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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
243/2685

加護無き土地、その8~それぞれが迎える者は~

***


「ふう~、まさかの死に方をするところだったよ」

「眠っているこの子に代わってお詫びするわ」

「いや、いいんだよ。むしろ救ってもらったのはボクの方だ」


 ミランダがアルフィリースに代わり、インパルスに頭を下げている。なぜこのような状況になったかを説明すれば。


 倒れたアルフィリースの下からインパルスを救出した後、とりあえず場所を移した方がよさそうだということになり、ラーナの所までいち早く脱出した一行なのであった。

 加入したダロンがさっそく活躍し、気絶しているアルフィリースを軽々と担ぐと、馬とほぼ同速で走って付いてきた。その芸当にエアリアルが驚いたのも無理はなく、ダロンの歩幅が大きいせいもあるが、それ以上に巨人の体力は凄まじい。巨人達は不眠不休に近い状態でも、3日程度なら戦い続ける事も可能なのだ。大きな体は伊達ではない。

 そして横たわってアルフィリースの様態をラーナとミランダが見ようとしたが、高いびきをかいて寝ているアルフィリースに呆れはて、目を覚ましたらどんな無理難題を言っていじめてやろうかとミランダは考えている。そしてリサはなぜか、アルフィリースの胸を見つめながら、


「アレはもはや凶器ですね・・・くっ!」


 などと恨みの言葉を呟いていた。どうやらリサなりのコンプレックスがあるらしい。ともあれ窮地を脱したことにほっと一安心した面々は、ダロンの自己紹介なども含めてアルフィリースが起きるまで各々好き勝手に語り合っているが、インパルスはその中にあってアルフィリースをじっと見つめている。


「(おかしいな・・・さっきまで髪が金だったと思ったんだけど。うーん?)」


 インパルスの目の前に横たわるアルフィリースは、どこからどう見ても黒の長髪である。訝しむインパルスに、グウェンドルフが話しかける。


「久しぶりだね、インパルス」

「あっ、貴方様は真竜グウェンドルフ!?」


 グウェンドルフの正体に気がついたインパルスが居住いを正す。彼の存在に気がつかないなどインパルスにとっては一大事だが、自我が久しぶりに目覚めて間もない事以上に、アルフィリースの事に気を取られていたのだ。


「これは失礼いたしました! ご挨拶もせず・・・」

「いいんだよ。君が精霊剣になる時に立ち会って以来かな?」

「そうですね。あれからいかほどの時間が経ったのでしょうか?」

「およそ1200年かな」

「1200年・・・」


 インパルスがしみじみとその年数を噛みしめるように目を閉じる。


「長い時が経ちました。今、この世界はどのように?」

「それは追い追い話そう。それよりも、君は新しいマスターに挨拶があるだろう?」

「そうでした」


 諭されて気がついたように、インパルスがエメラルドに向き直る。


「改めましてご挨拶申し上げます。ボクの名前は精霊剣インパルス。これからもお見知りおきを、マイマスター

「いんぱるす? ますたー??」


 エメラルドはどうやら事情が良く飲み込めていないらしい。ユーティがその事を一生懸命彼女に説明すると、エメラルドは不思議そうな顔をしながらも、なんとか納得したようだった。その複雑な表情を見て、インパルスは自分の親友であったハルピュイアを思い出す。


「(似てるなぁ、これも巡り合わせなのかな。あの子も楽天家で、どこかぼーっとした子だった。でも、あの戦争で一番早く戦う決心をしたのもあの子で、そのためにボクは精霊剣になって・・・そもそも彼女がいなかったらボクは顕現すらしていないわけだし・・・)」


 インパルスが世界に誕生した時から、精霊剣になった契機を思い出す。その時、アルフィリースが目を覚ました。


「あれ・・・おはよう、皆」

「おはようじゃないよ、このバカたれ!」

「そうだ、また無茶をして!」

「このうしちち!」

「リサ、最後のは関係ないでしょ!?」


 起きぬけから元気な事に、口論を始めるアルフィリース達。口論に興じる面々と、傍で呆れる面々をよそに、そろそろ空はゆっくりと白み始めていた。


***


「さてと、行きましょうか」

「ああ、長居は無用だね」

「ボクも同行してもいいのかな?」

「もちろんよ!」


 アルフィリースがにっこりとして、インパルスの頭を撫でる。精霊が人間にお伺いをたてるなど普通はありえなく、本当は逆の立場なのだが、インパルスはそのようなことにこだわる性格ではないし、不思議と嫌な気持ちもしなった。


「(変な人間だな)」


 それがインパルスのアルフィリースに対する偽らざる感想である。そして、背後のユートレティヒトをアルフィリースが振り返って少し悲しそうな顔をする。


「あの町・・・大丈夫かしら?」

「君が気に病む必要はないさ。やったのはボクだ」

「ノー! エメラルド!」

「はは、それでもやったのはボクだよ。エメラルドは優しいね」


 インパルスがエメラルドを宥める。それでもアルフィリースは納得ができない表情だった。


「でも・・・」

「アルフィ、アタシから一言いいかい?」


 ミランダがアルフィリースの傍に来て話しかける。


「シスターのセリフじゃないかもしれないけどね、全ての人間を救うのは無理さ。多くを救おうと手を広げれば広げるほど隙間は大きくなり、隙間を埋めようとすれば、今度は手が小さくなる。これはジレンマだよ」

「わかってるわ。でも、私はそんなに簡単に諦めたくないの」

「そうかい。でも、その思いは大切だと思う。その思いをずっと忘れなければ、あるいは・・・」


 ミランダはそこで言葉を切った。アルフィリースが目指す道は、ミリアザールが進んでいる道に近い。だが、ミランダは決してミリアザールが幸せだとはどうしても思えなかった。


「(マスターには悪いけど、アルフィリースを貴女のようにはしたくないね、アタシは・・・)」


 だが、そういったミランダの気持ちが今のアルフィリースに伝わるわけではない。そして彼女達は次なる地へと歩みを進める。まだまだガーシュロンの紛争地帯は長く、彼女達の眼前に横たわっている。


***


 一方で、ユートレティヒトの街では、復興が始まっていた。インパルスが暴れ、エメラルドの歌で何か住人も思うところがあったのか。最初は呆然。そして次に悲嘆と喘ぎ。だが、それでも状況が好転しない事を人々は悟ると、のろのろではあるが後片付けをし始めた。

 片づける物は山ほどあるが、町人の動作は非常に緩慢で、既にやる気を失くしているようだった。さながらその様子は死人の行進のようでもある。だが、その中にも明らかに目に光を取り戻している者もいた。既に崩れそうな家屋は取り壊し、泊る場所のない者は分散して他の者の家に一時的に避難した。インパルスの暴走、エメラルドの歌は、この町に何らかの変化をもたらしたようでもある。それがどういう結果となるかは、また別の問題として。

 そして、その町を遠くから眺める者が一人。


「ライフレス様」

「・・・エルリッチか・・・」


 ライフレスはぎりぎりだが、まだ魔術の影響が及ぶ土地にいた。使い魔はユートレティヒトでは使うことができないため、魔術が行使できるぎりぎりの場所から遠目に町の様子を見ているのだった。そして、詳しい町の様子はエルリッチが見ていたのである。


「・・・何があった、あの町で・・・」

「どうやら精霊剣が暴走した様です。さしものあの土地でも、精霊そのものが顕現すれば力を行使することは可能なようで」

「・・・雷鳴が見えたが、なるほど、インパルスか・・・あれは俺が生きている時代でも伝説だった剣だ・・・まさか直に目にかかる日が来ようとはな・・・」

「はい」


 恭しくエルリッチは頭を垂れている。ライフレスは遠くにいるであろうアルフィリース達の姿を思い浮かべて顔をしかめる。


「(アルフィリースの元には着々と力が集まりつつある。これで本当にいいのか、オーランゼブルよ・・・)」


 ライフレスは前回無許可でアルフィリースを殺そうとした罰として、オーランゼブルからアルフィリースの監視を命ぜられていた。必要があれば手を貸せとも言われている。

 だがこのような魔術の影響が及ばない土地に彼女達が踏み込むとは意外だった。ライフレスはこういう時にドルトムントがいれば便利だと思うのだが、彼は現在別の任務で留守にしている。やむを得ずエルリッチがアルフィリースをこっそり見張っていたが、なにせリサのセンサーの範囲は驚異的なので、エルリッチとしても近づくのには限界がある。結局のところ、エルリッチとて具体的に何があったかまでは把握していないのだ。ただ結果報告をしたのみである。


「さらに巨人の男もアルフィリースの仲間についたようです」

「・・・それは構わん・・・どうせドルトムントに一対一の武芸比べで勝てる者など、ティタニア程度だろう・・・奴の障害にはなりえんよ・・・報告はそれだけか・・・」

「はい、私の分かった範囲では以上です」


 エルリッチの報告を聞くと、ライフレスは目を閉じる。これからのアルフィリースの進路について思考を巡らすライフレスだが、その時、彼の思考を妨げる存在が出現する。



続く


次回投稿は、6/20(月)17:00です。次回より新しい場面に入ります。

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