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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その105~迷宮攻略、脱出路の戦い①~

 対するメルクリードは、崩れゆくクベレーを見ながら感慨に耽る暇はなかった。


「偶然水が流れてきたから勝ちはしたが、いったい誰が・・・? しかし、どうやって脱出したものかな」


 魔剣ならぬ魔槍であるメルクリードは溺れることこそないが、これだけ視界のきかず漂流物の流れる水の中を、不慣れな洞窟を逆走するのは簡単ではない。しかも水が流れてきたせいでヒカリグサやアノーマリーの照明も壊れてしまったのか、真の闇に近い状況となりつつある。そして水の中では、メルクリードが炎を灯して明るくするわけにもいかない。


「思ったよりも困った状況だな。水が引くとも限らないし、地道に脱出路を探るしかないか。人間だったら助からないところだった。ブラックホークの連中がこちらにいなくてよかったと考えるべきか」


 メルクリードがわずかに残ったヒカリグサの明かりを頼りにこの迷宮を脱出するのは、一月以上も経過した後の話になる。

 そして――


「ヴァルサス、メルクリードを助けにいかなくて本当にいいのか?」

「構わん。元々共闘を依頼したわけではなく、たまたま出会って共闘しただけだ。どちらの命運が尽きようと、恨みに思う奴ではないさ」

「しかし」

「それに、今はそれどころではない」


 ヴァルサスたちが転移した先には、既に仲間はいなかった。念のために結界で空間を確保していたが、周囲は既に水に沈んでおり、仲間も避難したことが想像できた。

 ヴァルサスは再度グロースフェルドを促し、連続で転移魔術を使用させる。転移魔術で移動できる場所はこの迷宮内に何か所も確保しているが、イアンとメアンの魔力と移動人数を考えて、迷宮とローマンズランド王宮からの脱出経路が交わる部分が限界だろうと想定し、そこに転移した。

 そこに転移すると、珍しくグロースフェルドが疲労したように長い息を吐いた。


「どうした?」

「さすがに魔力に限界が近づいている。休めばある程度回復するが、今は最大値の10分の1もない。出口まで転移するとしたら、あと一回、この人数が限界だ」

「つまり、余計な戦闘があれば転移は使わず、自力で脱出するしかないということだな?」

「そういうことだね。敵か?」

「だろうな、血の匂いだ」


 転移した先に仲間が誰もいないだけならよいが、血の匂いが濃く漂っていることにヴァルサスは敏感に反応すると、剣をずらりと抜いた。その表情を見て、ドラグレオが真剣そうに提案をする。


「手を貸すか?」

「馬鹿を言え、立っているだけでもそれなりに辛いはずだ。戦える力などなかろう」

「確かに派手には無理かもな。だが知恵を貸し、それなりに支援くらいするこはできる」

「ならば頼む、グロースフェルドと2人では手に余る可能性がある」

「だろうな」


 ヴァルサスの弱気にもとれる発言と、ドラグレオにしては慎重な発言に、グロースフェルドが怪訝な表情になる。だがまもなく現れた影と、ドラグレオの言葉にグロースフェルドもすぐに納得することとなった。


「カラミティの本体が近い」

「あれは?」


 3人、いや眠っているミコトも含めた4人の前に出現したのは、ふらふらとした足取りの双子の魔術士の弟イアンだった。だがその足取りはおかしく、何より後ろ向きに歩いてきたのだ。

 ヴァルサスは剣を向けたまま、グロースフェルドに命令した。


「撃て、グロースフェルド」

「は? ・・・いや、わかってはいるが、それは――」

「手遅れだ」


 その瞬間、後ろを向いていたイアンがぐるりと振り向いた。その顔にあるものを見て、思わずグロースフェルドですら情けない声を上げるところだった。


「顔が――」

「生きたまま喰われたか」


 イアンの顔は空洞になっていた。皮肉屋で、いつも姉にべったりで、それでいて最後まで仲間を助けようと殿をかってでる双子の魔術士の顔はどこにもなかった。

 ただ糸で操られた人形のように力なくともふらふらと動き、少しずつヴァルサスの方に向かってきている。

 グロースフェルドがせめて火葬にしようと火の魔術を放とうとして、空洞となった顔から黒い塊がいくつも飛び出してきた。グロースフェルドの魔術が発動した瞬間を狙ったかのように、黒い物体が飛来する。イアンの体が燃えるよりも早く、黒い物体をヴァルサスの剣が弾き、ドラグレオがその一つを受け止めていた。


「これは――甲虫か?」

「八重の森の第6層以上にしかいない虫だ。気を付けろ、鉄の鎧程度なら簡単に引き裂くぞ」


 人の掌ほどもある甲虫が、ドラグレオの手に顎を突き立て、それを食い破ろうとしていた。ドラグレオは痛みというよりはその醜悪さに辟易し、表情を歪めた。


「こいつらは凶悪だ。相手をぎりぎり殺さず、生きたまま食らうのが好みだ。カラミティの影響を受けて進化した虫だが、昔よりデカくなってやがる。本体が近いな」

「やはりそうか。先にこちらの脱出路を攻略しなくて正解だな」

「ヴァルサス、さっき弾いた虫は死んでないぞ。油断するな」

「わかっている」


 ヴァルサスが背後から飛来した虫を叩き落とすと、今度こそ丁寧にとどめをさした。だがまだ虫は2体いる。それらは仲間がやられたのを見ると、なんと飛翔の仕方を変えてみせた。弧を描く動きではなく、直角という虫にありえない軌道で飛び始めたのだ。


「なんだあの軌道は? 虫にあんなことができるのか?」

「あんなのは可愛い方だ。7層と8層の虫はあんなもんじゃない。特にカラミティの親衛隊を務める虫は」

「どういうことだ?」

「人語を解し、魔術を使い、そしてブラディマリアの執事たちと互角に戦うぞ?」


 説明しながらも、ヴァルサスとドラグレオが同時に虫を叩き潰す。その直後、巨大な足音が奥から響いてきた。その正体は躊躇することなく4人の前に出現したが、それが何かを見て思わずグロースフェルドとヴァルサスもあっと言わざるをえなかった。



続く

次回投稿は、10/22(土)22:00です。

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