開戦、その111~憐れむ男と哀れな女④~
「あまり死人に引きずられるな」
「うるせぇよハゲ。テメェになにがわかる、ハゲ」
「二回言うな、ちりちり頭。俺には何もわからん。だが全てのことに答えがあるわけではなく、自分でどうにもならないことの方が多いことはわかっている」
「テメェは司祭か何かか。俺に説教垂れようってか?」
「たまには俺の話も聞けよ」
いつもゲルゲダの言葉をふたつ返事で受けるベルンが珍しく反抗したので、ゲルゲダはすごすごと聞いた。もう反論する気力も今はないというのが正確なところだったかもしれない。
「あのアルフィリースとやらは歴史の主人公になりうる人間だ。俺らみたいな脇役の事情は、誰も顧みることはねぇ」
「それがどんなに悲劇でもか」
「悲劇だろうが喜劇だろうが、同じだ。誰かが顧みてくれるなら、俺は自分で妻子の避難先に火をかける羽目になんかならなかった。その奇襲の功績で雇い主の領主から報奨金を受け取った時の俺の気持ちが、テメェにわかるか?」
「・・・さっぱりわかんねぇな」
ゲルゲダはベルンを自分の隊に迎え入れた時のことを思い出す。強面で腕利きの傭兵として、地方領主に準貴族としての地位を賜りながら、その領主に向けて剣を振るったとして賞金首になっていた。野盗に身をやつしていたが、追い込んだ時の様子があまりに自暴自棄で気になったので、事情があると考えて討伐は失敗と報告。ベルン本人は頭髪を全て剃り上げさせ、味方の一人と言い張って仲間に加えた。いつも寄せ集めのような面子を使っていたゲルゲダの仲間として、疑われることなくいつの間にか副長になっていった。ゲルゲダとしてはどんな残虐な命令でもふたつ返事で受けるベルンは、使い勝手がよかったということもある。それも、ただ自暴自棄だっただけかもしれない。
以降、彼の詳細な事情は聞いたことがないし、地方領主がおおよそ悪党であることは調べがついていたので、捨て置いた。そんな事情はたしかにありふれた悲劇にしかすぎず、ゲルゲダの部隊には同じような事情の者は掃いて捨てるほどいる。ゲルゲダも言われて思い出した程度だ。
ならば、自分の事情だって同じようにありふれたものだろう。それでも、口にせずにはいられない時もある。ベルンの身に起きた悲劇が、ゲルゲダに理解できないように。自分の事情も、誰かに聞いてほしいこともあるのだ。
「よう、これから話すのは独り言だ。勝手に聞いて、勝手に忘れろ」
「つまらねぇ話なら忘れてやるよ」
「心配するな、つまらねぇことは請け合いだ。俺は知っての通り糞野郎だ。道端で客を取るような娼婦の母親に、飲んだくれの親父。金もなけりゃ食い物もない家で育った俺は、4つで物乞いを覚え、5つで盗みを、6つで人から物を脅し取ることを覚えた。貧しい土地だったからな、別に珍しくもなんともなかった。大して図体がでかくもない俺はこす狡さと嘘とハッタリで仲間を増やし、残虐性で奴らよりも優位に立っていた。そうでもしなきゃあ、狩られるのは俺の方だった。仲間は俺の残虐さに恐れを抱いていた。だから12の時には隣の家に押し入ったぜ? その家の娘にちょっかい出そうとして仲間が、そこの元傭兵だかいう親父にしこたま打ち据えられたからな。俺らのような奴らは舐められたら終わりだ、必要以上に残虐なこともする」
「それはわかる」
「ちょっとした盗賊団みたいなこともして規模も大きくなっていった頃、世間知らずの俺たちは隊商を襲った。既に何度か成功していたし、獲物を大きくしようってな。既に仲間は50人近くいたが、俺たちは世間を知らな過ぎた。その隊商の護衛についていたのは旧ブラックホーク、そして入隊して間もない頃のヴァルサスだった」
「運命的な出会いじゃねぇか」
出会った時には恐怖と最悪の考えが頭の中を巡ったが、ベルンが顔色を変えずに返答してくれることが、少しだけゲルゲダの気を楽にしてくれた。
「ああ、運命的だったよ。たいして俺と年も変わらないはずの小僧なのに、剣を振るうたびに俺の仲間の首が2つ、3つと宙を舞った。気付けば俺の仲間は全員死んでいた。捕えても面倒なだけだと思われたんだろうな、俺たちの命の値段は隊商護衛の依頼よりも安かった。俺は小便を垂れながら命乞いをして、それでも容赦なく剣を振り下ろしたヴァルサスの剣を弾いて逃げ出した。仲間の顛末を知ったのはしばらく後のことだ」
「それがなんでまたブラックホークに」
「あまりの恐怖に頭がおかしくなったとしか、自分でも思えねぇ。仲間が死んでやることがなくなった俺は、ブラックホークに付き纏い始めた。最初は復讐を考えていたが、奴らの功績と実力を知るにつけてその気はなくなった。大陸でも名を轟かし始めていた旧ブラックホークを俺が一人で何とかできるとは全く思えなかったし、それ以上に俺と歳の変わらないヴァルサスが傭兵としてどうなるか、見てみたかった。俺も、潮時を感じていたんだろうな。ブラックホークの周辺を、付かず離れず回るようになった。傭兵として正式に登録したのもその頃だ。身元が定かじゃなくてもなれるのが傭兵のいいところだからな。しばらくは大人しく、傭兵として地道に下積みをしていた頃が俺にもあったのさ」
「想像できねぇ」
「まっとうじゃねぇ振る舞いを知っているだけに、それと逆のことをやりゃあいいんだから簡単なことだった。そうこうするうちに、ブラックホークも完璧な傭兵団じゃねぇことがわかってきた。今ほどメンバーは多様性に富んでいなかったし、その分腕は立ったが、問題もよく起きた。俺は奴らの尻拭いを申し出た。ブラックホークができねぇ汚れ仕事を、俺が請け負ってやるってな。実力が足りないから入団は許可されなかったが、外部団体なようなものとしてブラックホークとは関係を続けていた」
「じゃあお前、ベッツやゼルドスとも知り合いだったのか」
「ああ、20年を超える付き合いだ。ベッツの爺が今ほど妖怪じみてない頃から知っている。そして、あの事件が起きた。ヴァルサスがある戦いの殿として、グルーザルドの軍隊に突っ込んだ直後の頃だ」
ゲルゲダがため息をついた。旧ブラックホークが解散した理由を、ベルンはおろか傭兵界隈の誰もが知らない。グルーザルドとの戦争で大半が死んだとも、年経た人間が多くて解散したとも、単に強すぎて仲違いしたとも、辺境で壊滅したとも。一番悲惨なところでは、同士討ちをしたとも。
だが、ゲルゲダの口から語られる真実はもっと悲惨なものだった。
続く
次回投稿は、11/3(木)21:00です。