開戦、その112~憐れむ男と哀れな女⑤~
「昔のブラックホークは今とは違って、もっと世俗的でよ。傭兵ってのは生活の手段であって、今みたいに剣に命を懸けたり、戦いを求める求道者みたいな奴はいなかった。戦いでも依頼でも自分の命があってこそ、無理はしないってな感じでよ。適当で、手を抜くこともあるし、逆に居心地はよかったのさ。俺もしつこく顔を出しているうちに、それなりによくしてくれる傭兵もいたくらいだ。お節介ってやつだが、不思議にもそれほど悪い気はしなかった。思えば、あれが俺にとって初めての家族代わりだったのかもしれねぇ。
そんなお気楽な連中でも、『あの時』はぴりぴりしていた。ブラックホークではヴァルサスの戦功に湧くよりも、その少し前から起き始めていた奇妙な事件が気にかかっていた。だから部隊をいくつもに分けて活動させていた。俺はそいつらの間を行ったり来たりしながら、小間使いのような役割をやっててよ。普段なら絶対にしないが、虫の知らせってやつだったのかもしれねぇな」
「当時、何があった?」
「団員が一人ずつ消えていった。引退した奴も、そうでない奴も。俺は、家ごと消えたとしか思えない場面に出くわした」
ゲルゲダは説明した。よく入り浸っていたその家はかつての隊長の一人の持ち家で、見晴らしの良い丘の上にあったこと。病で臥せっていた子どもと過ごすために引退したから、腕前は一切鈍っておらず、当時のヴァルサスやベッツくらいの実力があったこと。また結局亡くなった子どもの墓に朝になると温かいスープを備える習慣があって、その何年目かの節目に呼ばれていたこと。引退した奴も、まだ現役の仲間も、10人前後が集まる予定だったはずだと思い返す。
「遅れて行ったら、家は消えていた。その傭兵の奥さんも仲間も、誰も彼もだ。そしてスープはまだ、温かかった」
「ってことは」
「家が消えてから半刻にもならなかったはずだ。わけがわからなくなって、俺は生き残っている連中にその事実を報告した。当然、全員が血眼になって原因を究明したさ。ヴァルサスとベッツ、それにゼルドスはまだグルーザルドと戦った傷を癒していた。ヴァルサスがいたら何か感じたかもしれねぇが、カナートもミレイユもいなかった俺らに、危機が迫ると忠告する奴はいなかった。そして、ある日俺らはそれに出くわしたんだ」
集合場所には、あえて町中を選んだ。俺らに協力的な連中が多いと説明された、小さな町の一つだった。それ自体が罠だと、誰も疑いもしなかった。
「俺は直感でおかしいと思った。そんなところに町があるだなんて知らなかったし、支援物資なんかを扱うからこそ、そこに町があると知らないことがおかしいと思った。今でもに自給自足でやっていける町はそりゃああるにはあるが、外界と完全に隔絶された町があるだなんて信じられなかった。その日の夜、俺らは襲撃を受けた。町には宿がなかったから分散して寝床を貸してくれる家にそれぞれ陣取っていたが、俺は念のためそこを出て厩に潜んでいた。町には300人くらいが生活しているはずだが、馬は2頭しかいないことにより違和感を強くし、一睡もしていなかったことがよかった。突如として起こった魔獣の襲撃から逃れようとするブラックホークと戦いになったことに、いち早く気付いた」
当時のブラックホークは全員が前衛職。全員がカナート前後の強さのはずだから、不意を突かれようがそれなりに戦いになるはずとゲルゲダは予想していた。
だが逃げ出す先、逃げ出す先で扉が閉まり、町全体が罠なのだと気付くのにゲルゲダはさほど時間がかからなかった。ゲルゲダは飛び出して援護するか、逃げ出すかを考えているうちに、魔獣が襲ってきた。
合流と分散を繰り返し戦っても、魔獣の数が一向に減らない。そして、結界のせいで町から逃げ出すこともできない。ならば術者を倒せば――と考えて町人を問い質そうとして、おかしなことに気付いた。
「町人共は、まるで戦いなんて起こっていないかのように過ごしていた。俺らが血反吐を吐きながら戦っている傍で、暢気に水浴びなんてしていたりしやがった」
「おい、それは」
「ああ、町人全部が人形だったんだ。出来の悪い人形は、決められた行動しかできねぇ。斬りつけられても、それは変わらなかった」
切りつけられても笑顔で水浴びを続ける女を見て、心底恐怖を覚えた。そうするうちに、何人かの仲間が血煙のように微塵にされて、消えた。知らず知らず下がっていたゲルゲダは藁の下に身を隠していると、そこに仲間の死体が次々と降ってきた。強力な魔獣が数体と、尋常ではない鞭使いが仲間を次々と処分していったのだ。
仲間の血の温かさと、消えゆく命をゲルゲダは感じながら、怒りと恐怖で飛び出そうとして、死にかけた仲間に止められた。そいつは自分の下にゲルゲダを隠すと、自ら自決してこと切れた。魔獣から血の匂いでゲルゲダを隠そうとしたのだろう。
ゲルゲダは情けなさやわけのわからない感情でいっぱいになったが、それ以上に恐怖を覚えた。当代でも最強の傭兵集団のひとつだったブラックホークをここまで追い込む連中が誰なのか、何の目的のためにやっているのか。
ブラックホークに動く者が一人もいなくなる頃、そいつらは正体を現して抑揚のない声で淡々と話し始めた。
続く
次回投稿は、11/5(土)21:00です。