開戦、その114~憐れむ男と哀れな女⑦~
「べらべらとしゃべっちまったな。まぁ忘れてくれや」
「そいつは無理な相談だ、忘れるにしちゃあ衝撃的な内容すぎる。隊長、俺らを巻き込んだな?」
「巻き込むつもりならとっくにやってらぁ。ま、お前の命は元々俺が預かってたから、お前だけは嫌だと言っても巻き込むつもりだったがな。ケリは今日中につける」
ゲルゲダが立ちあがると、ワイクスが丁度やってきた。
「隊長、揃いやした」
「あぁん? 何が揃ったって?」
「離脱したのは2割です。あとは最後までお付き合いさせていただきます」
ワイクスがぺこりと頭を下げ、その後ろには5番隊の隊員が不敵な笑みを浮かべて立っていた。その数に驚くゲルゲダ。
「何を期待していやがる? こっから先は命の保証と金は約束できねぇ。潮時だろ」
「それが、そもそも俺らつまはじきにされた連中なんですよね。ここ以外行き場がないというか――今更まっとうな生き方ができるんなら、最初からやってるっていうね。せこくやるなら、そもそもブラックホーク以外に所属しているでしょって」
「つまり?」
「死に場所をください」
ワイクスの表情は思いのほか真剣だった。よく見れば、隊員たちもさほど笑ってはいなかった。こういう表情をする連中をゲルゲダは知っている。決死兵というやつだ。
「死んだんでしょ、帰ってこなかった連中は。ダンダもいなかった。さっき帰ってきたゼルヴァーは顔面蒼白だった。何があったかなんて、俺らでも想像つきますよ」
「おい、やめろ」
「ダンダはいい奴だった。オークのくせに頭が切れて、努力家で、俺らでも差別しなかった。ダンダが自分の稼ぎを何に使ってたか知ってますか? オラが帰ってこなかった時、3番隊の力になってくれって、俺らにちょっとずつ渡してたんですよ。俺らは糞野郎の集まりで人情には流されねぇが、義理も知らない外道よりはマシなつもりです。だから――」
「やめろ!」
ゲルゲダは怒号を発したが、天を仰いで盛大にため息をつくと厳しい表情を彼らに向けた。ゲルゲダの怒号でも、隊員たちは一切怯みもしていない。
「ダンダには俺も目をかけていた。奴に情報を渡し、隊員以外の間諜としても使っていた。俺の知りうる裏の情報を教え、独自の情報網と考察を合わせて、奴はおそらくこの大陸にめぐらされた陰謀のほとんど正解にたどり着いていた。俺はそれを確認して、仕上げる必要がある。何の因果か、俺にしかできねぇ」
「隊長、訂正。『俺らにしか』だろ?」
「・・・ふん、死んでもいい奴だけついてこい」
「元より隊長の命令無茶苦茶だからな。命なんかあるつもりでやってるわけがないっての」
ワイクスがおどけて見せたが、それを相手にはせずにゲルゲダはベルンの肩を抱いて耳打ちをした。
「クイエットの周囲にいる奴の一人が、かつてのブラックホークと同じ奴だ」
「つまり、人形か」
「ああ、それもとびきり腕利きのな。3番隊の半数――つまりクイエット以外の3人が同等の腕前と見ていい」
「どうやるんだ? ヴァルサスは?」
「ヴァルサスはいない。ヴァルサスは自分がいると、相手は尻尾を出さないだろうとあえて外している。この場の仕切は俺だ」
ベルンはゲルゲダがそこまでヴァルサスに信用されている事実に驚いた。敵を欺くにはまず味方からとは言うが、そこまで欺き続けた忍耐力と執念深さに驚く。
ゲルゲダはぽんぽんとベルンの肩を叩いた。
「心配するな、お前らがいないと仮定して戦力を組んでいる。クイエットの相手は妖怪爺がやるさ」
「他の連中は? カナートとミレイユがいるだろ」
「だとして、一人余る――まさか、隊長がやるのか?」
「お前ら、俺を何だと思っている? いちおう、ブラックホークの隊長なんだがな?」
「いや、だがしかし――」
ベルンは反論しようとして、先ほどファンデーヌの鞭を捌いたゲルゲダを思い出した。そもそも、かつてベルンを捕えたのもゲルゲダではなかったか。最古参のはずのベルンですらゲルゲダの戦うところを見ることはほとんどないが、それならばなぜ隊長を任されているのか。そういえば団内で姿を消すのはベッツとゲルゲダだが、いつも同じようにいないのは、もしかして――
ベルンの考えを見透かしたように、ゲルゲダが今度は背中を叩いた。
「ま、想像に任せるぜ。お前らはマックスと協力して、露払いを頼む」
「一番隊と――何をする?」
「逃がしちゃいけねぇのはもう一人いるだろ? 本当はそれで終わりにもならねぇだろうがな」
ゲルゲダが不敵に笑ったので、しばし後に意図を察したベルンはさすがに青ざめた。ゲルゲダが巻き込まないように配慮した理由が今更にわかり、思わず「やっぱり糞野郎じゃねぇか」とベルンは思わずひとりごちていた。
続く
次回投稿は、11/9(水)21:00です。