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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その110~憐れむ男と哀れな女③~

「ワイクス、ベルン! いるか!?」

「もちろんっす」

「いるぞ」


 ゲルゲダは部下の中からもっとも信頼のおける2人を呼びつけた。多芸多才な部下が多いゲルゲダの中でも、ワイクスは『十里眼』の使い手。5番隊の目でもある。入隊してきた時にはただただ小生意気だった若者も、偵察を任せる内に目端の利く傭兵に変貌を遂げてきたが、余計なことを言わず物怖じしない性格なので、割とゲルゲダは気に入っていた。


「ワイクス、ヴァルサスたちは出てきたか?」

「ええ、半刻程前に」

「どの順番で、誰が出てきた?」

「先にルイやゼルヴァー、ラグウェイやカーラが出てきました。その後、しばらくしてヴァルサスとグロースフェルド、それにレクサスが」

「逆に、誰が出てきていない?」

「ヴァルナ、ダンダ、べルノー、イアンとメアン、それに輸送隊の何人か」


 ゲルゲダは輸送隊の何人か、と聞いて眉がぴくりと動いた。それに副隊長のベルンが反応する。


「・・・なるほど。ゼルヴァーは先にこっちに向かって来たか?」

「はい」

「一人だろ?」

「ですね。なんでわかるんです?」


 不思議そうに首をかしげるワイクスをよそに、ゲルゲダはしばし瞑想をするとベルンに向けて頷いた。それが何を意味するか、ベルンは知っている。


「やるのか」

「ああ、そうなるな。例の小僧はいるのか?」

「ああ、おあつらえ向きにな。何日か前から逗留していて、今はアルネリアの陣にいるはずだが」

「準備としては文句なしだな。手筈どおり頼む」

「それはいいが隊長、いつファンデーヌが人形――サイレンスだと気付いた?」


 ベルンのその言葉に、多くの隊員がゲルゲダの方をじっと見ていた。ゲルゲダの命令どおり武器を天幕に向けて放った部下たちも、その答えを待っている。不可解な命令で、自分たちの隊長がいる天幕を火の海にしたのだ。誰もが倫理観から外れ、ゲルゲダのことなど尊敬などしていない5番隊ならでは作戦とはいえ、さすがに多くが疑問を持っていたようだ。ファンデーヌと懇ろにしていたこともそうだし、それを簡単に裏切ったようにも見えたことも。

 ゲルゲダはため息をつきながらも、説明が必要だと感じた。


「最初からだ」

「そりゃまたなんで」

「あんな美人が俺になびくと思うか? かどわかしたならともかく、自分から俺のところに来るかよ」


 その説明には、多くの隊員が頷いた。ゲルゲダは舌打ちをしながら続ける。


「お前らにゃ説明していないが、そもそも俺の役目はブラックホークの内通者の炙り出しと処分が仕事だ。外れ者のふりをしつつ、不審者を監視する。現に、他国の間諜も何人かこの隊にはいるよな?」


 その答えに、隊員たちは互いに顔を見合わせる。だが当然その程度でぼろを出す間抜けはいないだろうが、ゲルゲダは全てお見通しのようだ。


「俺にはその仕事の性質上、裏の社会に知り合いが多い。そいつらからの情報で、ファンデーヌの経歴が嘘八百ってのはわかっていたことだ。おそらくはターラムの仮面の調教師であることも、調べがついていた。だが、確証だけがなかった。人間じゃない――サイレンスだと確信を得たのは、この前の逢引でドレスを仕立てた時だ」

「ドレス?」

「仕立て屋もレストランも、全部俺の息のかかった奴の仕込みなんだよ。そいつが言っていたぜ。ドレスを仕立てる時に採寸をしたが、人間としてあるべき成長した跡が骨にないってよ。まるで、その形のまま生まれてきたようだってさ。そんな人間に心当たりがいるかって聞いたら、なんて答えたと思う? 使い魔――土塊人形ゴーレムならそうかもなってさ。

 さらに調べりゃあ、ヴォルギウスってアルネリアの司祭がターラムで追ってた奴が、ファンデーヌそっくりなんだってよ。俺がファンデーヌに粉をかけられたのもその辺だ。あとはパズルのピースを集めてはめるだけだ。納得したか?」

「まぁ言いたいことは色々あるが、とりあえずはな。それで、この後どうする?」

「5番隊は役目を終えた。解散だ」


 その言葉に隊員たちが今度こそどよめいた。ゲルゲダはなんら表情を変えず、ベルンに顎で指示した。するとベルンが退院たちにそれぞれ割符を渡していく。ワイクスはそれを受け取ってから、不思議そうな顔をした。


「隊長、これは?」

「ギルドに行けば退職金と口止め料が出る。普通に生活するだけなら、3年分はそれぞれあるだろ。商売の元手にするのもよし、他の傭兵団への口利きが欲しけりゃ紹介状もつく。その保証だ」

「団長はどうするんで?」

「俺はやることが残ってる。私怨だから、付き合う必要はねぇ。ここから先はマジで命がけだ。だから5番隊は解散するのさ。汚れ仕事は終わりだ。残っても構わねぇが、死にてぇ奴は好きにしろ。500数えてやる、それで決めな」


 ゲルゲダはそれだけ告げると、燃え盛る天幕から少し離れたところに腰を下ろした。燃え盛る炎を見て思うのは、ファンデーヌとの空々しくも緊張感のある熱い日々だった。サイレンスだと知っていてもなお、ファンデーヌにかけた言葉に嘘はない。ゲルゲダはファンデーヌに不信感を抱きながらも、愛していたのは事実だった。

 気に入っていたのは見た目だけではない。彼女の隠しようもない怒りと、そうなるに至った経緯が気になって目が離せなくなった。自分を突き動かし、運命を変えたのも怒りだ。そんなものよりも遥かに深く、怒りから逃れられないファンデーヌを見て、ゲルゲダは初めて他人を憐れんだ。そして心からファンデーヌを――サイレンスを怒りから解放してやりたいと思った。

 かつての仲間の仇を愛した、そんな自分をどうかと思う。そして怒りから解放する方法が、結局暴力になった。小器用を気取っていながらなんと自分の度量の狭いことかと、今更ながらに絶望した。他の方法はなかったのか、あの自由奔放なアルフィリースにでも相談すればあるいは何か思いついたのかと、そんなことを考えていると副隊長のベルンが全てを察したかのように話しかけてきた。



続く

次回投稿は、11/1(火)21:00です。

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