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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その116~憐れむ男と哀れな女⑨~

「飲め、弔い酒だ。非番なんだろ?」

「・・・では失礼して」


 クイエットは躊躇いながら口を付けたが、元々酔うわけではない。多少の機能低下を覚えることはあるが、一杯くらいなら問題ないだろうと考えた。

 だがその考えが誤りだったことにすぐ気づいた。想像以上に強い酒だが、それ以上にめまいがする。その酒をゼルヴァーは3杯目を飲み干そうとしている。ここまで酒に強い男だったかと違和感を覚えながら、椅子に座ってクイエットとゼルヴァーは対峙した。

 ゼルヴァーは2杯目をクイエットに注ぎながら、赤くなった顔で質問した。


「お前が3番隊に所属してから、何年になる」

「6年、いや7年経ちましたね。南部にしては寒い日でしたが、隊長に引き合わされた覚えがあります」

「その前は、流れの傭兵だったか。俺が来てから、たしか半年後のことだった」

「ええ、北や南が主戦場でした。西で戦うブラックホークとはあまり接点がありませんでしたね」

「それがなぜ、ブラックホークに?」

「伝手を辿ったんですが――この話、昔もしませんでしたっけ?」

「まぁ、いいだろ。昔を懐かしみたい時もある」


 ゼルヴァーの言葉に、クイエットも話さない理由がなかった。


「カーラの輸送隊に、オリガっているでしょ?」

「いや、知らん」

「もうちょっと他人を気にしてくださいよ――彼女、そこにいるランガの婚約者でして」

「ほう?」

「ランガは私と元々傭兵仲間でしてね。ランガの兄が旧ブラックホークの面子だったこともあって、ブラックホーク再建の噂は聞いていたんですよ。私も活動するのに拠点となる傭兵団が欲しかったので、伝手を辿って紹介してもらい、ベッツ副長のお眼鏡にかなったと。そういうわけです」

「そうか――なぁ、一つ聞きたいんだが」

「なんです?」

「人形どうしでも家族や恋人関係は成り立つのか? それともそういう風に取り繕うだけなのか? どっちだ?」


 ゼルヴァーの毒を含んだ言葉に、天幕の空気が凍り付いた。クイエットの配下の3人は動きを止め、ゼルヴァーに無機質な視線を投げかけた。クイエットは一呼吸おいて、逆に笑顔でゼルヴァーに応じようとして、ゼルヴァーの目が据わっていることに気付いた。


「やだなぁ隊長、変な冗談はよしてくださいよ。それとも、もうそんなに酔ったんですか?」

「俺は酔ってはいるが、冗談は言っていない。お前もそいつらも全員サイレンスの人形だ。そうだろ? 俺が騎士を追われる原因になったのも、お前らしいな。騎士の時代から合わせて、お前の掌の上で踊る俺を見るのは楽しかったか、ええ?」

「――隊長、お疲れのようですね。もうお休みになった方がよろしい」


 クイエットは呆れた表情で杯を持って席を立とうとして、その杯を酒瓶でゼルヴァーが止めた。酒が溢れるほど注がれ、クイエットの腕を濡らす。


「座れよ、まだ話は終わってない」

「私の方は――」

「そのオリガって女な、死んだぞ。胸を俺が貫いてやった」


 ゼルヴァーの言葉にランガがゼルヴァーの剣を持ったまま立ち上がった。その行動をクイエットが目で制するとランガはそれ以上動かなかったが、その無表情が動いたのをゼルヴァーは初めて見た。

 ゼルヴァーは、彼が今まで見せたこともない不敵な笑みで嘲笑いながら続けた。


「お前ら、人形のくせに本気で付き合っていたのか? 聞けば、俺を失脚させる前からお前らが噂を流していたらしいな。俺らの行動も、お前らが黒の魔術師に流していたんだろ? どうりでそこかしこで魔王とばかり出会うと思った。俺たちは体の良い魔王の実験台だった。イェーガーが出現してからは、奴らに標的が移ったか? お前らが仕組んだ、お前らがダンダもべルノーも殺したようなものだ!」

「相当悪い酔い方をしたな、ゼルヴァー。ダンダは俺もかっていた。たしかにあの迷宮の情報はオリガに報告させていたが、中の出来事は俺らもあずかり知らぬことだ。ましてクベレーのやることなど、黒の魔術士ですら関知していない。アノーマリーの負の遺産だよ、あれは。アノーマリー自身、慈しみながらも廃棄したがっていた忌み児さ」


 クイエットの口調が冷たく、無機質に変化した。もう取り繕う必要はなくなったということだろう。この危険な状況において、ゼルヴァーは盛大に笑って酒の入ったグラスをランガめがけて投げつけた。少し逸れたグラスをランガ難なく避け、自分の剣に手をかけたところで、まだクイエットが目で制した。


「はっ、ぼろを出したな!? やっぱり貴様らがそうだったのか!」

「ゼルヴァー、お前をはめたのは別に私たちにとってなんら特別なことではない。お前は有能で、それでいて隙だらけで、人間の勢力を傾かせるのにうってつけの標的だったというだけだ。数多ある標的の中の、一つに過ぎん。ただ普段と違うのは、標的としたものはたいていが死ぬが、お前はしぶとく生き延びてなお諦めずブラックホークに所属した。その悪運の良さを評価して、私自らがここに来たんだ」

「上手く操れると思ったんだろ? 現にそうなった」

「そうだな、お前に限らず私たちがここまで社会に食い込んでいることを知る者はまずいない。中には人形の我々を伴侶にしたうつけ者すらいる始末だ。この解答にたどり着いただけでも褒めてやりたいところだが、お前だけの知恵ではあるまい? ダンダにも入れ知恵した者がいるはずだ。それは誰だ?」

「はっ、お前も言うほど策士ではないな。化かし合いではお前より数段上の奴がいるぞ?」

「何?」

「お前たちのしつこさも相当なものだが、人間の執念を舐めるなよ!?」


 と同時に、天幕を支えていたロープが突然切断された。外は吹雪、この大きさの天幕を支えるロープが突然切断されては、ひとたまりもない。天幕は支柱を除いて張っていた天幕が倒れ込み、彼らに一斉に覆いかぶさってくる。

 クイエットの部隊はそれぞれが脱出しようとして、ランガが天幕の外から胸を貫かれたことに気付いた。既に脱出しようとしているクイエットは応戦せずに舌打ちをして外に逃げ出したが、後の2人は天幕を切り裂いて切り込んできた人間に応戦しようとして、手に持つゼルヴァーの武器や具足が邪魔で一瞬対応が遅れた隙に斬り捨てられた。

 やったのは、それぞれゲルゲダ、カナート、グレイス。そこまで確認して天幕を脱出したクイエットは、突然の剣戟を受けて横に吹き飛ばされていた。



続く

次回投稿は、11/13(日)20:00です。

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