開戦、その106~迷宮攻略、脱出路の戦い②~
「あれは槍と剣と・・・盾か?」
「なるほど、尋常でないことだけは確かか」
6本脚の蟷螂のような虫は、さらに増えた4本の手に剣と槍、そして盾らしきものを2つ装備していた。装備しているというよりは4本の手がそれぞれ変形しているだけのようだが、目も突起のように変形して360度見回せることを考えると、元の形を考えない方がよいかもしれないとヴァルサスは思い直す。
少なくとも、常識が通じる相手ではなさそうだ。ヴァルサスが構えながら少しずつ動くと、4つある目の一つがヴァルサスを捉えた。だが他の目が2つとも虫の騎士の背後を見ていることに気付いてヴァルサスも暗闇に目を凝らすと、直後、ヴァルサスが弾けたように飛び出していた。
「グロースフェルド、援護しろ!」
「!」
ヴァルサスが焦るのは珍しい。フェイントも何もない、一直線の強引な吶喊。グロースフェルドはその援護をすべく、短呪で風の刃を複数生み出して虫型騎士の視線を逸らす。
『巻けよ、風の針!』
「オォ!」
風の刃を防いでから、巨岩も断つヴァルサスの一撃を止めることは無理なはずだった。が、突然騎士の盾は巨大化して、まるで道を塞ぐように立ちはだかった。洞穴の岩肌は切断できるのに、虫の盾は魔術ごとヴァルサスの剣を見事に弾いたのだ。
「なんという硬さ!」
「ぬぅおお!」
ヴァルサスはひるむことなく盾を滅多打ちにしすると、さしもの盾もひしゃげ始める。すると盾に突然口がいくつも浮かび、釘のような何かが何本も放たれた。
ヴァルサスは一歩飛びずさってそれらを弾くが、そのうちの一本がヴァルサスの肩に命中する。それは釘のような鋭さで命中しながら、突然うねるとヴァルサスの体にさらに食い込み始めた。
ヴァルサスが異変を感じた時には、その不可解な何かをドラグレオが強引に引き抜いていた。
「気を付けろ。ハリガネムシの一種で、寄生してくるぞ。半ばまで食い込まれたら、腕を切断せんと外せん」
「すまん、助かった」
「礼はあとだ、俺もやろう」
ドラグレオが咆哮と共に襲い掛かった。ドラグレオの叫喚に盾の口が驚いたように震えて閉口する。
ドラグレオはヴァルサスよりも激しく、まさに無茶苦茶に盾を殴りつけた。自らの拳が傷つくのも構わず相手を強引に押し込み、口が盾に浮いた瞬間に殴りつけて何もさせない。虫型騎士はたまらず盾を開いて反撃を試みたが、槍を突き出す前に衝撃波となったドラグレオの咆哮が虫の騎士の動きを止め、その瞬間にその頭を一撃で殴り潰していた。
「ようやく大人しくなったな?」
最初から暴れているのはドラグレオだけではないか、とグロースフェルドが言おうとして、虫の騎士の腹が裂けると丸太のように太いハリガネムシが飛び出してきた。だがその一撃がドラグレオに届く前に、ヴァルサスの剣がハリガネムシごと虫型騎士を輪切りにしていた。
「借りは返した」
「はっ、貸したつもりはねぇよ」
ドラグレオが念入りに虫型騎士を叩き潰し、火を吹いて念入りに燃やす。ヴァルサスは奥の暗闇を見つめながら、慙愧に堪えぬように口惜しさを露わにした。
「遅かったか」
「ヴァルサス、何を見たんだ?」
「メアンが攫われていくのが見えた。イアンがこれならば、想像できたことだが」
無残な肉塊となりはてたイアンの死体を悼みながら、ヴァルサスが悲痛な表情をした。ドラグレオはこういった空気が苦手なのか、ばりばりと頭をかいている。
「あー、そのメアンってのは女か?」
「そうだが」
「ならばすぐには死なねぇ。ただし、カラミティの虫は女を容赦なく幼虫の苗床にする。寄生する虫の種類によっては数日なら無事だが、正気を保つことは難しい。助け出すなら一刻の間が勝負になるが、この虫でまだ親衛隊じゃなかった。当然と言えば当然だが、カラミティの奴は進歩してやがる。親衛隊が何体いるかわからない巣に押し入って助け出すなら、命がけだぞ?」
「いや、その必要はない」
ヴァルサスはイアンの死体を燃やすようにグロースフェルドに指示をしながら、ドラグレオの提案を否定した。グロースフェルドが何を言わないことも含めて、怪訝そうな表情をするドラグレオ。
「なぜだ? 仲間は助けるものじゃないのか?」
「通常ならそうだが、仲間の命を天秤にかけてやるような状況じゃない。それに、イアンとメアンはちょっと特殊でな。彼らは片方がいない段階で、もう片方も死が確定する」
「どういうことだ?」
「魔術協会でも匙を投げられた、特殊な体質だ。互いに魔力を循環させ合ってないと、魔力がつかえて暴走し、死に至るそうだ。だから彼らは毎日のように、互いに手を合わせて互いの魔力を循環させる必要がある。1日くらいなら死ぬことはないそうだが、3日で動けなくなり、7日間何もしないと死に至るそうだ。彼らは両親からも魔術協会からも見捨てられたのを、俺が引き取った。世を儚んでいるいるような2人でな、いつも殿を引き受けたり、困難な撤退戦の依頼を受ける死にたがりの2人だった。いつかこうなることは、奴らも覚悟していた」
「それは難儀なことだな。だが死ぬのに時間がかかるなら、その間は地獄を見るぞ?」
「それも大丈夫だ。おそらくメアンは魔力を強制的に暴走させる。この地下が大爆発するまで、さほど時間はかかるまい。あの2人が常々俺に言っていたことだ、死ぬなら2人同時に死ねる戦場を用意してくれ、仲間のために死にたいと。この戦いが厳しいことを話して、真っ先に志願してくれたんだ。
が、それは俺が責任を負えばいいことだが、確認しておきたいことがある」
ヴァルサスがピィ―、と指笛を吹くと、レクサスがひょっこりと顔をのぞかせた。どうやら無事のようだ。レクサスは神妙そうな表情をすると、あとにルイ、ラグウェイ、ドロシーをかかえたゼルヴァーとカーラ、それに輸送隊が続いた。
「やはり無事だったか」
「イアンとメアンが囮になってくれなきゃあ、絶対に追いつかれてましたけどね。あとはルイさんが今日最後の呪氷剣を使って敵を追い払い、ラグウェイの旦那が爆薬で道を塞いで――今別の道から引き返してきたとこっす」
「一息ついたところで悪いが、今が好機だ。本来の脱出路を少し探索しておきたい。レクサスを借りるぞ、ルイ」
「それは構わんが」
「ええっ!?」
レクサスが心底嫌そうにしたが、彼の意向は反映されなかった。ヴァルサスはドラグレオ、グロースフェルド以外の面子には、一つ前の中継地点で一度待機するように伝えた。
ルイはヴァルサスの命令に2つ返事で従いながらも、やや不服そうに聞き返した。
続く
次回投稿は、10/24(月)22:00です。不足分連日投稿です。