダは舌打ちをする。クイエットの周囲は、既に吹雪が「止んで」いる。剣の風が発動状態に入っている証拠に、吹雪すら切り刻んでいるのだ。何が起きているのかはまだわからないが、クイエットの周囲10歩は不可侵の結界だ。立ち入る全ては雪の結晶ですら例外なく切り刻まれるだろう。


「向こうに流れがありやがる。嫌な感じだ」

「戦場でとなると、なおさらだな。やっていいんだろ?」

「ああ、頼む」


 クイエットが一歩を踏み出すと同時に、今度はベッツが手を振り下ろした。すると、クイエットの歩みが突然ゆっくりになり、その足が膝まで地面に埋まった。


「出番かしら、あなた?」

「本当に我々の出番が来るとはな、旦那様」

「おい、やめろ。俺はまだ結婚を決めたわけじゃねぇ!」


 ベッツの隣に並び立ったチャスカとヴァイカに、本当に嫌そうに不満を漏らした。そのベッツの肩にしなだれかかるチャスカと、顎に指を添えて自分の方を向かせるヴァイカ。


「あら、私たちのどこが不満なのかしら? どんな下品な要求でも、あなたの言うことなら私は聞くわぁ」

「あそこまでやっておいて、今更その気がないとは言わせない。別に他の嫁をとってもいいが、責任? はとってもらう。でなければ殺す」

「その辺だよ! その辺が怖いって言ったんだ! 俺の安らぎはどこだ!?」


 ベッツに悲哀を感じさせる叫びに併せて吹雪が強くなったような気もするが、ゲルゲダはそれよりもクイエットから目が離せなかった。あれが剣の風の正体。想像はつけていたが、改めて目の当たりにすると自分の知っていると理を越えている現実に、頭を抱えたくもなった。



続く

次回投稿は、11/19(土)20:00です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 作中屈指のシリアスシーンでゲルゲタの人生の集大成のはずなのにベッツ爺さんだけラブコメってる……
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