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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その117~憐れむ男と哀れな女⑩~

「っかしいな、気配は消しといたんだがな。防がれちまった」

「副長、いきなり何を!?」


 打ち込んできたのがベッツだと確認して空とぼけようとしたクイエットだが、それよりも早くベッツがさらに踏み込んでつばぜり合いで押し込んだ。

 交差する剣越しに、ベッツの本気の殺気がクイエットを捕える。


「わかってんだろ? お前、ずっと泳がされていたんだよ」

「私をブラックホークに入れたのは副長ですよ?」

「ゲルゲダの案でな。最初っからお前が剣の風じゃないかって、あいつは疑ってたのさ」


 ベッツがクイエットの腹を蹴飛ばし、付かず離れずの打ち合いを展開する。打ち込むと見せて下がる、かと思わせて切り結び、剣筋も払いから突きへと自由自在に変化する。読めないくせに、その一つ一つが異常に鋭い。虚実を使うベッツの剣技を前に、さしものクイエットも防戦一方となる。


「ゲルゲダが?」

「おうよ。お前ら誰も知らねぇだろうけどよ、あいつは性根こそ卑しいが、本来異常なまでに忍耐強くて、おまけにキレるんだよ」


 ベッツの四段突きが煌めく。その四発目の軌道が突然ぐにゃりと歪んで、クイエットの頬を裂いた。寒さのあまり、流れた血から湯気が立ち上る。


「それだ、それ」

「?」

「お前ら人形と人間を見分ける方法な。一つは体温が一定に保つために、血に工夫がされてるんだとよ。人間に比べて固まりにくいって、ゲルゲダが指摘してたぜ。この寒さでも固まらないのは、人間とは違うわな」

「・・・それは盲点だったな」

「他にも細かいことを言えば、いくらも違う点はあるってよ。ただ、初見じゃあ絶対に見破れない。カナートを欺いている段階で、おおよそのセンサーでも気付かんわなぁ。だからゲルゲダは探り続けた。この7年ほど、ずっとだ。いや、旧ブラックホークが全滅してからだから、20年近くか。まったく蛇みたいに執念深い野郎さ」


 ベッツがひゅんと剣についた血を振り払い、クイエットは舌で流れる血を舐めとった。クイエットの構えと足運びがゆらり、と変わる。

 ベッツも剣を構え直しながら、左手で合図を送った。吹雪で視界は不十分だが、クイエットにも周囲の気配が変化するのくらいはわかる。既に囲まれているようだ。


「お前が現れた時、ゲルゲダは既にお前の正体に気付いていた。だからこそ、手元に置くべきだと主張した。長く観察し、どのくらいお前たちが人間世界に根を張っているか、マックスと協力してずっと調べていたのさ。きっと、仇を討つだけでは終わらんだろうってな」

「マックスとゲルゲダは仲が悪いとばかり思っていたのだが」

「いや、仲は悪いぜ? だが、目的を果たすために私情を持ち込むような奴らでもねぇことは確かだ。それも慎重に進め過ぎたせいで、すげぇ時間がかかったことだけが難点だったがな。俺なんかは短気な方だから、我慢するのが大変だったぜ。だけどおおよそ裏は取れたから、もういいってよ。あとは、場を整えるだけだった」

「場を、ね」

「もういいか、ゲルゲダ?」


 ベッツの声に反応するように、吹雪の中からゲルゲダが現れた。既に手にはクイエットの配下の三体の首を持っていた。それを無造作にぽいとクイエットの足元に投げると、剣の血を雪で拭う。

 クイエットは部下の頭を見ても何の感慨もなくそれを蹴飛ばし、むしろ興味深そうにすらゲルゲダを見た。


「ゲルゲダ、お前がそこまで強いとは知らなかったぞ?」

「ブラックホークの隊長に雑魚はいねぇ、お前だって知っていることだろうが。俺は寝ても覚めても、ヴァルサスとベッツにぼこぼこにされた続けた日々を数年過ごしたことがあってな。いかに凡人の俺でも、大陸最高の剣士に連日鍛えられりゃ、それなりになる」

「私の配下を三体殺せる奴が、それなり程度のものか」


 配下の3体に最初に斬りかかったのはカナート、グレイスだったが、それらはいずれも致命傷ではなかった。手負いになったとはいえ、A級傭兵を上回る実力をもつ配下の3体をまとめて片付けるゲルゲダの実力は、明らかに並みの剣士とは一線を画している。

 その剣士がベッツと共に自分の前に並び立っている。その事実を前にして、クイエットは覚悟を決めた。


「これまでか」

「お、観念したか? なら大人しく殺されてくれや」

「そうではない。ブラックホークは生かして争いの火種として末永く使いたかった。その考えを諦めただけだ」


 クイエットの周囲に風が巻き起こる。足元に音もなく斬撃が一つ、二つと入り始めたのを見て、誰よりも早くゲルゲダが動いた。


「させるかよ」

「ちっ、私が剣の風と知ってこの間合いで斬り込んでくるとは。命がいらないのか?」

「そうじゃねぇよ。お前が剣の風になる時、発動までに時間があるはずだ。剣の風――つまりは遺物の起動には時間が少しかかる。違うか?」


 ゲルゲダの指摘にもクイエットは無表情のままだったが、ゲルゲダは確信した。それだけがこの戦いで不安だったので、ゼルヴァーをけしかけ、ベッツを含めて連続攻撃で追い込んだのだ。もし剣の風なる現象をいつでも発動できるなら、ベッツと打ち合いながら微塵にしているはずだし、そもそも剣を抜く必要すらないだろう。

 ゲルゲダが考えている策は、まだある。



続く

次回投稿は、11/15(火)20:00です。

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