開戦、その113~憐れむ男と哀れな女⑥~
「これで全部か?」
「数に間違いはないはずよ。ギルドで正式にブラックホークに登録されていて、残っているのはヴァルサス、ベッツ、ゼルドスの他数名のはず。多少は食べ残しがあっても構わないのでしょう?」
「多少はな。ブラックホークにはまだ残ってもらった方が、火種として意味があるだろうからな。いずれ形を変え、再起するだろうさ。その時には――」
「私たちも参加する、でいいのかしら?」
「面倒ではあるが、その方がより確実だ。そして傭兵としては、大陸最強に近い位置まで再度上り詰める。まだ人間はこの程度では全滅しないが、ある程度崩し方はわかった。我々も人間社会である程度動ける立場にいた方が、何かとやりやすくなるだろう」
ゲルゲダは地に這いつくばるような視点しか確保できないので全てを見渡すことはできないが、町人らしきものが突然ゲルゲダの目の前に倒れた。ゲルゲダは思わず声を上げそうになるのを、必死でこらえた。
男らしき声が、近くにいた町人を突然剣で突き刺したのだろうか。胸から血を流した町人はゲルゲダと目があったが、なんら声を上げることすらなく、ただ口をぱくぱくとさせながら衣服だけを残し、白い塵へと還っていった。そこで初めて、ゲルゲダは町人が人間でないことに気付いた。続いて、残された服が端から微塵にされていく。持っていた金属製の鍬すら関係なく、微塵にされて消えた。
ゲルゲダは傭兵の間の怪談話を思い出す。ある日森の奥で迷うと、先ほどまで人間が住んでいたとしか思えない村を見た。食事はそのままで、衣服だけが残っていた。次の日に仲間と行くと、村そのものが消えていたと。その原因が、今わかった気がした。
「こいつら出来の悪い人形ではなく、人形師が試作した新世代の人形の適応力は、人間と遜色ないことがわかった。こいつらを各所に潜り込ませて、国崩しを行う。戦闘力も我々程ではないが、A級の傭兵程度には戦えそうだ」
「そこまで人形師が腕をあげたの?」
「ブラックホークのふりができたのが、何よりの証拠だろう。それに我々の体をメンテナンスするのも奴だ。その程度できてもおかしくはない」
男と女の声の他に、もう一つ足音が近づいてきた。その足元しかゲルゲダの視点では見えないが、見覚えのあるブーツだった。間違いない、ブラックホークとして活動していた仲間のものだ。そういえば、この街に案内したのもそいつだった。最初から全て仕組まれていたのだ。
男は続ける。
「こいつらを核に、まだまだ人形の町や村を増やす。そしていずれ一斉に決起させる。その時こそが、人間を根絶やしにする大戦争の開始時期だ」
「どのくらいの数が目標なのかしら?」
「最低30万。我々の目論見が正確なら、真実に気付かず我々に賛同する国や諸侯も出るだろう。そうなれば、間抜けが気付く頃には大勢が決する」
「そう上手くいくかしら?」
「そのために指揮官型の人形を、我らが創造主に製作してもらったのだ。彼女の準備が整うまで、我々は抵抗勢力になりそうな連中を削りながら、人に紛れて生きるのさ」
「人を滅ぼすために人に紛れる、か。因果なものね」
女の声が呆れたように呟いたが、残念そうではない。むしろ皮肉すらも楽しんでいるようだ。いやに艶っぽい白い肌が、ゲルゲダの印象に残る。
男が踵を返すのが見えた。
「すぐにでも人間など根絶やしにしたいところだが、仕方があるまい。我々はまだ数少なく、人間の本当の恐ろしさはその数と多様性だ。この街は念のために消去する。ここに来たブラックホークの連中の痕跡は残さん。対外的には行方不明とでもなってもらうさ」
「記憶を読む魔術の使い手がアルネリアにはいるそうだけど?」
「だとして、そこまで数は多くないようだ。たまたまこの土地を訪れるとは思えないし、そんな貴重な魔術を使う人材は傭兵の依頼では動かんさ。土ごと削り取って塵にしてしまえば、魔術を使ったとしても非常に記憶は曖昧になる」
「なるほど。そう考えれば、あなたの武器ってとても便利ねぇ。どこかの遺物なんだっけ?」
「創造主から賜った逸品だ。現存する地上の武器では一合と耐えることも困難だろう。単分子ワイヤーなるものだそうだが、『オービット』と私は呼んでいる」
地面が跳ねるような音を立てて、すぱりと多方向に切れた。どうやればそんな傷がつくのか、ゲルゲダには想像もつかない。武器は、見えなかった。
「剣の風ではなく?」
「それはギルドでの呼称だ」
「自分で流した噂でしょ」
「それで勘違いしてくれるのなら好都合だ。逸話は人の口に上り、恐れられて初めて価値を持つからな」
「剣の風、と聞いて人間が何を想像するか、か。せいぜい魔獣でも想像してくれるといいわね。正体が人に似せた人形だとは思わないでしょうよ」
「無駄口はそこまでだ、始めるぞ。お前は街の周囲を魔獣で囲んでおけ。他所から誰かが見ていないとも限らん」
「はいはい、慎重だこと。この街は谷の近くにあるのよ。岬みたいな出っ張った場所にあるのだから、一本道だけ塞いでおけば空でも飛べない限り近づけはしないわよ」
「私がやれば半刻もかからん。面倒がるな」
男の少し苛立った声に女はそれ以上反論せず、男とは反対側に歩いて行った。ゲルゲダは2人の足音が遠くに行ったのを確認すると、こと切れた仲間の下から這いずり出るように身を起し、その表情を確認した。他の者は無念の表情や、驚きの表情で死んでいたが、ゲルゲダの上にいた仲間だけが満足そうな表情で死んでいた。そのことが、逆にゲルゲダを苦しめる。
「こんなクズを守って、なんで満足そうに死ぬんだよテメェ・・・マジでふざけんな」
静かに呟くと、その認識票を引きちぎって自分のタグと一緒に紐に通すと、血濡れた衣服を交換するために手ごろな町人を襲った。町人はたしかに抵抗すらせず、首をかき斬ると白い塵へと還っていった。
「マジで人間じゃねぇ・・・手ごたえまで人間と同じじゃねぇか。殺すまでわかんねぇぞ、くそっ。こんな連中が、人間の世界にいるってのか」
さしものゲルゲダも嫌悪感を隠せなかったが、それが逆にゲルゲダを冷静にさせた。ゲルゲダは遠目に町の建物が崩れて、まるで削り取られるように消えていくのを見ながら、あれが剣の風の正体であることを確信した。噂に聞いた剣の風が、人間を滅ぼそうと企む正体不明の人形だった。そいつらが人間のふりをして、傭兵として生活している。そんな一大事をどうして自分のような小物が知る羽目になったのか、ゲルゲダは自問自答したが、それよりも彼の本能が活きることを選択させた。
ゲルゲダはいつも逃げるために、初めての土地では周辺の地理を確認することを忘れない。町の構造はひととおり頭に入れてあるので、どこに行けば隠れながら逃げられそうかわかっている。ゲルゲダはあえて高い外壁のある場所、建物の三階から飛び移れそうな壁がある場所へと逃げた。そこからなら、町の外に出てしまえば見つかることはなく、樹の上を移動すれば下に魔獣がいようと気付かれることはないだろう。そして崖下には急流があることも調べてある。滝がある土地で育ったゲルゲダは、普段は使うことがないが相当な水練達者だ。
ゲルゲダは自分でも驚くほど何事もなく、崖下の急流に飛び下りて逃げ出すことに成功した。自分の習慣が運命を分けたことを実感する以上に、ブラックホークでなかったからこそ生き延びたことを情けなく思い、ブラックホークの連中が死んだことに憤りを覚える自分に驚きもした。
そしていつか必ず、復讐すると誓った。意味がないと思っていた自分の人生に、初めて目的を見出した瞬間だったが、その時に同時に護りたいものを失くしてもいた。
続く
次回投稿は、11/7(月)21:00です。